げこげこげこげこげこげこ

中編5
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げこげこげこげこげこげこ

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田舎の夜は騒がしい。

地方にお住まいの方はよく知っているだろう。

田舎の夜は、田んぼのカエルや草影に住む虫の鳴き声の大合唱が響くのだ。

大半の家は周囲に田んぼや草むらがあるので、とてもじゃないが、何の音もしない場所なんてそうそう無いだろう。

当然、私のバイト先や大学への通学路も田んぼや草で満ちていた。

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ある日の事だ。

大学が早く終りった私は、遊び回ろうとゲームセンターや行きつけの本屋を回っていた。

気に入ったものがあれば購入し、夏風が運ぶ深緑の匂いを肺一杯に満たしながら自転車で颯爽と駆け抜ける事が、私の何よりの楽しみだった。

それなりに遊び回った後、私は公園に居た。

空が茜色に染まりつつ夕闇が近づく中で、木の根を枕にしながら横になった。

真っ赤な空。

蝉の鳴き声。

風が草葉を薙ぐ音。

遠くから聞こえる子供の笑い声。

それだけで心が穏やかになっていった。

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フッ………と目を覚ました。

茜色だった空は、深い藍色へ変わり雲の代わりに点々と小さな光が煌めいていた。

___ヤッベ、寝ちまった!?

慌てて身体を起こした。

もう子供の笑い声も風の音も無かった。

蝉の声はあったが、夕暮れよりも数が少なく感じた。

すぐにハッとしてポケットやら鞄を漁った。

「…………良かった」

荷物は無事だった。

腕時計で時間を確認すると、時計の短針がもう19時に差し掛かっていた。

本格的に寝過ごしたか!

晩飯の用意も洗濯も何も出来ていない事を思い出した私は大急ぎで立ち上がり、自転車に飛び乗った。キコキコとチェーンを回しながら帰路を駆け抜けようとしたものの、すぐに信号に捕まった。

「こんな時にぃ!」

少しイライラしたが、もういっそコンビニ弁当にでもしようかと考え始めていた。

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『ゲコゲコゲコゲコ…………』

信号待ちの私の耳に、カエルの声が聞こえ始めた。

とうとうカエルが鳴く時間になっちまったかぁ……。

そこで私の心は折れて、面倒くさいしコンビニ弁当にしようと帰路のルートから外れ、コンビニへ向かった。

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コンビニに到着したら、適当に弁当を選び、カゴヘ放り込んでいった。

最後に適当にチキンを頼んで、退店する。

外に出たならチキンの袋を開けて口に咥える。

自転車の荷台にカバンを下ろし、買った弁当を鞄に入れていく。

(私は鞄があればビニール袋は頼まない性格だ)

入れ終えた私は、鞄を背負い直しサドルに座った。

チキンを頬張りながら、この後私を待つ家事をボンヤリと思い浮かべては面倒くさく感じた。

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shake

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

…………?

カエルの声が騒がしくなってきた。

熱烈なプロポーズの大合唱を鼻で笑いながら、チキンを頬張る。

チキンは半分をきった。

shake

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこ!!』

一層カエルの鳴き声が大きくなった。

流石にうるせぇなぁ……と少しイライラしながら、近くの田んぼに視線を向けた。

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時間が止まった気がした。

いや、俺が止まっただけかもしれない。

視線の向こう___数メートル先の田んぼに、誰かが立っていたからだ。

その誰かは真っ白な服を着ていて、ボサボサに髪が伸びていた。

私には女に見えた。

カカシか?

なんて思考がよぎったが、すぐさま否定した。

カカシを立てるのは畑だ。

稲穂を隙間なく並べる田んぼにカカシを立てる余裕はない。

じゃぁ、あれは、誰だ?

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

カエルが鳴く。

田舎が故に、時々しか聞こえない車の走行音を待望したのは後にも先にも、この時だけだろう。

だが、それよりも大きな問題があった。

離せない。

目が、離せない。

そして気づく。

その女が何か言っていることに。

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

カエルの声でよく聞こえない。

それでも、耳を澄ませた。

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

カエルの声しか聞こえない。

しかし、その瞬間に違和感が思考に影を落とした。

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

なんか____混じってないか?

もう一度よく耳を澄ます。

『ゲコゲコげこゲコげこゲコゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

『ゲコげこゲコげこゲコゲコげこゲコゲコゲコげこ』

『ゲげこゲコげこげこゲコげこ』

『げこげこゲげこゲコげこ』

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shake

『げこげこげこげこ』

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人間の………声だった。

カエルの声に人の声が混ざっていた!

それに気づいた瞬間、女がこちらに向けて走り出した。

弾かれるように悲鳴を上げて、俺はその場にチキンを放り投げ自転車で逃げ出した。

ギャリギャリとチェーンが悲鳴を上げる。

お構い無しにペダルを回す。

キチガイのように自転車を軋ませながら走った。

そうでもしないと恐ろしくて仕方なかった。

『げこげこげこげこげこげこ』

と、背後からカエルの声を真似しながら向かってくる奴の声をかきけしたかったから。

全力で走った。

胸が苦しい。

肺に生暖かい空気が刺さる。

心臓が、さも胸を破って逃げようとするように激しく鼓動を打っている。

次第に家が近づいてきた。

それに反比例するように、女の声が消えていく。

やった!!!

心の中で歓声をあげながら駐輪場に自転車を突っ込ませ、スタンドもせずに自身の部屋へ転がり込んで鍵を閉めた。

そこで、腰が抜けた。

まるで魂が抜けるように深くため息が出たのは、生まれて初めてだった。

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あの後、食欲も湧かなかった私は弁当も食べずに風呂に入り寝た。

疲れ果てていた。

そして、今日の朝。

昨日のはいったい?と首をかしげながら、昨日食べなかった弁当を朝食にした。

考えても答えはでない。

すっぱり忘れようと、友人に良い土産話が出来たとでも考えて、時計を見た。

もう家を出なければ。

慌てて用意を終わらせた私は、鍵を開けてドアノブを開け放った。

悲鳴が出た。

何故なら_____

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_____家の前に、裸足の形を残した泥がくっきりと残っていたからであった。

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