長編10
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踏み切り その3

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衝撃的な夜が明けた翌日、演劇サークル道具室兼心霊写真対策室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

あの後、気絶したままのユウヤを車に運び入れると、大学近くのユウヤのアパートに送り届け(グーで殴ったら起きた)、家に帰ってシャワーを浴びてから布団にもぐりこんだ。

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体は全力で疲れているのだが、目がさえてなかなか眠ることが出来ない。明け方にうつらうつらした程度だった。

おかげで朝から体がだるい。大学の講義もいつも以上に頭に入らない。そんな状態で、俺は昨日の出来事を思い返していた。

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「なあ」

呆けたような口調でユウヤが話しかけてくる。

「昨日のあれさあ」

「ああ」

「お前もみたよなあ」

「…ああ」

「だよなあ。俺の夢じゃあないよなあ」

「……ああ」

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「…あのさあ」

ユウヤはデジカメのプレビューをピコピコと切り替えながら話を続ける。

淡く光る液晶の画面がいやでも目に入る。

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木の影から顔を覗かせる姿

クラシカルジャパニーズゴーストスタイルの姿

白濁した瞳ではにかみながら、右手を頭の後ろに、左手を腰に当てるモデルポーズ(なにやらせてんだ)……。

プレビュー画面には、俺の持つ「この世に未練を残した霊」の概念を打ち砕いた少女の姿が様々に映し出されている。

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「あの子、あの踏み切りで死んじゃったんだよなあ」

「たぶんな」

「それをずっと繰り返してるっていう事だよなあ」

そうなのだ。彼女はあの場所で命を落とした。そして、それをずっと繰り返しているのだ。悲惨な最期を、毎週、毎週、今に至るまで……。

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「……なあ」

「ああ」

「俺、この子のこと、ほっとけねえよ」

「ああ」

俺はゆっくりと頷いた。ほうっておけない。毎週、毎週あんな目に合わされるなんていくらなんでも悲惨すぎる。不条理すぎる。

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「そうだな。でも、どうするんだ?ほっとけないのは俺も同じ気持ちだけど」

「1回調べてみるわ。じょれー」

「ジョレー?」

「除霊だよ、じょ、れ、い。ちょっと心あたりあっから」

除霊か…。そういえばユウヤの実家は四国のお寺さんだっけ。

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「来週、きっと同じことが起きるんだよな」

「多分な。あの子は毎週木曜日のあの時間、あの電車に轢かれてるんだと思う」

「だな。来週までに、なんとかする方法を考えてみる。あとさ、俺、一つ疑問なんだけど」

ユウヤはデジカメのプレビュー画面で、ぼうっと突っ立っている男の写真を映し出した。

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「こいつ、なに?」

「わからん。…でも、あの子の行こうとする先にいたよな」

「だよな。あの子は、こいつと会おうとして、踏み切りで死んだんだ」

「まあ、ざっくりいうとそういうことなのかな?」

「だから、こいつもなんとかしたほうがいいんだよな?」

「……そうだな、そうかもしれん」

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「なあ、お前、こいつを踏み切りに近づけない方法を考えてくれねえ?」

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この世ならざる者を引き止める方法……。そんな方法があるのか、今は考え付かないが、俺だって彼女をなんとかしたい気持ちは同じだ。

「わかった。考えてみるわ」

腕組みをしながら、俺は答えた。

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一週間が経った。

俺とユウヤは、再び自動車に乗って深夜の踏み切りにやってきた。

踏み切りに貨物列車がやってくる時間は事前にダイヤで確認してある。

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毎週木曜日の23時20分頃にこの踏み切りを通る貨物列車。おそらくはそれによって悲劇が起きるのだ。

少女はその前、23時頃に姿を現す。そして、惨劇の起きるほんのわずかな自由の時間。それを先週、彼女は俺達と過ごす時間に裂いたのだ。

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(これ以上、あの子を悲惨な目にあわせるわけにはいかない)

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俺は実家から借りてきた数珠と、近所の神社で買ってきたお札を握り締めた。

今夜の俺達の目的は、少女の悲劇を繰り返さないようにすること。

そのために少女の霊を除霊することだ。

俺の役割は踏み切りの向こうからやってくる「写真の男」を足止めすること。

その間に、ユウヤが少女を除霊する手筈になっていた。

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そのユウヤは、助手席でなにやら上着を着替えている。

さすがに実家が寺なだけあって本格的だ。

金色の刺繍が入り、肩がぴんと張った、平安時代の貴族のような装束に身を包み、座禅を組むお坊さんに喝をいれる棒のようなものを手に持っている。

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「うし」

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ユウヤが自分に気合を入れるように腿をパンとはたいて自動車のドアに手をかけた。

「いくか」

「おお」

俺も自動車から外に出た。

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とたんに周囲から聞こえる虫の鳴き声が大きくなる。

自動車の排気ガスに引寄せられた薮蚊が、俺の耳元で不快な羽音を立てる。

ユウヤはトランクのドアを開けると、除霊の儀式に使うであろう木製の折りたたみ式の祭壇を取り出し、一週間前少女が現れた茂みに向かって組み立てると、皿の上に海の幸、山の幸を盛り付けた。

そしてやけに長い黒い帽子をかぶり、白いぎざぎざの紙がついた笹を取り出した頃、俺は周囲の虫の音がまったく聞こえなくなっていることに気がついた。

辺りが耳鳴りがするほどの静寂に包まれている。ユウヤの衣擦れのおとが、やけに大きく響く。

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バタン!

shake

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トランクを閉める音が、まるで爆発音のように周囲に響いた。と……

茂みの奥に、淡い光が見えた。それはまるで夜風に舞う蝶のように儚く、幽玄の中に淡く漂っている。

やがて光がこちらに近づくにつれ、徐々にその顔、上着、スカートを形作っていき……。

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一週間前とまったく同じだ。

まるで時が戻ったかのように、少女は再び俺達の前に姿を現したのだ。

「来た」

自然に口から言葉が漏れ出た。

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ユウヤは無言のままトランクから持ち出した笹と日本酒を祭壇に置くと、棒を両手に持ち、祭壇に向かって深々とお辞儀を2回すると、呪文の詠唱を始めた。

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「かけまくもかしこき、いざなぎのおおかみ、

つくしのひむかの  たちばなの  おどのあはぎはらに 

みそぎはらえたまいしときに  なりませる   はらえどのおおかみ……」

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さすがに寺が実家なだけのこともあり、仏教の「いざなぎのみこと」を敬う祝詞の声は朗々と周囲に響き……

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「なあ」

俺は儀式の途中ながら、思わずユウヤに声をかけた。

「あんだよ」

案の定、儀式を中断されたユウヤが不機嫌そうにこちらを振り向く。

「忙しいところ悪いんだけどさあ」

俺は先程からずっと気になっていたことを恐る恐る聞いた。

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「それって仏教じゃなくて神道じゃね?」

俺の問いにユウヤは何故か自信満々に胸を張って答える。

「おう、結構効くらしいぞ。神道の除霊」

「……それ、だれに教わったの?」

「ミッチェル先輩」

「……ジーザス」

俺は天を仰いだ。

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ミッチェル先輩は本名をミカミさんといい、俺達と同じ大学の演劇サークルに所属する、パンクミュージックと中国、韓国系性風俗店をこよなく愛する、俺が知る限り最も信用の置けない神官だったのだ(いちおう神主免許は持っている)

除霊の当てがあるって、このことだったのか。

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そんなことをしているうちに、気付けば少女がすぐ近くまで迫っていた。

「やべ、おい、時間が無いぞ。お前も自分のやることやれよ。早く」

ユウヤの声に我に返る。そうだ。俺は俺でやることがある。今躊躇している時間は無いのだった。

「とにかく、頼んだぞ」

俺は一声かけると、踏み切りの向こうに走り出した。

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踏み切りを抜け、外灯の光がやや心もとなく辺りを照らす頃、やや下り坂の前方に、青白い光が見えた。

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(来た)

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思わず俺は茂みの影に身を隠した。

ふわふわと舞いながら、それは一つの人影を形作っていく。

ごく、と俺の喉が鳴るのがやけに大きく響いた。

人影はまるですべるようにこちらに向かってゆっくりと進んで来る。

二十歳頃の年恰好、薄ぼんやりとした輪郭、青い膜が張ったような瞳。

っていうかたまに透ける下半身……。

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間違いない。「写真の男」だ。

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少女との出会いで幾分この世のものではない存在への恐れが和らいだとはいえ、やはり全身に震えが走る。

それに、前回はユウヤと一緒だったが、今は自分ひとりだ。

あんな男でも、外灯一つの暗がりの中で幽霊と対峙するには、いるといないでは全く恐怖感が違う。

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(やるしかない)

写真の男は後2メートル程度まで迫っている。

俺は意を決して、茂みの影から姿を現した。

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「待て」

声が裏返った。

ひざが震えている。

そんな俺に対し、写真の男は……

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全く気を払うでもなく、俺の脇を通り過ぎていった。

「いや、待て、ほんとに待て」

臆している場合ではない。このままこの男を踏切まで行かせたら、一週間前となにも変わらない。

俺はお札をポケットにねじ込むと、代わりにコンビニの買い物袋に入れた塩を取り出した。

震える手の上に塩をあけようとするが、緊張で手の平の上から塩が零れ落ちる。

俺はかまわず右手の上の白い粉の塊を、写真の男の背中にむかって投げつけた。

塩は男の背中に当たって、ばらばらと散らばって地面に落ちた。

男は何事も無かったかのようにふわふわと漂っていく。

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(あれ?)

おかしい。図書館のオカルト関連の本には、塩が除霊に役に立つと書いてあったのだが……

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カンカンカンカンカンカン

ふいに踏み切りの警告音が鳴り出し、踏み切りの方角が赤く点滅しだした。

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(いかん。時間がない)

迷っている場合ではなかった。俺はポケットからくしゃくしゃのお札を取り出すと、

ライライキョンシーズの要領で男の額に貼り付けた。

が、もちろん糊もテープも張っていないお札は、はらはらと地面に落ちていく。

(あっ)と思って手を伸ばしたとき、男の足と俺の右手がわずかに接触した。

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とたんに全身を強烈な不快感が襲った。

右手から圧倒的な嫌悪感、絶望感、虚無感、恨み、怒り、嘆き、後悔、恐怖……

ありとあらゆる負の感情が濁流のように押し寄せ、体全体が黒い渦に飲み込まれるようだった。

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「う、うえええええええ、お、おうえええええ」

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はらわたをタールで煮込むような不快感を吐き出さねば気が狂いそうだった。

俺は転げ周りながらそこらじゅうに嘔吐した。

体中を悪寒が走り、夏だというのに凍えそうだった。

一瞬、その場で失神しかけたが、

(いかん!)

shake

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俺は脚を震わせながら立ち上がった。

ここで伸びているわけには行かない。なんとしても足止めぐらいはしなくては。

だが、そんなことをしているうちに男はもうだいぶ踏み切りの近くにまで進んでいた。

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カンカンカンカンカンカン

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踏み切りの赤色等が逆光で男を赤く染め上げている。

「まて、まて!」

ふらつきながら、俺は何とか男の後を追った。男との距離は10メートル程度だと思われたが、異様に遠く感じた。

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踏切が見え始めた。

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赤い警告ランプの光が俺の目を刺す。

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コト-ン、コトトン、コトトン、コトトン、コトトン、コトトン、コトトン、コトトン

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電車の音が聞こえてきた。

男はもう踏み切りの手前、5メートルほどのところにいる。

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(間に合わない!)

俺は反射的に腕にはめた数珠を取り外すと、男に向かって投げた。

バン!!

shake

数珠が男の背中に触れようとしたその瞬間。数珠は爆発するかのように弾け、辺りに飛散した。

(うそだろ)

俺の手元には、除霊に使えそうなものはもうなにも無くなった。

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打つ手が無くなり、俺は呆然とその場で立ちすくんだ。

と、

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「待てよお、待ってくれよお」

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踏み切りの向こうから警告音にかき消されそうになりながら、男の声が聞こえた。

向こうを見ると、ユウヤが血だらけの少女を抱き抱えるようにしながらこちらに向かってくるのが見えた。

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「待てよお、行っちゃ駄目だよお。待ってくれよお」

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格好こそ抱きかかえるようだが、全く少女の動きを止める様子はない。どちらかというとまるで引きずられるかのようにこちらに向かってずるずると向かってくる。

それに、その声…。ユウヤの声はまるで洞窟の中から響いてくるような、くぐもった異様な声だった。

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「待てよお、待ってくれよお」

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抑揚のない、感情の入っていない言葉を、まるで機械の様に繰り返している。

考えてみれば、俺がほんの一瞬男に触れただけで正気を失いそうになったのだ。それをあんなふうに抱きかかえたりしたら……

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shake

「危ない!離れろ!!」

俺は思わず叫んだ。このままでは、ユウヤは少女と一緒に踏み切りに入ってしまう。

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コトトン!ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!!!ゴトンゴトン!!!!

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電車のライトが周囲を照らし出した。

「うわああああ!!」

shake

俺は残された力を振り絞り、踏み切りを走りぬけ遮断機を飛び越えると、少女に触らないように注意しながら、すれ違いざまにユウヤの顔面に蹴りを入れた。

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「待てよお、待っておぶうううう」

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変な声を上げながらユウヤが吹き飛ぶ。

ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!ゴトンゴトン!!!ゴトンゴトン!!!

暴力的な音を立てて電車が近づいた。

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ガアアアアアアアアアアアア  ボン   アアアアアアアアアアアアアアア!!!

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電車の音に、一瞬破裂音のような音が混じった。少し遅れて、俺の頬を人の腕のようなものがかすめて飛んでいく。

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ビチビチビチビチ

小さな音をたてて、地面に赤い飛沫が飛び散った。

カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!カン!

警告音が当たりに響き渡っている。

ハア、ハア、ハア、ハア

俺は荒い息をつきながら、恐る恐る後ろを振り返った。

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視線の先に、血染めの花束と、少女の生首がこちらを向いて転がっていた。

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悲劇は、繰り返された。

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「う、うわあああああああああああああああ!!」

俺はその場で地面に手をついて絶叫した。

絶叫はやがて嗚咽に変り、夜空にこだました。

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(なにも、出来なかった)

悔しさと悲しさで、俺はしばらく顔を上げることも出来なかった。

傍らでは、首を不自然な角度に曲げたユウヤが、失神しながら泡を吹いていた。

続きます

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来道様。コメントありがとうございます。

全5話の予定です。

実は以前長文を一話で投稿して、なかなかコメントがいただけなかったことがありまして・・・。

別の長文の投稿者様(名前は伏せますが、NA○KIさんです)が長文を分割して賞賛の嵐だったので、「これだ!」と思ったのですが、結果は・・・org

あー、嗣人さんや、らいとさんや、まめのすけ。さんや、龍悟さんや、紺野さんみたいになりたーい!!です。

・・・先は長そうですねえ。勉強して出直します。よろしければお付き合いのほど、よろしくお願いします。

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mami様、コメントありがとうございます。

続きを楽しみにしているという言葉に勇気付けられます(本当です)

空回り二人組みですが、まだ頑張ります。

激烈クソ長い話で恐縮ですが、お付き合い頂けたら幸いです。

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続きが気になって仕方ないです。
じらしプレイは好きですが、
もう解放してー(;´Д`)ハァハァ

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奥様。コメントありがとうございます。

突っ込みポイントを漏れなく網羅した、投稿者に優しいコメントでほっこりしております。

実はこの作品は文章ではすでに出来上がっています。

演出と効果が出来次第投稿しますので(こんな作業に1時間以上をかけてます)、気長にお付き合いいただけたらと思います。

結末がおきに召しますかどうか・・・。最後までお付き合い頂けたら幸いです。よろしくお願いします。

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幽霊となっても、近づこうとする男女…気になります。特に男性の方…
気絶するほどの体験をしたのに、まだ関わろうとするお二人も…優しすぎる(T_T)

頑張って、除霊してもらいたいものです。
続き、待っています。

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