中編4
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深夜のファミレス

この話は今から11年前。

2004年の出来事です。

当時20歳の私は福井県にあるファミリーレストランで副店長として働いておりました。

高校と専門学校からのアルバイトを経て、そのまま就職した形です。

弊社では毎月20日を締め日とし、棚卸し業務を行っていました。

8/20の深夜23時。

まもなく閉店を迎えると言うことで、私は閉店作業と並行して棚卸しの準備をしておりました。

24時。

無事に閉店を迎え、店長と私は棚卸しにかかります。

棚卸しというのは2人1組で行います。

厨房や冷蔵庫に冷凍庫。

それに食品庫、アイスストッカー内の全ての食材の在庫を数え、カウント表に記入します。

日々の伝票入力から仕入れ数を出し、在庫数を引くことで、月の使用数がわかるわけです。

これにより、粗利が出る大切な作業です。

当日、私は食材を数える係で、店長が記入する係でした。

全ての食材を数え終わる頃には深夜の2時を過ぎておりました。

数を数え終わると記入したカウント表をもとにパソコンに入力する作業に移ります。

作業そのものは簡単ですし、時間も数十分程度ですので、奥様とお子さんがいらっしゃる店長に気を遣い、私が引き受ける事にしました。

私は当時、独身だったものですから。

店長は『そんなの悪いよ〜。本当に先上がっていいの?』

と言いながらも制服からスーツに着替え始めました。

部下の私から言うのもおかしいですが、掴みどころのない、飄々とした方でした。

店長は着替え終わると、休憩室の自販機で缶コーヒーを買って下さいました。

『じゃあ、後はよろしく〜。』と、嬉しそうに帰って行かれました。

店長が帰り、私はパソコンに向かいます。カウント表の数字を黙々と入力していました。

すると、『ティントーン、ティントーン。』とチャイムの音が店内に響きわたります。

このチャイムは接客や調理中でも、お客様の来店がわかるように風除室(傘立てや手洗い場がある小さなスペース)の上部に設置してある人感センサー式の物です。

要は喫茶店のドアを開けた時にカランカランと鳴るベルの電子版です。

あれ?店長が忘れ物でもしたかな?

まだ店長が帰ってから2、3分でしたので、私は勝手にそう思っていました。

しかし、店長は事務所に現れません。

玄関から事務所までは20秒程の距離です。

私はおかしいなぁ?と思いつつ、防犯上の事もあり、玄関まで確認に行く事にしました。

玄関の施錠も確認でき、もちろん客席を見渡しても間違って来店したお客様の姿なんてありません。

人感センサーに手をかざすと、『ティントーン、ティントーン』としっかり反応します。

まぁセンサーの誤作動だろうと判断し、特に気にもとめず、事務所に戻って入力作業を続ける事にしました。

パソコンの前に座った瞬間です。

『ティントーン、ティントーン。』と、再び店内にチャイムの音が鳴り響きます。

マジかよ!?またかよ!!

しかし私は確認する事を止め、入力作業を続けました。

一瞬、怖い事を想像しましたが、また誤作動だからと自分に言い聞かせました。

思えば、深夜のファミレスに自分1人だけ。

カウント表をめくる音とキーボードを叩く音以外は静寂に包まれた店内。

自分の職場とあれど、異空間に迷い込んだ気さえしました。

同時に店長に気を遣った事を後悔しました。

カウント表も残り半分を切ったところで、

ガラガラ、ガッシャーン!!

と、先程とは違う音が店内を支配します。

今度は何だよ!!!!!!!

それは製氷機が出来上がった氷を受け皿に排出する音でした。

2度のチャイムの音で過敏になっていたのだと思います。

勘弁してくれよー。と思いつつ、入力作業を進めます。

ようやくカウント表が残り数ページになったところで最悪の事が起きました。

sound:16

『ピンポーン。』

それは紛れもなく、客席に設置してあるオーダーベルの音でした。

全身に鳥肌が立ち、背中に冷たい汗が流れるのがわかりました。

絶望。

その時の感情はまさにその一言でした。

人間、本当に恐怖を感じた時は声すら出せない事を知りました。

次に私がとった行動は、入力作業もそのままに、更衣室に入り着替えをする事。

仕事を投げ出し、いち早く帰宅する事を選びました。

制服を脱ぐにも手が震え、うまくボタンが外せず、なかなかソムリエエプロンの結び目も解けません。

四苦八苦していると、追い打ちをかけるかのように、

sound:16

『ピンポォォォ〜ン。』

またオーダーベルが鳴りました。きっとオーダーベルを鳴らす何モノは私を嘲笑っていたのでしょう。

心なしか、普段のオーダーベルより半音低い様な、実に気持ちの悪い音でした。

なんとか着替えが済むと、私は事務所のセコムをセットし、出来るだけ音を立てないようにゆっくりと玄関に向かいました。

正解は一目散に走って逃げる事だったのかもしれません。

しかしその時の私は走る事が出来ませんでした。

玄関に差し掛かる寸前、よせばいいのに私は客席の壁に目をやってしまいました。

客席の壁には電光表示板が掛かっています。

オーダーベルを鳴らしたテーブルの番号が表示される物です。

1度鳴らすとテーブルの番号が赤いランプで点灯します。

2度鳴らすとランプは点滅します。

そこには、

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『25』

と、赤く点滅していました。

先程のベルは同じテーブルで鳴らされたものだと判ります。

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私の働く店舗にはテーブル25なんて席は無いのです。

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