中編7
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【15話】本の話【店長】

日光が木々に遮られ、昼間だというのに薄暗い森を3つの影が駆ける。

先程まで聞こえて来ていた五月蝿いくらいの蝉の鳴き声は、いつの間にかピタリと止んでいる。

「っ!なんなんだよっ!アイツは!」

息も切れ切れに、焦りと苛立ち混じりの声で海斗が叫ぶ。

「そんなのっ・・・アタシが聞きたいくらいよ!」

海斗の後ろをやや遅れて必死で追いかける純玲(すみれ)もまた、焦りから声を荒げる。

全速力での逃走、前だけを見て走って居ればいいはず。しかし、純玲は後ろを振り返ってしまう。

「うそ・・・」

まるで信じられない物を見るような声が彼女の口から漏れる。

海斗と純玲の少し後ろを走るのは、まるでゲームに登場する盗賊のようなボロボロの布きれを纏った2m近くあるであろう大男。

そしてその右手に握られるのは、腰鉈---と言うには易し過ぎる、刃渡り50cmはあろう凶器。

しかし、そんな事は知っている、だから逃げているのだ。

純玲が信じられない、信じたくない事は別にある。

大男が少しずつ此方に近付いて来ている。

海斗は俊足と言っても過言ではない。事実、春先に行われた体力測定では陸上部を引き離して50m走で6秒台を叩き出す程の身体能力である。

そしてその足に純玲もなんとか追いつこうとしている。

火事場の馬鹿力と言うに他ない、これが陸上大会なら新記録を出してもおかしくない程である。

だからこそ有り得ない、嘘だ、嗚呼信じられない。

現役高校生の走りに凶器を持った大男が着いて来られる筈がない、着いて来るんじゃない。

だが、純玲のそんな思考とは関係なく、彼我の距離はただ短くなるだけある。

焦り、不安、恐怖、最悪の状況を考えれば考える程、足を止める事は出来ない。足を止めてはいけない。

しかしだからこそ、眼前に見知った人物が現れた時、純玲は足を止めてしまった。

「村長さん!助けて下さい!」

そこに居たのは海斗と純玲が滞在している村の村長であった。

畑仕事の帰りなのか、散歩なのか、そんな事は関係ないが人と会えた事で助かったと思った。

否、思ってしまった。

此方は子供が2人に初老の男性が1人。何故、助かったなんて思ってしまったのか。

「おぉ、純玲ちゃんどうしたん---」

言い終わる前に純玲の正面に立つ村長の顔が驚愕へと変わる。

「純玲っ!」

海斗が純玲を押し倒す。

その刹那、純玲の頭があった場所を風切り音を立てて何かが通り過ぎた。

「っ・・・いったぁ・・・」

海斗に押し倒された衝撃と痛みで瞑っていた眼を開けると、村長と眼が合った。

正確には地面に転がる村長の首と---であるが。

在るべき物を無くした村長の躰が此方へ倒れ込んでくる。

断面から溢れ出る鮮血に身を染めながら視線をあげれば、此方を見降ろす大男の姿。

「あ・・・いや・・・いやあああああああぁぁぁぁ!」

静かな森に、純玲の叫び声だけが響き渡った---

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「ふ~む、これは中々」

眼が疲れたのであろう、文庫本から顔を離し、店の常連である鈴木さんが呻る。

「ですよね!ここからが更に良い所なんですよ!」

ウチのバイトの倉科はノリノリである。

今どんな状況かと言うとだ。

鈴木さんから面白い本はないか?と聞かれ倉科がオススメの本を紹介した所である。

ジャンルは倉科らしい、シリーズ物のミステリーホラー、その1巻である。

「この主役の純玲と助手の海斗君がいいコンビなんですよ!

なんか私と店長に似てるし!」

「似てねぇし、助手でもねぇよ。」

黙って見ていれば勝手な事を言い出しやがったのでツッコんでおく。

「お?店長もこのシリーズ読んでます?」

「あぁ・・・まぁな。」

「鈴木さんも!それは御貸ししますので!気に入ったら言って下さいね!2巻も持ってきます。」

自分のお気に入りの本を布教出来て倉科は大変満足そうである。

「ありがとね沙希ちゃん。ところでマスター?この作者なんだけれど」

鈴木さんから質問が飛んでくる。

「作者の名前が『浅葱 楓』になっているが、マスターも浅葱さんだよね?身内の方かい?」

「あー!それ私も気になってました!どうなんですか!知り合い?知り合いなの!サイン!」

浅葱楓、この物語の作者で最近名前が売れて来た女性作家であるが。

「ペンネームでしょう、本名は違うんじゃないですかね?」

と、答えておく。

「ちーん・・・私のサイン・・・」

倉科が絶望に打ちひしがれている。

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倉科が絶望から立ち直りかけた時、店に初老の男性が来店された。

「いらっしゃいませ、こんにちは。」

初めて見る方である。

心配しないで貰いたいが、倉科も根は真面目である。基本的に普段は礼儀正しい。

おしぼりを渡し、注文を伺って来た倉科が耳打ちをしてくる。

「店長にお話があるみたいですよ?」

はて?なんの御用だろう、と伺ってみればカウンターの上に1冊の本が置いてある。

「どうかされましたか?」

「その・・・突然の事で失礼だとは思いますが。この本の事で相談がありまして。」

「相談・・・ですか。」

「はい、ここのマスターはそういった事に詳しいとお伺いしたので。」

そういった事がどういった事なのかは聞きたくもないが。

そもそもどこの噂だそれ。

等と言う悪態は心の片隅に追いやり、詳しい話を聞く限り因果は応報してるのだろうな・・・と諦める。

「これを見て頂きたい。」

そう言って開いた本は酷い有様だった。

「死」だの「殺」だの「呪」だのおよそ負の言葉と呼べるものが至る所に赤いペンで書きこまれており。

挙句の果てには飛沫血痕と思しき黒い染みまでこびりついていた。

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まずこの男性は近くの古書店を営む方で。

先日在庫の整理をしてきた時にこの本を発見したそうだ。

なんの変哲もない文庫本だったのだが、何故か気になってページを開いてみればこの有様だったと言う。

いつ、誰から買い取ったものなのか、そもそも買い取る時に査定で気付く筈なのだから、誰かが勝手に商品に紛れ込ませたものなのか。

手元にある経緯すらわからないので、処分する事にしたのだが。

ゴミに出せば戻ってくる、焼却しようとすると火が消える、等々不可思議な現象により手放せなかった・・・との事である。

「まさか・・・現実にこんな事がおこるなんて・・・」

震えながら話して下さった、相当気が参っているようである。

「わかりました・・・お預かりします。」

我ながら早死にしそうな性格だとは自覚している。

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お客も全員捌け俺と倉科だけになった店内で、問題の本と向き合っていた。

表紙、見た目は至って普通の文庫本なのだが、如何せん中身がアレである。

「で?店長どうするんですかぁ?」

倉科が問いかけてくるが・・・

「どうするって言われてもなぁ・・・」

出所不明、原因不明、手の出しようがないのが事実である。

何か手掛かりはないかと、本を取って開くも、書かれているのは不気味な言葉ばかり。

いくつかページを捲っているときに気が付いた。

嗚呼、居る・・・

ページを見る事に集中して焦点の合っていないボヤけた視界の左上。

誰かの腰から下だけが入り込んでいる。

倉科は俺の右となりに居るのだから勿論彼女のではない。

視線を其方に向けて見れば・・・居ない・・・

本に戻すとまた現れる。

ふぅ・・・と溜め息を吐き、本をカウンターに放り出す。

「なんかわかりました?」

「読んでみればわかる。」

そう言って倉科に差し出す。

しばらくページを捲っていると。

「おおおぉぉぉ!なんかいる!あれ?居なくなった!」

どうやら俺と同じようだ。

「なにこれ不気味!こわっ」

ホラーかよ、嗚呼ホラーだった。

さぁ、どうしたものかと本を倉科から受け取り、もう一度ページを開く。

瞬間、開いた本を閉じ、放り投げる。

腰から下なんてものじゃない、開いた本の後ろから女が此方を見つめていた。

「なんなんだよこれ・・・」

やばい物を受け取ってしまったかもしれない・・・本気でそう思い始めた時。

本を拾い上げ倉科が言った。

「さぁ、行きますよ、店長。」

それは今まで聞いた事の無いくらい冷たく、冷静な倉科の声だった---

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今思えば片鱗は見せていただろう。

倉科 沙希---この女は底が見えない。

普段アホのように振る舞っているが、それは振る舞っているだけ。

人によってその具合を調整している。踏み込めるギリギリのラインを。

何も考えてないように見えるだけで、実は一番考えて最適解見極めている。

故にコイツの本当の顔を俺はまだ知らない。

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俺は倉科を助手席に乗せ車を走らせる。

勿論あの本も一緒だ。

「戻ってくるなら・・・戻って来れないようにしちゃいましょうよ。」

至極当然、しかしそれが出来ない。

そう思っていたさ、さっきまでは。

車が交差点に差し掛かる。そこに立つのはいつか見た片腕の無い女の霊。

この交差点を通ればあと少しで目的の場所だ。

二度と来ることは無い、と思っていたのだがな。

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車を停め、階段を昇る。

カン、カン、と老朽化した鉄筋が子気味良い音を奏でる。

「さぁ、着きましたね。開けますよ?玄関。」

俺達の前にあるのはとある廃アパートの201号室の扉。

「あぁ、やってくれ。」

倉科が玄関を開けるが、しかし201号室の室内は全く見える事はない。

以前と同じ闇、まるでこの世の最悪全てを詰め込んだ様な空間が広がっている。

「っ・・・」

こんな所1秒でも見たくないと、その中に本を投げ込む。

瞬間、玄関を倉科が閉める。

「これで終わり。あの本程度じゃどうにも出来ませんって。」

「そうだな。」

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車に戻り、イグニッションを回す。

シートに腰かけた倉科が大きく伸びをしながら叫ぶ。

「うあー!お腹空いた!店長何か食べにいきましょ!店長のおごりで!」

「ふっ、わかったよ。」

今日くらいはコイツのワガママに付き合ってやろう。

バックミラー越しに遠ざかって行く201号室を見ながら、そう思うのだった---

Concrete
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皆々様コメントありがとうございます
>>りこさん
201号室出した時からこんな話は書こうと思っていましたが、思いの外いきあたりばったり、思いつきで書いてしまいました(; ・`д・´)

>>珍味さん
私も幸いまだ負の強い物品を引いたことは有りません。
が、やはり自分よりも長く生きている物とロマンが溢れます、同時に少し怖かったりと。
いつかあの部屋は限界を超えるのでしょうかね・・・私としてはまだなんとも・・・

>>ロビンさん
いつも遅筆で申し訳ない・・・
頑張ってクオリティUPを目指しつつ、早めに投稿します!

>>むぅさん
今回は最早冒頭の小説がメインって感じです・・・あれが書きたいだけの話でした、スイマセン
謎ばっか残すならはよ書けよって感じですね。精進します。

>>ふたばさん
私的公式設定では作中最強は倉科です。
まぁまだほとんどその辺は書いていませんけれども・・・
倉科ファンの方が多いので今後彼女にフォーカスを当てた作品もいくつか挙げていきます!

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フレール先生、お帰りなさい遊ばせ。今回もワンステージ上の恐怖を堪能させて頂きました!…ひ…

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