中編6
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【14話】視線【店長】

夕陽に照らされ、茜色に染まった街を歩いている。

逢魔が時。黄昏。誰そ、彼とは昔の人間は良く言ったものである。

しかし、文明の発達によりビルに囲まれた大通り。

行き交う大量の人々、そんな光景の前には昔の言葉の情緒もへったくれも存在しない。

等と、変な感傷に浸って注意を散漫させていたせいで、すれ違う女性と肩をぶつけてしまう。

「っと、申し訳ない。」

振り返り、謝罪の言葉を投げかける・・・が。

しまったな---と言う反省は、声をかけなければ良かった---と言う後悔に変わる。

俺と同様に振り返り此方を見る女性と目が合った気がした。

あぁそうだ、気がしたんだ。合ったのではない。

此方に顔を向ける女性、その長い髪に半分隠れたソコには眼が無かった。

否、眼だけではない、およそ人間の顔に付いている筈のパーツは何一つとして存在しない。

ソコにあるのは、例えるならばフジツボ。顔一面がそんな物に覆われている。

生理的嫌悪感がふつふつと湧き上がってくる。

嫌なモノを見てしまった、背を向け速足にその場を立ち去る。

帰って本でも読めば気も紛れる、早く忘れてしまおう。

「ミエテル?」

背後から声を掛けられる、甘い考えだったようだ。

反射的に振り返れば、右肩の後ろから此方を覗き込むフジツボ女の顔。

「ミエテル・・・ミエテル!」

やたら嬉しそうである。

しかしその声すらも、スロー再生したような低くこもった声。とても女の声とは思えないものだ。

めんどくせぇ・・・無視だ。無視に限る。

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どれくらい歩いただろうか、辺りは既に暗くなりつつある。

辺りの風景は都会から住宅街に変わっている。

俺の背後には相変わらずフジツボ女。

「ミエテル・・・ミエテル」

同じ事を呟きながら着いて来ている。

あぁ、見えてるよ。見えてるだけで何もできねぇよ。

無視して歩いていれば消えてくれると思っていたが、コイツ中々しぶとい。

どうしたものか・・・そう、頭を捻らせていると。

「お!てんちょー!・・・あー・・・さよなら!」

前方から倉科が歩いて来た。奇跡の遭遇である。

が、コイツ事もあろうに俺の後ろのモノを見て回れ右をかましやがった。

いつも面倒事に巻き込んでくれやがって、こんな時だけ逃がしてたまるかと追いついてやる。

「ちょ!変なの連れて来ないで下さいよ!なんなんですかこのフジツボ!」

直球である。否定はしないがもうちょっとオブラートに包んでだな。

「街でぶつかって声かけたら付き纏われてんだよ、俺だって知るか。」

「ナンパ?え?店長コレをナンパ?」

どこをどう解釈すればそうなるのだろうか。

「お前・・・普段ビビりな癖にやたら落ち着いてるな?」

得体のしれない、それも気持ち悪いものが居るのにも関わらず何故平常運転なのだろうか。

「え?だってコレ店長に憑いてますから!対岸の火事的な?」

殴っていいだろうか?

「俺は今、凄い解決策を思い付いたんだが。」

「流石店長!どうするんですか!フジツボだけに海に沈めるとか!」

「お前に押し付ける。」

「やめて下さい。それだけは勘弁して下さい。泣きますよ。」

本気の声のトーンだった。

「でもこれ、本当にどうするんですか?家まで着いて来ちゃいそうですよ?」

倉科に心配される、いつもと立場が逆である。

それは困る、由々しき事態である。

仕方ない、あの人に頼るか。

俺は、都心へと引き返すのだった。

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陽はすっかりと落ち、空には夜の闇が広がっている。

しかし、俺達の眼前の街は明るいネオンに煌々と照らされ、そんな雰囲気は微塵も感じさせない。

そこに居るのは酔っ払ったサラリーマンの団体、キャバクラのキャッチ、昼間とは全く違う顔を見せている。

俺達が居るのはこの地域でも最大級の飲み屋街。

そんな彼らを躱しつつ、少し歩けば目的の店に辿り着く。

雑居ビルの2階にあるバーだ。

「てんちょう・・・自棄酒はダメですよ?」

「ちげぇよ・・・」

小気味良い音を立てながら扉を開く。

店には他のお客さんは居らず、丁度良いことにマスターの黒木さんだけだった。

「いらっしゃいませ、浅葱さん」

「どうも、こんばんは。」

「おぉぉぉ・・・大人な世界。」

倉科が感動している。これくらいな年ならまだこう言う店にはこないか。行ってもダイニングバーだろう。

「おやおや、今日は3名様ですか。奇妙なお客様だ。」

俺が言おうとする前に、黒木さんから話を切り出してくれる。

「おー!視えるんですか?」

倉科が食い付く。

「えぇ、視えていますよ。この方どうされたんですか?」

これまでの経緯を説明する。

「いつまで経っても諦めてくれないもんで、黒木さんどうにかできませんかね?」

「解りました。やれるだけの事はやってみますよ。」

そう言って彼は女に近付く。

「ミエテル?」

「えぇ、視えてます。さぁ此方へ。浅葱さん、しばらく空けます、戻るまでお待ちください。」

そう言って黒木さんは店を『close』にして出て行った。

「てんちょ~、あの人凄いの?」

倉科に聞かれる、疑問は尤もだろう。

黒木さんは海外を渡り歩き、知識も沢山ある。

それでいてこの夜の仕事である。

店に来る人はやはり、と言うべきか、それなりに悩みや心に闇を持った人間もいる。

色々なモノが視えてしまうのだろう。

そして、大のオカルト好きだ。

俺と倉科の良い所だけを足したような人物である。

そんな話を倉科として数十分、黒木さんが戻ってくる。

その背後には女は居なかった。

「おぉー!フジツボいねぇ!すげー!」

「助かりました。ありがとうございます。」

「いえいえ、常連さんの頼みですから。今後ともよろしくお願いします。」

このまま何もせずに帰るなんて無粋な事は出来ないな。

フラフラになるまでカクテルを飲んで行く事に決めた。

「大人の味がするぅ・・・」

カクテルを飲み、その味に顔をしかめながら倉科が呟いた---

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後日、フジツボ女をどうしたのか気になり過ぎて眠れなくなった倉科を連れて黒木さんを訪ねた。

「やっぱ海に沈めたな・・・」

等と、倉科が怖い事を言っているが。

黒木さんに連れてこられたのは、海ではなく彼のマンション。

如何にもお高そうな、高層マンションである。

玄関を潜り、部屋に通された俺は驚愕する。

眼前に広がるのは、ダイニングキッチンとリビング、これだけで最早俺の店より広いのではないか?

廊下やリビングにある扉の数から見れば間取りはおそらく4LDK。

彼は独り身である。凄まじい。

高そうなソファに腰かけ、黒木さんの話に耳を傾ける。

「うおー!ソファふかふか!ボスボスする!」

倉科がはしゃぐ、やめろ恥ずかしい。

黒木さん曰く---

彼女は容姿にコンプレックスがあったのではないか。

それが原因で心に傷を追い、おそらく命を絶った。

だから顔があんな風になってしまったのではないか?

霊になってからは誰からも観測されず、更には綺麗になって人から注目されたかった---

そんな思いが歪んでしまったのでは?

と、言う事である。

「それで!フジツボちゃんどうしたんですか!」

「えぇ、私のコレクションルームにご案内しました。」

「おぉ!コレクション!コレクション?」

「御覧になりますか?」

「是非!見ます!見たいです!」

倉科が興奮する。まぁ、俺も黒木さんのコレクションとやらには興味がる。

「此方です。」

そう言って彼は、リビングに面している部屋の扉を開けた。

「お・・・おおおぉぉぉぉ・・・」

倉科がたじろぐ。それもそうだろう、中は凄い事になっていた。

人形、と言っても多種多様だ。

日本人形からアンティークドール、ぬいぐるみやマネキン。

凄まじい数がその部屋に飾ってある。

「見て貰いたいなら、彼等に見て貰えばどうでしょう?と、ここにご案内しましたよ。」

確かに、これだけの沢山あると見られる感覚が凄まじい。

彼女はこれで満足出来たのだろうか。

しかしこの人、意外と滅茶苦茶だったな・・・

「なるほど、そう言う事ですか。なにはともあれ、ありがとうございました。」

礼を言って扉を閉める。

その瞬間、人形達の視線が此方に向いた気がしたのは、やはり気のせいなんだと信じたい---

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