「・・・・・・う」
洋子が、呻き声を上げながら、薄く目を開けた。
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「無事か?・・・ってのもおかしいな。だが、まあ、大丈夫か?」
「潮君・・・・・・私・・・・・・・・・」
「お前に取り憑いていた悪霊共は、皆俺様がぶっとばしてやった。もう、安心していいんだ」
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いや、それは石の力、という言葉を、渚はかろうじて飲み込んだ。
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「そう・・・もう、いないのね。私の体を覆っていた、あいつらは、もういなくなったのね」
「ああ、そうさ」
「じゃあ、私の心を乗っ取られることも、もう無いのね」
「そうさ」
「・・・そう、嬉しい」
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「嬉しいか、そうか。もう大丈夫だからな」
「ええ、嬉しいわ・・・・・・これで、あなた達を・・・・・・」
「ん?俺たちを?」
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「お前達を、私の意志で殺せるのね!!」
洋子の眼が異様な光を帯びた。
その瞬間、洋子の髪が蛇のように蠢くと、潮の全身に巻き付いた。
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「う、うおおおおお!?」
「洋子!やめて!!」
「はあ?やめて?
渚、あんたそんなこと私に言える義理あるわけ?この私を裏切ったくせに!」
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「洋・・・子」
「あんた、さっきの屋上のアレ、まさか私の本心だと思ってんの?言わされてただけよ。例の石に。
それ、力強すぎるから。
あー、もう、今思い出すだけで・・・・・・」
言いながら、洋子は髪を振り回し、潮を床に叩きつけた。
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shake
「汚らわしいわ!!」
まともに受け身も取れない潮はもろに顔面を強打し、ぐっ、と呻き声を上げる。
「やめて、洋子、やめてよお!」
悲痛な声を上げる渚を、洋子は全く相手にもしなかった。
「さあて、潮君、わざわざこんなところまで来てくれたんですからね。
ふふふ、私と同じ目に会わせてあげる。
あなたも、一緒に地縛霊にしてあげるわ」
洋子は笑いながら、階段を上り始めた。
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「屋上から叩き落してね」
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ゾッとすることを事もなげに口にすると、歩調に合わせ、戯れに髪を振り乱す。
その度に、潮の体は天井、壁、階段の角に叩きつけられた。
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「グッ、ガハッ」
苦し気な声が廊下に響き渡る。
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「洋子・・・もう、もう・・・」
「あんたにも見届けさせてやるよ。ついて来な」
言いながら、洋子は屋上への歩みを速めた。
渚は、なすすべもなく、洋子の後をついて行った。
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屋上は、相変わらず静かに月明かりに照らされていた。
しかし、先ほどのような清廉とした雰囲気はない。
髪を振り乱したその先に、動くことも、まともに口をきくことも出来ない男を嬲るその場所は、まるで巨大な毒蜘蛛の巣の様であった
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「洋子、もう、止めてよお」
渚の訴えに、洋子は魔獣のような笑みを湛えた。
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「そうねえ、じゃあ、あんたが代わりに屋上から飛び降りてみる?だったら考えてやらなくてもいいけど」
「・・・・・・え?」
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「この男の代わりに死んでみせろって、ってんの!
ったく、ほんと鈍感。こんな女の一体どこが良かったんだろうねえ」
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「・・・わ・・・・・・私が・・・」
渚は、ごくりと唾を飲んだ。
「さあ、やってみせてよ。ねえ、ほら…・・・」
「・・・・・・」
渚は、屋上の際に立つフェンスを見つめた。
ゆっくりと、フェンスに向かって歩き出す。
見慣れた夜景が、フェンス越しに広がっていく。
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(私が・・・悪かったんだ。
私が洋子を裏切って・・・、想いを潮に告げてしまったから・・・・・・。洋子の気持ちは、解っていたのに・・・・・・)
渚の手がフェンスを掴んだ。無機質な冷たさが手に伝わってくる。
(でも、それももう終わる。ごめんね。洋子。そして・・・・・・)
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視界の端に、蜘蛛の糸に搦めとられたような潮の姿が映る。
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何とか身体を束縛する髪の毛を振りほどこうとするが、その身は頑として動かない。
しかしその目は、このような絶望的な状況でも諦めずに、歯を食いしばりながら渚の元にたどり着こうともがき続けていた。
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渚は、その姿を、切なげな瞳で見つめた。
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(さようなら、潮君。
出会った時から、大好きでした)
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渚は前を向くと、フェンスをよじ登った。夜風が髪とスカートをひらめかせる。
自分を死へと向かわせるその一歩一歩を、渚は進み始めた。
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と、ふいに
shake
「ギャア!!」
という叫び声が響いて、渚は我に返った。
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振り返ると、洋子が切断された髪を振り乱し、苦痛の叫びをあげていた。
戒めから解かれた潮が、呻きながらその身を起そうとしている。
そして、その後ろからは・・・・・・
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「・・・さっき、いい言葉を使っていたな、南田。
俺にも使わせてくれよ、ヒーローってのは・・・・・・」
階段口からわき腹を抑えながら、ゆっくりと歩みを進める、その姿は・・・・・・。
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「遅れて来るんだってな」
「東野さん!」
渚は思わず口に出した。
先ほど怨霊に飲み込まれたはずの東野が荒い息を突きながら、こちらに進んで来ていた。
「ギイイイイイ!!」
手負いの獣のようなうなり声を上げながら、洋子が憤怒の眼を東野に向けた。
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「渚、降りろ!」
東野は短く渚に指示を出すと、どこにそんな力が残されていたかと思うような俊敏さで跳んだ。
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すっと左手を胸元に突っ込んだと思うや、その手を鞭のようにしならせて、輝く何かを投げ放った。
銀製のナイフだった。
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先ほど洋子の髪を切り裂いたのも、その中の一本のようだ。
ナイフは過たず、洋子の右腕と左肩に突き刺さる。
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shake
「ギャアアアア!!」
洋子の絶叫が響いた。
その場に崩れ落ちるように膝をつく。
「ぐ、はっ」
力を使い果たしたように、東野もその場に片膝をついた。
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「・・・私を、滅ぼしに来たのか」
しばし荒い息をついたのち、洋子が口を開いた。
「いや、俺は・・・・・・」
東野は苦し気に顔を上げながら答えた。
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「お前を、救いに来た」
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しばしの沈黙が周囲を支配する。
「・・・・・・は?」
沈黙を破ったのは、洋子だった。
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「・・・・・・バカか?」
突き刺さったナイフを引き抜くと、憎々し気に床に投げ捨てる。
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「私はこいつらを地獄に引きずり込んでやろうとしてるんだよ。それを救う?ハア?
何?手助けしてくれるわけ?じゃ、一緒にこいつら屋上から叩き落してよ。地面に脳漿ぶちまけちゃってよ!
shake
あの日の私みたいにさあ!!」
言いながらゆっくりと東野に向かって歩き出す。
だが、何らかの力が込められていたのだろう。
ナイフの跡は、既に現世には存在しないはずの洋子の身を刻み、あるはずのない血液を虚空にまき散らしている。
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「グウウウウウウウ」
洋子の眼が、怒りで鬼灯のように赫く輝いた。確実に東野のナイフは洋子の身体にダメージを与えていた。
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と、洋子の歩みが止まった。
「・・・・・・なにをしている」
紅く眼を染めた洋子の前には、膝を震わせながら、ナイフをかざす渚の姿があった。
先ほど転がったナイフを拾ったらしい。
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「洋子、こ・・・こ、これ以上、誰かを傷つけないで!」
悲愴な声で叫ぶと、洋子に向かってナイフを振りおろした。
洋子は、それをこともなげにかわす。
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「渚、よせ!お前の適う相手じゃない!」
東野の制止も聞かず、渚はわあわあと叫びながら、ナイフを無茶苦茶に振り回した。
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「・・・・・・ウザ」
洋子の髪が、一瞬獲物を狙う蜘蛛のように広がった、と、まるで一本の槍のように鋭く紡がれた。
研ぎ澄まされた髪が、巨大な蛇の鎌首のようにその身をもたげると、次の瞬間、渚の体を刺し貫こうと、凄まじい勢いで一直線に突き進んだ。
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(・・・・・・!!)
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身体を貫かれた。そう思い、渚は身をかがめた。
しばしの沈黙が漂った。
(・・・?)
渚が恐る恐る顔を上げると、渚と洋子の間に人影が立ち塞がっていた。
大きく手を広げ、大柄で、ボサボサ髪の筋肉質のその影は・・・・・・。
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「潮君!!」
渚の悲痛な声が響く。
渚の前にいたのは、潮だった。
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潮の大きな背中からは、赤黒く染まった髪が突き立って、その先端から赤い液体が滴っていた。
ジーンズの上着は黒い染みで覆われ、その染みは潮の背中、太腿、足元へと、瞬く間に広がっていく。
洋子の髪が、潮の体を貫通していた。
身体の中央を穿たれ、その穴から、夥しい血液が噴き出していた。
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「・・・・・・洋子、よお。もう、この辺にしとけや」
息も絶え絶えに言葉を紡ぐ潮は、その場で大きく吐血すると、糸が切れたようにその場で崩れ落ちていく。
誰が見ても致命傷だった。
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「う・・・し・・・」
信じられないものを見る目で渚が茫然と立ち尽くす中、潮はしばし痙攣をおこすと、洋子の髪に吊るされたまま、動かなくなった。
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「う、しお、くん?」
声をかける渚に、横たわる潮は全く反応をみせない。
ただ、その体から流れる血潮が床に作る血だまりを広げるのみだった。
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「やっちまったな。もう少し嬲りたかったのに」
洋子は、まるで玩具を壊した子供のようで呟いた。
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「ま、いいか」
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潮の体から髪の毛が引き抜かれた。噴水のように血が噴き出すと、その体はべしゃりと音をたて、その場に転がった。
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shake
「・・・・・・洋子おおおおおお!!」
渚がナイフを手に、洋子に向かって駆けだした。
「はあい」
洋子は軽く手を振ると、軽く笑顔を返して見せた。
まるで喫茶店で友人とでも行き会ったみたいに・・・・・・。
「うわあああああああああああ!!」
絶叫と共に走る渚の体が、ふと止まった。
その足はむなしく宙をかき、身体がわずかに持ち上がっている。
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渚の背中に、洋子の髪の毛の槍が突き刺さっていた。
「・・・・・・あ・・・」
ずり・・・ずりという音と共に、がくがくと震える渚の体を持ち上げながら、髪の毛は渚の背中に潜り込んでいく。
渚の胸の間が異様に盛り上がったかと思うと、服を突き破って髪の毛の先端が現れた。
渚の口の端から、糸のように血が流れる。
瞳の焦点が合わなくなっていく。
チャリン、と音をたてて、ナイフがその場に落ちた。
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「いい顔ね。見たかったんだ。あんたの怒りに満ちた顔が絶望に変わるのを」
にっこりとほほ笑むと、髪をぶんと振り回し、渚の体を宙に放り投げた。
渚の体と鮮血は虚空に弧を描き、床に叩きつけられた。
渚の体はそれっきり動かなくなった。
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「ゲームセット、ね」
動くもののいなくなった屋上の上、洋子が声をかけるその先に、東野が立っていた。
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「・・・・・・洋子」
「あんた結構いいとこまでいったんじゃない?まさか怨霊化が解かれるとは思わなかったもの。ちょっとひやひやしちゃった」
まるで世間話をするように話す洋子に向かって、東野がゆっくりと歩みを進めた。
「で、どうすんの?まだ隠し技とか持ってるわけ?私を除霊するなにかとか?ま、目的果たしちゃったから、正直どうだっていいけど」
東野は、歩きながら、右手を洋子に向かって差し伸べた。
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「俺の手を取れ。洋子」
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「・・・・・・はあ?」
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「俺がお前を救う」
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沈黙が流れる。
洋子が珍獣でも見るかのような目で東野を見た。
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「いや、ゴメンゴメンゴメン。なに?なに言ってんの?」
「俺がお前を救う。必ずだ」
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「・・・いや、意味わかんないんだけど?私はあんたのお仲間を殺したんだよ?え?何?頭おかしくなった?
キレる場面だよね?私を消し去りたい衝動にかられるところじゃないの?なにそれ?救うって?」
東野は歩きながら、左手をポケットに突っ込むと、中から鎖のついた石を取り出した。
潮が怨霊を祓ったときに落としたものを拾っていたようだ。
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石を高々と掲げながら、東野は厳かに言葉を発した。
「俺の最も大切なもの『人を助けたいと思う気持ち』を捧げる。
俺に、この場にいるものの魂を救済する力を授けよ」
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石が輝く。じりじりと高熱を発した石の熱が鎖を通し、東野の左手を焼く。
東野は苦痛に顔をゆがめながら、なおもその歩みを緩めなかった。
「さあ、俺の手を取れ。洋子。俺が必ず、お前を・・・・・・」
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shake
「バカかてめえわあ!!」
洋子が吼えた。
「私の為にお前の気持ちを捨ててどうするんだ!?ここから生きて帰れても、お前自分のやりたいこと無くしちゃってるじゃないか!?
私を消滅するように願え!ここはそういう場面だろうがああ!!」
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「ここで忘れてしまう想いならそれまでの事。
俺は必ず自分の想いを取り戻し、何度でも人を助けて見せるさ。さあ、俺の手を取れ。洋子」
「・・・バカ野郎!バカ野郎!バカ野郎!!」
洋子は髪を振り乱して絶叫した。
その髪が、ざわざわと一本の槍を紡いでいく。
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ひゅっという音と共に、その髪は東野の左胸を貫いた。
東野がその場に崩れ落ちる。
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「私を生かそうっていう事は、こういうことなんだよ!悪霊なんだよ!私は!!私は人を恨む事でしか、憎むことでしか・・・!」
「お・・・・・・俺の手を取れ、早く。俺に力が残されているうちに」
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「バカ野郎ーーーーーーー!!」
叫びながら、その瞳からボロボロと大粒の涙がこぼれていく。
「なんだよ。お前なんなんだよ。お前は今殺されてるんだよ!ちったあ自覚持てよ!!
・・・・・・私が今まで一体何をしてきたと思ってるんだよ。今更、助けてもらおうなんて出来るわけないじゃないかよ。
どうせ私の前に現れるなら・・・・・・」
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洋子はその身をひるがえすと、ふらふらと屋上の外に向かい歩き出した。
「・・・私が生きている間に現れてよ」
ふわりとその身を翻すと、フェンスの上に腰を掛ける。
その髪の先には、例の鎖のついた石が掛けられていた。
洋子は石をその手に掲げた。
「禍津悪樓夢卵比売神に木江洋子申す。
我がこの世に生きる意味、その想い、その全てを捧ぐ。我が虚ろの命と引き換えに、此処にいる全ての人間の命を救い給え」
石は真っ赤に輝いたかと思うと、その場で弾けるように四方に砕け散った。
「洋子・・・・・・この手を・・・」
「・・・バカ野郎」
なおも洋子に手を差し伸べる東野に一瞥をくれると、洋子はゆっくりとその身をフェンスの外に投げ出した。
「・・・洋・・・・・・」
東野は、薄れゆく意識の中、必死に洋子に向かって手を差し伸べていた。
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ほんの一瞬、フェンスの外に姿を消す洋子が、自分の方に手を伸ばすのを感じながら、東野の意識は闇の中に落ちていった。
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「・・・・・・う…」
どれぐらいたったのだろうか、東野は目を覚ました。
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夏場だというのに薄寒い風が吹いている。
空が白んでいた。
東野の視界に、人影が二つ写った。
東野を覗き込む、渚と潮だった。
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「・・・・・・俺は、生きてるのか?」
「・・・・・・はい」
「・・・・・・お前たちも、か?」
「・・・・・・はい」
東野の声に、渚がつぶやくように答える。
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「洋子のおかげ、なんだな」
いいながら体を起こす。
「・・・くっ」
身体に力を入れると、胸のあたりが痛んだ。
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「あ、無理しないで」
渚が慌てて東野の体を支える。
と、
「東野さん、よお」
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潮が東野の顔を覗き込んだ。
(やれやれ、お互い死にかけたばかりだったというのに、まだ俺に絡むのか)
思いながら潮の方に目をやる。
潮は、その場で直立不動の体制を取り、深々と頭を下げた。
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「尊敬しました!!マジでリスペクトっす!!!」
「・・・なんだよ」
面食らう東野に、潮はペラペラとまくしたてた。
「俺、意識を半分なくしながら聞いてました!東野さんが洋子を助けようって、自分が傷つけられても。まだ相手を思う気持ちに、漢を感じたっス。
そういうの、あこがれます!マジリスペクトっす!!」
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(意識をなくしたんじゃなくて、死んでたんだよ。お前)
思いながら、その身を起こし、立ち上がる。
「俺、東野さんみたいに人を助けたいって想い、リスペクトっす!一生ついて行きます!兄貴と呼ばせてください!!」
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「人を助ける?なんだそれは?くだらん」
東野は身体についた埃を払うと、その場に立ち上がった。
「俺が望むのは真実と力。ただそれだけだ。
だが、潮、お前は少しは見所がある奴だ。ついてこい。ついてくるなら、鞄ぐらい持たせてやる」
「ウス!まじ嬉しいっす!リスペクトっす!」
「まずはその語彙力の矯正からだ」
「ウッス!」
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二人は階段から、校舎の中に戻ろうとした。
「どうした?渚、帰るぞ?」
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「あ、えーと」
渚は不思議そうに周りを見渡した。
「私、なんでこんなところにいるんだっけ?」
一陣の風が渚の髪を揺らし、そのまま虚空へと消えた。
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それから---------。
東野は、より嗜好をオカルト寄りに変え、第2サークルルームを「旅行サークル・オカルトの部」に変更し、実質的に旅行サークルから独立した。
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東野の得体の知れない迫力と、とんでもない行動力のベクトルは、常に恐怖の謎を解決し、真実へと向かう為に猛進し、潮、渚たちは常にそれに巻き込まれるように走り回らされることになった。
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やがて渚の紹介で北嶋 七月、八月姉妹を加えた「オカルトの部」は、さらにその勢いを増し、身近な心霊スポットや、謎の真実の姿を暴き続けた。
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だが、と東野は思う。
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(どれだけ世界の真実の姿を求めても、俺には何かを無くしている気がしてならない。
俺が今は無くし、かつて持っていた、大切な物・・・・・・。それは何だ?
・・・・・・俺は、この真実を求める旅の果てに、それを再び手にすることが出来るのだろうか?)
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「東野さん!」
東野が物思いに耽っていると、ふいに部室の扉が開き、渚の声が響いた。
「どうした?南田」
「実はとびっきりの情報なんです。私の故郷の昔話なんですけどね・・・・・・」
「断っておくが、只の昔話だったら、それは民俗学者の出番だ。俺たちの目的は、世の中の恐怖、そしてその真実の姿を明らかにすることにある」
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「ちゃんと怖い話ですよ。離島にある、殺された姉妹の魂が封じられた刀に纏わる話で・・・・・・」
東野の眼が異様に光った。
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「詳しく聞こう。いや、話は道中でいい。
潮、北嶋姉妹を呼んでくれ。すぐに動くぞ」
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「ウス。相変わらず仕事早いっすね。まじでリスペクト・・・・・・」
「話はあとだ。まずは動け」
「ウス!」
いいながら潮はサークルルームを飛び出した。
東野も、上着に袖を通すと、護身用のアミュレットを内ポケットに入れた。
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(俺は手に入れる。
真実の先にある、俺の、本当の想いを・・・)
東野は、サークルルームを跡にした。
熱い決意をその目にたたえて・・・そう、それは正に、真っ赤に染まった鬼灯の様に・・・・・・
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to be continued → 「第三回 リレー怪談『鬼灯の巫女』」
作者修行者