古からの誘い⑥<無駄遣い>

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古からの誘い⑥<無駄遣い>

優れた陰陽師を遠い祖先に持ちながら、普通の独身サラリーマンとして保険会社に勤める五条夏樹と、その室町時代の陰陽師の命により現代へ送り込まれ、彼を現代の陰陽師として覚醒させたい式神、瑠香。

瑠香の登場により、五条夏樹の地味だった日常の中に、次々と奇妙な事件がもたらされる。

そんなお話。

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◇◇◇◇

五条夏樹の同僚である仲居祥子には悪い習慣がある。

とにかく金遣いが荒いのだ。

就職して八年、今年三十歳になる彼女は企画部の優秀な社員としてそれなりの給料を貰っているのだが、貯金は全くない。

基本的に仕事は真面目にこなし容姿もまあまあ、性格も悪くないのだが、とにかく金の使い方が半端じゃない。

その為なのだろう、彼氏ができても数回のデートで相手が引いてしまい、三十となる今でも独身なのだ。

彼女自身も、それがいけないことだ、何とかしなければいけないと思うのだが、浪費衝動をどうしても抑えられない。

我慢しなければと思い、お金を使わないように自分の部屋でじっとしていると気が狂いそうになる。

しかし彼女が昔からそうだったわけではない。

そのような衝動に駆られるようになったのはここ数年のことなのだ。

もちろん、それ以前も欲しいものがあれば買っていた。しかしその一方で将来の為にしっかり貯金もしていた普通のOLだった。

何が彼女を変えたのか、本人にも全く思い当たる節がない。

それ故、どう対処していいのか全く分からないのだ。

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*********

「それでせっかく貯めていた貯金も底をつきそうになり、何かいい案はないかと相談を受けたんだ。」

夕食を食べながら夏樹が瑠香に話をすると、スウェット姿の瑠香はビールを片手に何か考えるように首を傾げた。

最近、瑠香は現代の生活に馴染んできたのか、何か理由がない限り、巫女装束を着なくなっている。

「ふうん、でも何で部署が違う夏樹さまに相談してきたんですか?仲良しなの?」

優秀な陰陽師となるべき夏樹が煩悩を持つことに否定的な瑠香は、本題よりも先にその女性自身のことが気になったようだ。

「まあ、仲良しというほどじゃないけどね。彼女は僕が新入社員の時の研修担当で、それ以来会社で顔を合わせれば多少の世間話をする程度だよ。

ほら、前に伊豆へドライブに行って怪しげな邪神に絡まれたことがあっただろう?(※)」

(※ 古からの誘い②<神となるべき者>参照)

「あの時一緒だった宮田雄介が、会社で尾ひれをつけてあの時の事を話しているようで、それを聞きつけた彼女が、僕の所へ、それこそ藁にもすがる思いで話をしてきたんじゃないかな。」

「それは、無駄遣いの原因が物の怪の類じゃないかと疑ってるって事?」

仲居祥子自身、そのようなオカルト系の話は嫌いではないが、信じているわけでもなかった。

しかし変化があまりにも急だったため、何かに取り憑かれたのではないかと考え始めると、そうとしか思えなくなってきているのだ。

「まあ、思い当たる節がないわけではないわね。」

「何?妖怪か何か?」

「うん、ちょっと確かめてみたいから、もう少し詳しく話を聞きたいわ。」

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◇◇◇◇

その翌日の退社後、相談の件で話があるからと夏樹は仲居祥子を会社近くの喫茶店に呼び出した。

「どうせだったら、一緒に食事をしようよ。この近くのホテルに素敵な高級レストランがあるのよ。奢ってあげるわ。」

夏樹はため息を吐くと、彼女の誘いを丁重に断った。

「とにかく今日は話だけ聞かせて下さい。」

レストランを諦めた仲居祥子は残念そうな表情で夏樹の正面に座ると、夏樹に向かって神妙に頷いた。

「とにかく、浪費癖が始まった時の事を思い出してください。それはいつ頃からだったのですか?」

「三、四年前だと思うんだけど、正確には思い出せないわ・・・」

「そうですか・・・何か大きな事件でもない限り、なかなか日々のことは正確に記憶していないものですよね。あ、そうだ。銀行の通帳を見れば何か判りませんか?いきなり預金を引き出し始めた時期とか。」

「そう、そうね。さすが五条君、よく気がつくわね。」

「まあ、普段から仕事で会計士に虐められてますからね。“何かエビデンスはないのか!”って。」

仲居祥子はバッグからスマホを取り出すと、自分の銀行アカウントを開いた。

「うん、四年前の六月辺りから明らかに引出しデータが増えてるわね。七月には定期を解約してるし。」

「その、五月、六月で何か変わったことはありませんでしたか?」

「えっと、ちょっと待ってね。」

今度は自分の予定表を開いて確認しているようだ。

夏樹は自分で質問しておきながら、自分自身は四年前に何をしていたかなんて絶対憶えてないし、まして記録なんかしていないよなと、結構まめに管理している仲居祥子に感心した。

「特に何もなさそうだけどな・・・あ、六月の最初の週に経理部の美智子と一緒に競馬場へ行ってるわね。思い出したわ。」

競馬はやらないのだが、とても馬が好きな友人の美智子に誘われ、仲居祥子は初めて競馬場に行った。

その日は馬券など買わずにパドックを眺めたり、芝生に座って格好よく走る馬を眺めたりして過ごしていた。

「それで午後になったら無性に賭けてみたくなったのよ。」

しかし、馬の速さどころか馬券の種類すら知らない彼女は大負けしたのだった。

「考えてみれば、それからよ。無性にお金を使いたくなったのは。」

競馬で負けたからというのが理由?

それであれば普通は競馬か他のギャンブルで取り返そうとするのではないだろうか。

それがなぜ浪費癖につながるのか。

(その競馬場でお昼に何を食べたか聞いてみて。)

不意に夏樹の耳に瑠香の囁く声が聞こえた。

普段から仕事の時に瑠香のアドバイスを聞いている夏樹にとって、特に驚くようなことではない。

「その競馬場で、お昼ご飯は何を食べました?」

「え?えっと・・・そう、美智子がお弁当を作って持って来てくれていて、芝生の上で食べたのよ。そうそう、彼女、東北の出身で、初めてみそ味の焼きおにぎりを食べたのよね。美味しかったわ。」

すると耳元で、ふふっと瑠香が笑う声が聞こえた。

(夏樹さま、もう充分よ。)

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◇◇◇◇

その三日後、夏樹は退社後に再び仲居祥子を呼び出すと、文京区にある、とある神社へと向かった。

瑠香が何を考えているのか分からないままなのだが、とにかく彼女が今日ここへ連れてこいと言うのだ。

「五条君、デートの場所としては随分マニアックなところね。」

ひと気のない神社の境内に入ると、どこか不安げな仲居祥子が夏樹のスーツの袖を引っ張った。

「とにかく、この場所で仲居さんの浪費癖が直せるらしいんですよ。」

「とか何とか言って、こんな寂しい場所に連れ込んでよからぬことを企んでいるんでしょ。」

まるで仲居祥子はそれを期待しているかのようにニヤッと笑った。

しかし彼女に何を言われても、夏樹自身が何故この場所なのかを分かっていないのだ。

「とにかく本殿の方へ行きましょう。」

鳥居を潜り、ふたりが本殿の前に立った。

周りには誰もいない。

すると突然、巫女装束姿の瑠香が夏樹の背後からすっと姿を現した。

「わっ!びっくりした。あなた、いきなりどこから出てきたの?この神社の巫女さん?」

もちろん仲居祥子は瑠香と面識はなく、瑠香をこの神社の巫女と思っても無理はないだろう。

「いいえ、この神社の巫女じゃないわ。それでは始めましょうか。」

瑠香はそれだけ言うと、仲居祥子のことをじっと見つめた。

一体何をしようというのだろうか。

「やい、貧乏神!さっさと姿を現せ!」

いきなり瑠香が大声で叫んだ。

「貧乏神⁉」「貧乏神⁉」

夏樹と仲居祥子が全く同時に聞き返した。

物の怪かも知れないとは思っていたが、瑠香の口から出てきたその名はあまりにも有名な妖怪だった。

すると今度は仲居祥子の背後から、滲み出るように汚い着物を身に纏った小柄な爺さんが姿を現した。

「ひえっ!」

思わず小さな悲鳴を上げて仲居祥子は夏樹の後ろへ隠れるように飛び退いた。

(誰だ、人のことを気安く呼ぶのは。)

しわがれた声で爺さんがそう言うと、瑠香がじりっと前ににじり出た。

夏樹と仲居祥子はふたりの気迫に押され、瑠香と貧乏神の間合いから体を遠ざけた。

「久しぶりじゃないか、貧乏神。」

瑠香の言葉に貧乏神は一瞬怪訝そうな顔をして目を細めたが、すぐにその目を大きく見開いた。

(おお、誰かと思えば、賀茂文忠のとこの式神じゃねえか。六百年ぶりか?)

賀茂文忠は夏樹の遠い先祖で、もともと瑠香が仕えていた室町時代の陰陽師だ。

(文忠はとっくに死んでるだろう。お前が何でこんなところにいるんだ?)

「訳あって、今はこの夏樹さまのところに世話になっている。その女性は夏樹さまの知り合いだ。さっさとどこかに行け。」

(やだね。居心地良いぜ、この綺麗な姉ちゃんの傍はよ。)

貧乏神はそう言って舌なめずりをするとにやっと笑った。

「また昔のように無理やり追い払われたいか?」

いつの間にか瑠香の右手には木刀が握られており、その切先を貧乏神に向けた。

(おっと、その木刀は勘弁だな。しかし取り憑くのならこんな姉ちゃんに限るぜ。買い物はいろいろ楽しいし、美味しいものもあれこれ食べる。家に帰れば、高いワインを飲みながら、買ってきた服でひとりファッションショーだぜ。体つきもムチムチだし、見ていて全然飽きないよ。へへっ。)

それを聞いた仲居祥子は顔を真っ赤にして俯いた。

もちろんこんな爺さんに私生活を見られていたとは夢にも思っていなかったのだから、かなり恥ずかしかったのだろう。

「いい歳して色ボケこいてんじゃねえよ。

ファッションショーだなんて随分モダンな言葉を知ってるじゃないか。」

瑠香が切先を更に貧乏神に近づけ、皮肉たっぷりに言うと、貧乏神も一歩後ろに下がりにやりと笑った。

(俺だって伊達に日々を過ごしてねえよ。しかし、この姉ちゃんは意外に真面目でな、彼氏もいないようだから、ホストにでも入れあげてぱーっと使っちまうかと思ったのによ、思いのほか時間が掛かってるぜ。)

「それは残念だったな。なぜこの人に取り憑いた?」

(いや、競馬場でどこかにいいカモがいないかな~とふらついてたら、ぷ~んと焼味噌のいい匂いが漂って来てよ。思わずこの姉ちゃんに取り憑いたってわけだ。)

仲居祥子がみそ味の焼きおにぎりの話をしたところで、瑠香はピンときたのだろう。

「焼味噌はお前の大好物だからな。焼味噌につられただけならもういいだろう。」

(いや、結構面白かったぜ。男はつまんねえな。金の使い道なんてみんな似たり寄ったりだ。)

すると夏樹の横で瑠香と貧乏神の会話を聞いていた仲居祥子が突然叫んだ。

「何ごちゃごちゃ言ってるのよ。もう貯金も使い果たしちゃったんだからもう充分でしょ!私から離れてよ!」

(やだね。貯金が底をついても、まだ”貧乏”にはなってねえよ。)

その途端、瑠香の木刀が空を切り裂く音がし、それと同時に貧乏神が老人とは思えない素早さで後ろに飛び下がった。

(おっと、その木刀は勘弁してくれって言っただろう?わかったよ。今日二十一日にこの神社へ来た時からそうじゃねえかと思ったんだ。でもまさかあんたがいるとは思っても見なかったけどな。)

「おとなしく、引いてくれれば何にもしないよ。さっさと消えてくれ。」

(そんだけびゅんびゅん木刀振り回して、”何にもしねえ”はねえよな。あんたは可愛いけど、もう二度と会いたくねえ。じゃあな。)

それだけ言うと、貧乏神はすっと消えてしまった。

瑠香は貧乏神が消えた辺りへ進むと、その気配を確認するように周囲を見回した。

「夏樹さま、終わりましたよ。」

貧乏神の気配は無くなったのだろう、瑠香は夏樹と仲居祥子を振り返ってそう言うとため息を吐いた。

「あいつも悪い奴じゃないんだけどな。」

貧乏神の事だろう。まさか瑠香と旧知の仲だとは思わなかった。

「あ、あの瑠香さん、でしたよね?どうもありがとうございました。」

仲居祥子がそう言って頭を下げると、瑠香はそれを片手で制した。

「いや、礼を言われるほどのことじゃないわ。それじゃ夏樹さま、お家へ帰るわよ。」

そう言って瑠香はくるりと向きを変えると、彼女もすっと消えてしまった。

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***********

「さて、では帰りますか。」

「あ、五条君、今日は本当にどうもありがとう。」

「どういたしまして。」

それだけ言って神社の鳥居に向かって歩き出した夏樹を追いかけるように仲居祥子は慌てて横に並ぶと、くすっと笑った。

「でも五条君と瑠香さんて、どっちが主なんだかわからないわね。」

「彼女を式神として従えたつもりはまったくないんだけどね。言うなれば”押しかけ式神”ってところかな。」

「ふうん、でも頼りになっていいわね。」

心底羨ましそうに言う仲居祥子の言葉に、夏樹は苦笑いして肩を竦めた。

「まあ、頼りにはなるんだけど、貧乏神と一緒で、自分の私生活を四六時中見られてるんだぜ。」

「そっか、でも夫婦だと思えばいいんじゃない?可愛い人だし、基本的にずっと一緒なんでしょ?」

「夫婦ね。でも瑠香さんはその一番夫婦らしい部分を嫌ってるからね。」

「嫌ってる?」

「そう、僕が煩悩を持つことを否定してかかってるんだよ。」

(そうよ。夏樹さまには煩悩を捨ててもらわなきゃ。)

何処からともなく瑠香の声が聞こえた。

「うるさいな。何度も言ってるだろう、僕は自分の人生を楽しみたいから煩悩は捨てないよ。

金を捨てさせるか、煩悩を捨てさせるか、瑠香さんがやってることは貧乏神と変わんねえよ。」

すると今度は何処からともなく木刀が現れて、背後から夏樹の頭をコツンと叩いた。

「いてっ!」

「なるほど。大変そうね。」

仲居祥子は必死で笑いをこらえている。

「じゃあ、煩悩大好きな五条君、今日は本当にありがとう。これでまた明日から仕事頑張って貯金するわね。」

「ええ、貧乏神が離れた後は運が上向くって言うし、仲居さんなら浪費癖が直ればすぐに良い彼氏ができますよ。頑張ってください。

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あ、そうそう、それから瑠香さんの事はくれぐれも内緒でお願いしますね。」

「うん、わかった。それじゃ、おやすみ。」

軽い足取りで去っていく仲居祥子の後ろ姿に、夏樹は大きくため息を吐いたのだった。

コツン!

「いてっ!」

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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