中編3
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地獄の入院生活

「あ…死ぬ…」

人生で初めて死を覚悟した瞬間だった。

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…時は遡り二週間前。

健康優良児だったはずの私は、突然原因不明の胸の痛みで入院生活を余儀なくされた。

痛みとは裏腹に私は少々入院生活というものを楽観的に捉えていたようだ。

漫画でもゲームでもやり放題。何もしなくても良い最高の環境であると。

そんな愚かな考えも虚しく、私はすぐさま絶望することになる。

検査手術を終えようやく自分の足で歩くことを許された頃である。

夜中12時に衝撃的な異臭を感じて目を覚ました。

「おえくっさ…」

この世の物とは思えない空気が部屋を覆う。

毒ガス兵器をぶち込まれたのかと思った。

漂う悪魔の匂いは死を連想させる。

…が、実際には隣のベッドの茂木さんが下痢を漏らしただけだった。

しかしそのあまりの臭いに私は、恐らく茂木さんは体内に死神を有しており、その事が原因で入院しているのだろうと直感した。

もはや茂木さんへの同情の余地はなく、その日はガスマスクをして眠りについた。

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その他にも夜になると怪獣の子供になる島田さんや眠ると悪魔に体を乗っ取られる松井さんなどなど、様々な方が短期間で入退院を繰り返した。

そんな呪われた人々により、私の精神状態は限界に達しようとしていた。

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そんなある日。とうとう人間ではない者に出会うことになる。

深夜2時頃、尿意を感じてトイレへ向かう途中。非常口のランプが緑に照らす通路でふと、お墓の香りがした。

いや、もっと言うとお線香の香りだった。

「霊安室なんてこの階にないのに…」

と不思議に思いながらも特に気にせずトイレを目指した。

トイレに着くと尿意だけでなく便意も催したため、和式の個室に入った。

そして腰を下ろした時ある事に気付く。

「あれ、涼しい」

しかしこの蒸し暑い環境の中では、涼しさも快適さへと変わる。

「トイレだけはハイテクなんだなー 」

などと余裕をぶっこいている間に事態は急変する。

「涼し…え、寒い!?」

おかしい…明らかに冷房のレベルを超えている。

もはやそこは真冬の寒さになりつつあった。

「体が固い…苦しい…」

逃げたくてもお決まりの金縛りで動けない。

さらに視線を落とすと便器の底が真っ暗な闇に繋がっている事が分かった。

終わりの見えない闇。

そしてそこから青白い手が伸びてくる。

「あ…死ぬ…」

人生で初めて死を覚悟…というより生を諦めた瞬間だった。

極寒と絶対的な恐怖…生を諦めるには十分だ。

そして私は観念して全身の力を抜いた。

直後…

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「ブジュジジジジュ!ブリュリュ!シャー!」

魔王サタンが産声を上げる。

どうやら連日暴食した厚切りビーフジャーキーの影響でお腹が崩壊したらしい。

「リュリュリュ!プシャ!プシュー!」

しばらく魔王誕生の協奏曲は止まらない。

地獄の臭気がトイレを覆う。

…快感であった。

刹那…

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「くっせおぼぼおおええおえええ!!!」

断末魔に似た叫びが聞こえた。

それは本当に悲痛な叫びであった。

そして全てを出し終えた後、少々の蒸し暑さと共に現実は目覚める。

私は放出された汚物に手を合わせた。

私の命はジャーキーになってくれた尊い牛のお陰で無事なのだ。

「ごちそうさまでした。」

気がつくと涙が溢れていた。

このセリフに本物の感謝を込めたのはそれが初めてだったかもしれない。

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清々しい気持ちで歩く通路では、もうあのお線香の香りはしなかった。

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こんな失笑してしまいそうな投稿もあるんですね。
少し元気が出ました。

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