中編5
  • 表示切替
  • 使い方

黒い影の同居人

 これは、私が東京に住んでいた時に起きた実際に体験した話です。

separator

 当時、私は2,3時間通勤をして、とある携帯電話のショップ店員として働いており、普段から仕事が終わり帰宅する時間は大抵21時を回ることが多かったのですが、その日は先輩に飲みに誘われ帰宅したのは0時を回っておりました。

お酒が入っていたこともあり、疲れ切って帰宅した私は、玄関口で荷物をその場におろしたまま腰かけてしばらく放心しておりました。すると、アパートの廊下から足音が聞こえてきました。『こつん・こつん』というよく男性が履く安全靴の様な、皮靴の様なちょっと重い感じの音です。静かな夜でしたので靴音がよく響いていました。

咄嗟に『二つ隣のお兄さんかな?』と私は思いました。

私の部屋の二つ隣には、鳶職かなにかをしている方が住んでいて、朝出勤する時によく挨拶を交わしたりすることがありました。

『こんな時間に、出勤かな?それともコンビニにでもいくのかな?』なんて呑気に思っていましたが、その靴音は私の考えに反してエレベーターの方へ向かわず、私の部屋の扉の前で止まりました。

『ん?えっ?』慌てて頭を上げて鍵が掛かっているか確認しました。ちゃんとチェーンまで掛かっておりました。

いつもの習慣だからでしょう、全く掛けた記憶が無かったので、正直ほっとしました。過去の自分を褒めてやりたいとも思いました。

しかし、扉の向こうの相手はインターホンを鳴らすでもなく、ドアを叩くでもなく、その場から動いていません。

離れていく靴音が聞こえてこない上に、確かに誰かがいる気配がするのです。

何をするでもなく、ただ私の部屋の前にずっといる。と考えると、覗き穴から様子を窺う勇気も湧かず、音を立てないようにそーっとそーっと、荷物を放置したまま部屋に戻り、身なりもそのままでベッドに入りました。

疲れていたからか、その日は自分でも意外なほど簡単に眠ることができました。

 しかし、次の日からだんだん妙な事が部屋で起き始めました。

台所や、バスルームで音がするんです。

「ガタン!」

最初は、おたまが落ちる音でした。

「ゴトッ!」

バスルームではなんとシャワーヘッドが落ちていました。

そして、その妙な事が日増しに酷くなっていくんです。

夜眠っていると、テレビの電源が勝手に点いたり。扇風機が勝手に点いたり。

座椅子の位置が朝と夜で変わっていたり。

金縛りに遭う事も増えました。

何かが、この部屋にいる……と強く感じるようになりました。

そして、それと同じくらい『考えすぎなのかもしれない。きっと疲れているから、そう感じるだけ』と思うようにもしておりました。

 妙な事が起き始めてから一か月ほど経ったある朝、その何かが見えるようになりました。

ベッドで目が覚めて時計を見やるとコタツに誰かが入ってテレビを見ているんです。

ほんの一瞬、黒い影が目に飛び込んでくる、そんな見え方だったのですが、テレビは点いたままでした。

『夜だけじゃなくて、朝にもでるのかぁ……』と気分が重くなりました。

『もしかしたら自分は変な病気か何かで、幻覚でも見ているのかも……』とそっちの意味で怖くもなりました。

また、ある晩なんかは、ふとんの中で目が覚め『あっ、このパターンは金縛りかな?』なんて呑気に構えていると、バスルームからドアを開けて、こちらに誰かが歩いてくる音が聞こえました。意識ははっきりしていました。手の指もちゃんと動きました。

うっすらと、恐る恐る目を開くと、黒い影がベッドの脇でぼうっと立っていました。

何をするわけでもなく、ただそこに立っているんです。

『お願い、だからそこからいなくなって!!』と目を閉じたまま強く思いました。

時間の感覚は完全に失われておりました。どれだけの間、そうしていたのか分かりません。本当にいつの間にか、その影は見えなくなっていました。

私は冷や汗で風邪をひいてしまいました。

 間違いなく酷くなってきている妙な事。遂にはその影が喋るようになりました。

いえ、正確には喋っているのを見たわけではないのですが。気を抜いていると、ふとした瞬間に聞こえてくるのです。

最初は、休日目が覚めると「朝ごはんつくろうか?」と声が聞こえました。

その時、てっきり当時付き合っていた恋人がそう声をかけてくれたと思いました。

ふとんの中で「うん、おねがーい」と言うと、部屋のドアが開く音が聞こえました。

『あれ?昨夜泊めたっけ?……それとも合鍵渡してあったっけ?』

そのどちらでもないことに気付いた瞬間、私は慌てて飛び起きました。

開いたままの扉の先、キッチンを見ると誰もいませんでした。

 正直、途方にくれました。

こんな事を相談できる人もおりませんでしたし。

相談した所で『変な人』と思われるのも嫌でした。

今考えれば、この不安が一番怖かったことかもしれません。

 しかし、それから一週間ぐらい後のことです。

予想していなかった事から、急に相談できる人が現れたのです。

なんてことはない、職場の同僚だったのですが。

夜、私はその同僚から電話がかかってきて仕事での相談事を聞いて(聞かされて)いました。

話の内容はそこそこ重く、その同僚が今の職場を辞める辞めないの話にまでなっていました。

私が、同僚を励まそうと何か言いかけた時。

その同僚が私の言葉を遮り、こう言いました。

「すいません、ちょっとテレビの音を小さくして貰えますか?」

勿論こんな話をしている最中にテレビなんて点けていません。

「テレビ?点けてないよ?」

と答えると

「あれ?おかしいなぁ……、なんか、すっごい笑い声が聞こえるんですよ」

と言われました。背筋に鉄の棒でも挿し込まれたような、ぞっと凍りつく思いでした。

『考えすぎだとか、幻覚、幻聴なんかじゃなかった!』

私は、その同僚に電話で今晩泊めてくれるよう頼み。その晩は相談に乗るつもりが、すっかり相談に乗って貰うことになりました。

「笑い声は一人じゃなかったですよ、本当にテレビから聞こえてくるような、大勢の笑い声でした」

と言われました。

あの黒い影が部屋にお仲間を呼んで、私を囲み宴会でもしていたのでしょうか?

 「その部屋、絶対ヤバいですよ。引っ越しして様子みた方が良いと思います」

の言葉に従い、次の日からさっさと引っ越しの手続きをしました。

引っ越しが済むまでの間ずっと、その同僚のお世話になりっぱなしでした。

separator

引っ越してからは、その妙な事が起きることはなく、はや5年。

流石に黒い影が自分に付いてきてはいない……と確信しておりますが。

でも、あのアパートのあの部屋はまだ確実に存在しているようです。

たまに思い出したように、G0×gle Earth先生に訊ねては存在を確認してます。

もしかしたら、この画面を見ているあなたの部屋がその部屋かもしれません。

たまには部屋の音を消して、誰かと電話で話をしてみてください。

もしかしたら、あなたを囲う大宴会が行われているかもしれませんから。

Normal
コメント怖い
5
10
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

みなさま、コメント 怖い 頂まして本当にありがとうございます。

>はな さま
実は、もしかしたら自分は変な病気(特に気の病)なのかもしれないと思うのが一番の恐怖でした。

>にゃん さま
自分が住んでいる部屋だと逃げ場がないのが怖いですよね。
唯一の聖域だと思えるふとんの中に潜り込んでも、何が起きるかわからないし……。

>ピノ さま
自分は、たまーに金縛りに遭うくらいで、別に霊媒体質でもなんでもない……。と思っていたのですけどね。
誰でも、こういうのに遭うんだなぁと確認しました。

>ロビン魔太郎.com さま
もう、あんな事が頻発する部屋に住むのはごめんですw
アパートとかならまだしも、自分で建てた家でこんなことが起これば……。

返信

うーーん、ひさびさ、読んでて寒気がしました(´д`)
怖かったよ~~・゜゜(p>д

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信