中編3
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甘露

とある登山好きの友人から聞いた話。

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彼は若い頃から登山が趣味で、日本各地の山々を標高の高低にかかわらずあちこち登り歩いていた。

当然幾度も危ない目にはあったらしいが、その中でもこいつはとびきりだ、と友人は少しもったいつけて語り始めた。

とある、北の方の山に登ったときのこと。

険しい山ではなかったので、日帰りのつもりで大した装備はしていなかった。

しかし舐めていたつもりはなかったのだが、下山の途中で足を滑らせて痛めてしまい、動けなくなったという。

あたりには夕方の匂いが立ち込め始め、気温は下がっていく。足の痛みはいや増すばかり。座っているだけでも体力はどんどん削られていった。

周囲が薄闇に包まれる頃、友人の元に何者かが近づく気配がした。こんな山中なので気のせいかとも思ったが、枯葉を踏む音は少しずつ大きくなる。

この上に野生動物か。彼は近づく何者かを刺激しないしないよう、目を瞑り息を潜めた。

足音は友人の目の前で止まった。舐め回すような視線を感じる。しかし不思議なことに、獣の吐息も匂いも感じなかった。

恐る恐る目を開けて、友人は仰天した。

目の前にいたのは、十にもならないような少女だったのだ。おかっぱ頭に赤い着物という、場所と時代にそぐわない格好ではあったが、それは確かに人間に見えた。

声も出ない友人を無視し、少女はジロジロと無遠慮に彼を検分していた。そしてしばらくすると、首を横に振りながらため息をついた。

「こいつはだめだ」

そういうと少女は、薄闇に溶けていった。

と、思うと、またすぐに現れた。片手に、あちこちが欠けた小さな湯呑みを持っている。それを、彼の方にグッと押しやった。

飲めということか。

友人は、恐る恐る湯呑みを受け取った。薄暮の中でも、中には薄黄色をした透明の液体が入っているのがわかる。独特の匂いがした。

なんだかよくわからない者からもらった、なんだかよくわからない物だ。明らかに怪しいが、疲労困憊の上喉がカラカラの友人には、ありがたく魅力的に思えた。しばし躊躇したものの、ままよとばかりに一気に飲み干す。

まさに甘露というべき味が、彼の喉を滑り落ちていった。

礼を言おうと顔を上げたが、そこにすでに少女の姿はなく、手にしていたはずの湯呑みもいつの間にかなくなっていた。

少しすると不思議なことに、体力が回復してくるのが手に取るようにわかった。あれほど苦痛に感じていた足の痛みも和らぎ、下山するなら今しかないと彼は慌てて立ち上がった。そして、様々な疑問を抱えながらもそれをさておき、山を降りたのだった。

次の日、足の痛みのために病院に行くと、脛にヒビが入っていた。こんな状態でよく歩けたなと、医者に呆れられたという。

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「あのときの怪我の回復具合は、俺の中での最短記録だよ。きっと、山の神様が手助けしてくれたんだろうな」

友人はそう言って笑った。

不思議な話に訊きたいことは多々あったが、私が一番気になったのは、彼が少女からもらったという飲み物についてだ。

色と香りの話を聞くと、まるでそれは… と思い当たるものがあったのだ。

私の考えていることがわかったのだろう。友人は、みなまで言うなと苦笑した。

しかし、

「いやでもあのとき、出されたのが団子じゃなくて本当に良かったよ。あの状況じゃ、きっと食っちまってただろうからな」

と、自分から言ってまた笑った。

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怖いけどいいお話ですね。少しほのぼのしました。

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