中編5
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駅のホーム

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数年前、本当にあった出来事です。

私は大学に通学するため、電車を利用していました。

その日の朝もいつものように、駅のホームに立ち、電車を待っていました。

この時間は、スマホでゲームをしているのが常で、ついついのめり込んでしまい、電車が来たことに気づかないなんてことも、過去に何度かありました。

しかしその日は妙な違和感を覚えました。

スマホから目を離し、ふと向かいのプラットフォームに視線を向けると、そこには一人の男性がじっとこちら側を見つめて立っていました。

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「N君……?」

私はすぐに大学の友人であるN君だと思いました。

ただ、薄曇りで暗かったせいか、顔にもやがかかったようで、はっきり彼だと断定できませんでした。ただ、こちらのホームの混雑ぶりと比べて、向こうは下り列車のホームなので人は少なく、彼の姿は浮かび上がるように目立っていたのを覚えています。

同時に、N君がこんなところにいるはずがないとも思いました。

N君の家は、別の路線の沿線にあり、普段この駅を利用することはないからです。

それに、大学に向かうのなら私と同じ上り列車に乗る必要があります。

加えてここ最近、大学には顔を見せておらず、聞くところによると就職活動に失敗し、精神的が不安定になっているという話でした。

しかし、やはりN君本人なのか、その人物は私に気がついたようで、こちらに向けて小さく手を振ってきました。

私は周囲に人が居たこともあり、手を振り返すのは恥ずかしく、彼に気づかなかった振りをして視線をスマホに戻し、再びゲームをし始めました。

もし本人だったとしたら、無視してしまったことに罪悪感はあったものの、先のような疑問から別人なのだろうと思いこむことにしたのです。

何かに見られているような視線を感じつつも、それを頭の隅に追いやり、私は徐々にゲームに集中しだしました。

そして、しばらくすると、音と振動とともに下りの電車がホームに入ってきたのがわかりました。

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しかし、いつもの聞き慣れた電車の音とは違う、大きな衝突音が耳に響きました。

shake

それに続いてガリガリという何かを引きずるような音。

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驚いて顔をあげると、ゆっくりと動き続ける電車と線路の隙間から、肘から先しかない人の腕が飛び出ているのが見えました。

流れ出す鮮血。

――誰かが電車に轢かれた。

私は初めて見る夥しい血液に衝撃を受け、ぽかんと口を開け立ちすくんでいました。

ホームではけたたましい警報音が鳴り響き、周囲は騒然となっています。

私の前に並んでいた女性は一部始終を見てしまったのか、泣き出していました。

一体誰が電車の下敷きになっているのか。

向かいのホームには人が少なかったし、あの位置に体があるとなると……。

(さっきの彼……?)

私はいよいよ恐ろしくなって、全身に鳥肌が立つのがわかりました。

誰だったのか確認したい、そして願わくば彼以外の人であってほしいと思いました。

横に並んでいる人に、

「なにがあったか、わかりますか?」と尋ねると、

「俺もよく見てなかったけど、20歳くらいの男性がいきなり線路に飛び込んだんだよ。即死だな、あれは」との返事。

それだけでははっきりしないため、周囲の人たちに聞いて回ろうかとも思いましたが、質の悪い野次馬のようだし、駅員さんが忙しくしているところを邪魔して話しかけるのも憚られたため、諦めることにしました。

向かいのホームに行って確認しようかとも思いましたが、ショックのあまり気力がわかず、遺体の回収作業を見るのも怖かったため、その日はそのまま家に帰って、大学も休むことにしました。

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私には自殺したのはN君だったという妙な確信がありました。

そして、もしかしたら彼を無視してしまったことで、自殺への最後の一歩を踏み出させてしまったのかもしれないと思うと、胸が苦しくなり吐き気までしてきました。

私は自宅に着くと、着の身着のままベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまいました。

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気がつくと窓から夕日が差し込んでいました。

私は、寝たことで自身が少し動揺から回復しているのがわかり、起き上がりスマホを手に取ると、ラインで大学の友人に今日あった出来事を伝えました。

するとしばらくして、

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「大変だったね。だけど、それはNじゃないよ。Nなら今日大学に来てたから」

と返事が返ってきました。

私は思わず

「N君じゃなくてよかった……」と独り言をいってしまうほど、ほっとしました。

別人だったと分かったことで安堵し、肩の荷が下りたような思いでした。

気を取り直した私は、パソコンを立ち上げ、やり残していた大学の課題に取り掛かりました。

しかし、その日の作業は遅々として進みませんでした。

というのも依然としてひっかかりは残ったままだったからです。

やはりあれはN君だったんじゃないか……。

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翌朝、起きてスマホを見ると同じ友人からラインが来ていました。

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「Nが亡くなったって。

 昨日の朝、自宅で首吊ってるのを家族が見つけたらしい」

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私は意味がわからず、すぐに友人に電話をしました。

「N君が亡くなった!?おかしいでしょ、昨日大学来てたって言ってたじゃん!」

「いや、来てたはずなんだよ。

 構内ですれ違って、久しぶりって声かけたら、返事返してくれて。

 元気なさそうだったから、あまり突っ込んだ話をするのもよくないかなって思って、それ以上は話さなかったけど」

「でも……N君は昨日の『朝』亡くなったんだよね?」

「……。おかしいよなぁ。俺が話したのはNだったはずなんだけど。

 ……あと、お前が見たっていう自殺、あれは結局なんだったんだ?」

「……」

私は返す言葉もなく、絶句してしまいました。

私が見た自殺。

あれは、N君とは全くの別人のもので、たまたまよく似た二人の人間の死が重なっただけなのか。

それともあれは、N君に関係した「何か」だったのか……。

私があの時彼を無視しなかったら、何か結末は変わっていたのでしょうか。

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あれから私は無事大学を卒業し、今では社会人として働いています。

そして、今も変わらず当時と同じ駅を使い、通勤しています。

ただ、以前は上り列車を利用していましたが、職場に行くためには下り列車を使っています。

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時々、ホームで待っていると嫌な視線を感じることがあります。

何か、至近距離でじっと見つめられているような、形容し難い不快感に襲われます。

これは私の思い込みから来るものでしょうか。

最近は、何か嫌なことが起こりそうな気がして、どうにも落ち着きません。

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