長編9
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留学生と神社

今年のゴールデンウィークの不思議な体験を書かせてもらいます。

わたしの家には、スーザン(仮名)というサンディエゴからの留学生が滞在していました。

母が婚前に英語の教師をした影響か、海外の留学生を受け入れるのが好きで、わたしが高校を卒業したあたりから、隔年で自宅に留学生をホームステイさせていました。

スーザンは、片言ながらも日本語でコミュニケーションをとれました。

わたしが居る前では、必ず日本語を話します。

単語が出てこなくて、意思の疎通が難しい話題になったときに、わたしが辞書片手に英語を使うと、物凄い剣幕で怒ります。

「勉強にならない」と。なので、わたしもスーザンの前では日本語しか話しません。

わたしと同年代ということもあり、恋愛の話などを気楽に出来る良い友達でした。

ゴールデンウィークの休日、スーザンと一緒にドライブで少し田舎の方まで、一泊二日で出かけることになりました。

スーザンは、日本の自然がとても好きでした。

我が家は、割りと都市部のゴミゴミした場所にあり、毎日、混みあう電車で通学するスーザンに、たまに美味しい空気を吸わせてあげようと、わたしが企画しました。

二つ隣の県にある、お城を見に行くのが目的のドライブでした。

わたしは運転に不慣れですが、カーナビのおかげで道に迷うことも無く、天気の良さのおかげで、心地よい風を感じながら畑が広がる田舎の県道を走っていました。

カーナビが、「100メートル先、左折です」というので、小さな交差点で、わたしは左にウィンカーをあげ、ブレーキを踏みました。

道の先をみると、大きな交差点があり、カーナビが曲がれと指示した場所は、その大きな交差点だったことに気づきました。

後ろからにぴったり車が付いてきているので、減速してウィンカーを上げた以上、曲がらないわけにもいかず、わたしは仕方なく、手前の交差点を左折しました。

左折した先の道は、一本道の農道のような場所でした。

とても道幅が狭く、父から借りたワンボックスの大きさのために、Uターンも難しく、横道がないために折り返すことも出来ないので、しばらく道なりに進みました。

結構長いこと真っ直ぐ進まなければならず、仕方なく進んでいくと、いつの間にか住宅街になっていました。

木造の古い家が両側に立ち並んでいます。住宅街というよりも集落のような感じです。

どの家も、駐車スペースがなく、なかなか折り返すチャンスがありません。

前方には山があり、折り返すことができないまま、突き当りまで進んでいきました。

突き当りには、20台ほど駐車できそうな、駐車場になっていました。

そこは、神社の駐車場でした。

駐車場には、白地に黒で「学業成就」「長寿祈願」と書かれたのぼりが何本も立ち並んでいます。

スーザンに、「何が書いてあるの?」と聞かれ、わたしは学業成就の意味を教えました。

日本文化なら、何にでも興味を示すスーザンははしゃぎ出し、神社の中を見たいというので、一旦ここで車を降りて、神社の中を見て回ることにしました。

わたしも多くの神社を見たわけではないですが、外からの眺めは、神社としては珍しい感じがしました。

境内は、お城のような高い白壁の塀に囲まれ、全く中が見えません。

塀の切れ目に鳥居が建っており、そこをくぐって中へ入りました。

中を見て驚きました。ビックリするくらいに綺麗なんです。そしてとても広い。

手入れが行き届いた植木たちに、まっ平らな砂の地面。

まるで京都の観光地のようです。

境内には涼しげに小川が流れています。小川の向こう側は、木が鬱蒼と茂る山があります。

境内に、ホウキを持った若い神主さんらしき人を発見しました。

「年末や受験前シーズンならまだしも、この時期に若い女性が来るなんて珍しい」

「それ以上に、海外の方が来るなんて、初めてかもしれない」

と話しかけられました。

その男性に学業成就のお守りを売ってもらいスーザンにプレゼントしました。

「ごゆっくり休んでいってください」といわれたので、慣れない長時間の運転で疲れたわたしは、自販機で買ったジュースを片手に、境内のベンチに座って少し休んでいくことにしました。

連休中なのに、わたし達以外に参拝客はいないようで、とても静かです。

自然と日本の伝統建築物が大好きなスーザンは、興奮気味です。

そのとき、スーザンが小川の先を指をさして「あれはなに?」と言いました。

小川の向こう側には、鳥居がありました。

神社の中にまた鳥居があるなんて不思議だな、と思いながら、その先を良く見ると、山の中へ入っていく石段のようなものが見えました。

スーザンが興味深々なので、間近で見ようと、一緒に鳥居へ近づいていくと、その鳥居が女性の腰くらいの高さの小さなものであることがわかりました。

スーザンは、その小さな鳥居をくぐりたいと言い出しました。

しかし、小川沿いに境内を端まで歩いて探しても、向こう岸に渡ることができそうな橋が全く見当たらないんです。

小川は幅は3メートルほどで、くるぶしあたりまでの深さしかなかったので、暑いくらいの天気なので、靴と靴下を脱いで、裾をあげて、裸足で小川に入って、向こう岸にわたることにしました。

向こう岸に渡り、靴を履きなおすと、スーザンは四つんばいになって、その小さな鳥居ををくぐりました。

わたしもジーンズを汚しながら、四つんばいになって鳥居をくぐり、スーザンと顔をあわせて笑いました。

鳥居の奥の山へ登っていく石段を見上げると、わたしは急に、その先に何があるのか急に気になりだしました。

スーザンも同じ思いだったらしく、わたし達は、何も言わずに石段を登り始めました。

石段はすぐに終わり、普通の山道になりました。

木で日光がさえぎられ、とても涼しくて良い気分です。

さらに上へ上へと足を進めていくと、また小さな鳥居があり、再び石段が始まりました。

鳥居の横には石碑が建っており、神社の名前が書いてありました。

わたし達が最初に入った大きな神社とは全く違う名前です

地面が濡れていて、さすがに四つんばいで潜るのは気がひけたので、鳥居の外側を回り、更に石段を少し昇ると、人影が見えました。

二人組みの子供です。

近づいていくと、二人の子供たちが小さな声で何か歌っているのが解りました。

それと同時に、その歌声から、その二人組みが子供ではなく、小さな老婆であることがわかりました。

わたしたちに気づいているはずなのに、彼女たちは歌をやめる気配は全くありません。

歌は、聴きなれない言葉がちりばめられていて、「どうかあと10年生かして欲しい」といった内容で「ありがたき」という単語が何度も出てくる不思議なものでした。

石段がある坂の左手に小さなお堂があり、老婆たちは、そこへ向かって手を合わせています。

老婆達は、この暑さの中、毛糸で編まれた厚手のカーディガンを着ています。

老婆たちの背中越しに、わたしも、そのお堂に向かって手を合わせました。

わたしの動きにつられて、スーザンも手を合わせます。

お堂には、茄子やピーマン、キャベツといった野菜が大量にお供えされています。

その上の段には、大豆のような形で、表面がガタガタの球体がありました。

大きさはバスケットボールよりも、二周り小さいくらいの小さいくらいでしょうか。

どうやら石でできているようで、光沢感があり、木の間から差し込む光に反射しています。

歌が終わると、老婆たちは、わたし達のほうを振り向きました。

老婆達の顔をみて、一瞬ぎょっとしました。

彼女達の顔が真っ赤だったんです。朱色と言えば伝わりやすいでしょうか。

老婆たちは、不思議な化粧をしていました。

眉間のあたりから、眉の上を経由して、あごを通って顔全体を一周するように、口紅のようなものを塗っていたのです。

最初は血か何かだと思い、かなり驚きました。

驚きのあまり、「こんにちはー」と声を上ずらせて挨拶すると、老婆達は、さっきの神主と同じように聞き慣れないイントネーションで話しかけてきます。

最初に年齢を聞かれました。老婆たちの言葉は今となっては細かく思い出せません。

「何歳か?」という問いに、「23歳です」と答えると、「まだ若いので、これ以上、石段を登るのは、バツをほうず(る?)」と言われました。

細かい言葉までは覚えてないのですが、”バツをほうずる”というフレーズだけ頭に残っています。

老婆にそう言われ、石段の上へ目をやると、お堂がある場所(わたし達が居る場所)からさらに長い距離、真っ直ぐ石段が続いており、突き当りには、大きな社があります。

社の前に、人影が見えますが、木が鬱蒼としてて薄暗くて良く見えません。

その時、スーザンが老婆達の前で、初めて言葉を発しました。

お堂の中を指差し、そこに祀られている、大豆のようなゴツゴツとした石のような物体を指をさしながら、「これはなんですか?」と訊いたのです。

すると、老婆達が、「ギエー!」という大きな悲鳴を上げました。

「日本人じゃない!」

「バツをほうず!」

「今すぐ降りろ!」

「降りろ!降りろ!」

とまくし立て始めました。

スーザンは目が青いものの、黒髪で体格も小さいので、老婆達は、スーザンがアメリカ人であることに、彼女が片言の日本語を発するまで気づかなかったのでしょう。

上の大きな社へ目をやると、老婆達の悲鳴を聞いたからか、先ほど見えた人影がこちらへ向かって降りてくるのが見えました。

動きは急いでいるようですが、足がわるいのかソロリ、ソロリと降りてきます。

わたしは怖くなり、スーザンの手を引いて、足早に石段を駆け下りました。

その時のスーザンの手は、酷く汗ばんでいて、冷たかった。

一度も振り返らず、山に入る時に四つんばいになってくぐった、小さな鳥居のところまで降りてきました。

二人とも、急いで靴を脱ぎ、小川を渡リはじめた時、異変に気づきました。

先ほどは、くるぶし程までしかなかった小川の深さが、膝に達するくらいまで深くなっていたのです。

なんとか反対岸まで渡り終え、後ろを振り返ると、スーザンは小川の真ん中で立ったまま動かなくなっています。

「スーザン?大丈夫?」と問いかけると、決してわたしの前で英語を喋らないスーザンが、英語で絶叫し始めました。

英語が苦手なわたしは、全くなにを言っているのか聞き取れません。

絶叫が途切れ、口をパクパクさせた後、スーザンはそのまま川の中に倒れこみました。

その時、わたしは後ろに気配を感じました。

後ろには、お守りを売ってくれた、若い神主さんらしき男性が立っていました。

彼は、服が濡れるのもいとわず、川に入り、スーザンを支えるようにして、こちらの岸まで連れてきてくれました。

スーザンは、体に力が全く入らないような状態になっており、呼吸も荒くなっていました。

神主さんらしき男性と二人でスーザンを抱えるようにして車まで運びました。

男性は、わたし達の車が駐車場にあるのに、わたし達の姿が見えないことを心配して、あたりを探していたそうです。

「まさか、あの深い川に入で水浴びしてるなんて思わなかった」と言われ、「最初は、くるぶしくらいの深さしかなかった」と答えると、男性は酷く驚いていました。

さらに、わたし達が石段を登った先で見たものについて話すと、男性の顔が一気に青くなりました。

そして、わたし達が石段の上へ行ったことについて、怒りました。

老婆達について深く聞こうとすると、「いるはずがない」「入れないように橋を撤去した」と言い、男性は更に顔を青くして震えだしました。

続けて彼は、「早く帰ったほうがいい、今日のことは忘れたほうがいい」と言いました。

わたし達が体験したことについて、もっと詳しく聞きたかったのですが、男性の尋常ではない対応を眼にして、それ以上質問を続けることはできませんでした。

スーザンの具合が悪いので、わたしは車を発進させ、神社の駐車場を出たのは、お昼を少し過ぎたあたりでした。

住宅街を抜けて、県道へ出て、そのまま自宅へ引き返しました。

スーザンはその後、風邪を引き、高熱を出しました。

数日は食べ物も喉を通らず、なんどか病院で点滴を受けていました。

スーザンは8月に帰国してからも健在で、未だにメールの交換を続けています。

ただ、スーザンは、あの日のことを良く覚えていないようです。

「神社の川でおぼれたのは覚えているんだけど」

それが彼女の唯一の記憶のようです。

わたし一人が白昼夢をみたのでしょうか。

「あの老婆達は何者だったのか?」

「小川の向こう側の小さな神社の招待は何だったのか?」

気になるものの、あそこへもう一度足を運ぶ勇気がありません。

今でもたまに、石段を登る夢をみることがあります。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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