短編2
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知ってるよ。

妻と連れ添って十年。燃えるような激しい恋の末に結婚したものの、既に倦怠期と呼ばれる間柄になっていた。

子どもを切望していた妻だったけれど。なかなか子どもを授かることが出来ないまま、年月だけが虚しく過ぎていった。これはおかしいと夫婦揃って受診するとーーー子どもが出来ない原因は妻ではなく、俺のほうにあったらしい。慌てて治療を受けたが、妻はもう妊娠出来ない年齢になっていた。そこから夫婦の亀裂が生まれたようだ。

子どもがこの先、もう授かることが出来ないのだと分かるや否や、妻は狂ったように仕事に精を出すようになった。朝から晩まで働き、たまの休日も出張だと言って出掛けていく。こんな生活を送ってるため、夫婦の会話はすっかり減った。たまに顔を合わせても、必要最低限の会話しかない。夫婦仲は完全に冷え切っていた。

そんな妻との不仲に嫌気が差した俺は、数年前から浮気をしている。某出会い系サイトで知り合った二十代の若い女。妻が出張でいない週末などは自宅に招き、逢瀬を重ねていた。金の無心をされ、妻の貯金から引き出した金を渡したこともある。まあ、妻は家計のやりくりや何かが苦手だから、通帳をほとんど確認しないので、未だにバレてはいない。

妻は律儀なもので、幾ら夫婦の会話が最低限になったとしても、出張に行く前には必ず、

「あとはお願いね」

そう言って家を出ていく。それは妻の口癖であり、かつ逢瀬の始まりの合図でもあった。

今日も妻はいつものように「あとはお願いね」と言って家を出ていった。俺は適当に返事をすると、そそくさと携帯電話を取り出し、浮気相手の女に電話を掛けた。

「もしもし?うん、大丈夫。早く来いよ」

簡単に要件を伝え、電話を切る。すると、その瞬間、玄関のチャイムが鳴った。

ピンポーン。

「えっ……。もう来たのか?」

幾ら何でも早いなーーー。いや、もしかしたら。今日は土曜日だし、俺から連絡が来ると察して、家の前まで来ていたのかもしれない。俺からの電話を受けてすぐにチャイムを鳴らし、驚かせる魂胆だったのかもしれない。あいつは結構、お茶目なところがあるからな。そう考えると、急に微笑ましくなった。こんな悪戯、すぐにバレるのにな。俺はニヤニヤしながら玄関に向かった。

「はーい」

一応、覗き穴から訪問者を確認する。そこにいたのは浮気相手ではなく、妻の姿があった。

忘れ物でもしたのかな。そう思い、ドアを開けようとすると。妻が覗き穴に向かって何やら口パクで喋っている。何なんだ、何て言ってるんだ?俺はガチャリとドアを開けた。

「し」「っ」「て」「る」「よ」

後ろ手でしっかりと果物ナイフを握る。

知ってるよーーー知ってたよ。

気付いていないと思ってた?

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