短編1
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風も無いのに

勤務先で、私めは朝礼ならぬ昼礼、いわゆる午後の小会議に参加する為、そこで話す為のミニ資料を作成していて、それが終わったので売場に出ようとしていたタイミングで急に歓談していたパートさん達の表情が一変する。

「え?動いた?」

「何?怖いんだけど」

周りに聞き出すで無く、彼女等の会話から察するに、どうやら売場への出入口である銀色のドアが、誰の手も触れずにスウっと、裏方に向かって動いたのだと言う。

こっそりと言う訳でも無いが、私はそんな彼女等の会話に聞き耳を立てながら、たまに入ろうとする幼子(おさなご)に「イカンゾー」と制した経験から、親の目が離れたのを良い事に、テケテケ歩いて来て裏方に侵入しようとする小さな存在を思い起こしながら、アクリルの覗き窓越しに見るも、今回はそんな親子連れすらおらず、その日の午後の売場は、高齢者や中高年の客が闊歩している。

「惜しむらくは、その風も無いのに出入口の銀色の扉がゆっくり動く様を、この目で確かめられなかった事だ」と私は一瞬マスクの下の口をへの字に曲げて眉間に皺(シワ)を寄せてから表情を戻すと、商品を手配する機械を事務所に返す為に、売り場へと踏み出した。

Concrete
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