長編11
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閉人

「閉人」っていう妖怪を知ってる人いない?

昔本で読んだことがあるんだけど、ネットで検索しても全然出てこない。

「閉人」の読み方は知らない。中国の妖怪って書いてあったから中国語だと思う。

20年以上前に図書館か、小学校の図書室かで読んだ本に載ってたんだ。

そのとき手に取った本も既にボロボロだったから、かなり昔に出版された本だと思う。

その本には確かこんな感じで書いてあった

「 閉人

窓の無い部屋の中や、水瓶の中などに現れる。

部屋の戸や、水瓶のフタを閉じるときに姿を現し、内側からそれを閉じた者の顔を覗こうとする。

多くは黒い影のような姿で現れる。」

 

ちょっと分かりづらいかな。

要するに「閉人」は閉鎖された空間の内側に現れるんだ。

物置き部屋とか、

押入れの中とか、

家のトイレとか、

お風呂の湯舟の中とかね。

それで、その空間を閉じる瞬間、

押入れの襖を閉めるとき、トイレから出てドアを閉めるとき、湯舟にフタをするその瞬間に、

黒い影みたいなのがそのドアやフタの隙間から一瞬だけ見えることがある。

閉める前にはそんな黒い影のようなものは無かったし、閉めたあとにすぐに開けてもやっぱり何にも無い。

閉じる瞬間にだけ現れる。

それが「閉人」。

何で俺がこの「閉人」に詳しいのかと言うと、

それは子供のころから何度も見てるから。

 

俺の地元は田舎でさ。

実家の周りは広大な田んぼに囲まれてるんだけど、

親も先祖も農家だった訳じゃなくて、

祖父さんの代のときに東京からわざわざ山奥の農村に引っ越して来たらしい。

当時祖父さんは結構金持ちだったみたいで、

広大な田んぼの中に結構デカめの洋風建築の屋敷を建てたもんだから正直かなり目立つ。

今でもそう思うんだから建築当時はもっと悪目立ちしてたんじゃないかと思う。

俺の親父がとにかく目立たず我を通さずの徹底した事なかれ主義なのは、あの無駄に目立つ家が原因じゃないかと思ってる。

で、その家なんだけど部屋数も多くて、物置きとしてしか使ってない、ほとんど出入りしない部屋もいくつかあったんだよね。

だから家の中でかくれんぼをするのには結構いい家だったなと思う。

隠れ場所のバリエーションが豊富で、かくれんぼだけで二時間くらい遊べた。

最初に見たのはそのかくれんぼの最中だった。

俺がオニで、部屋を一個一個探していくんだけど、誰もいないと思ってその部屋のドアを閉めるとき、閉まる寸前のドアの隙間に一瞬人影が見えたんだ。

あっ、いた!って思って慌ててドアを開けるんだけど誰もいないの。

そういうことがちょくちょくあった。

最初は気のせいだと思ってた。

でも何度か同じようなことがあって、気のせいじゃ無いって感じるようになった。

意識してドアが閉まる瞬間を見てても影は見えないんだ。

何の気無しに、ドアとかフタとか、とにかく何かで空間が閉じる瞬間が目に入った時に見える。

一瞬ではあるけど、気のせいとか錯覚と言うには「何かが見えた」っていう実感が強かった。

それに、閉めたドアの向こうに誰かの気配を感じるんだ。

向こうもドアのすぐ目の前に立って、こっちの様子を伺ってるような感じがする。

でも開けて確かめると誰もいないし気配も消える。

家族に話しても、そんなものは見えたことがないと言われた。

子供にしか見えない的なやつかなと思って、同級生の友達に話しても共感得られず、

あぁこれはデカイ家に住んでる子供限定の"あるある"なのかもと思って、他のクラスにいた地域で有名な名家の息子のところまで聞きに行ったこともあるけど、全く理解されなかった。

理解されないどころか、わざわざ他のクラスから来て訳のわからん話をするもんだから変人扱いされてしまって、

それ以来俺は「閉人」のことは人に話さないようにしてた。

でもやっぱり、ごくたまにだけど、見える。

見える頻度は多くはないけど、見えた時の存在感というか、生々しい気配みたいなものは見るたびに少しずつ強くなってた。

単なる幻覚なのかもと考えたりもしたけど、

俺には他の人には見えないものが見える特別な能力があるんじゃないか、みたいな厨二病的期待感もあった。

だから偶然手に取った本に、それが書いてあるのを見つけて驚いたし嬉しかった。

まさか妖怪だったとは。

やっぱりただの幻覚じゃなかった。

それが嬉しくて、すぐに誰かに話したかった。

でもそのとき周りに人がいなかったので、一人で興奮しながら「閉人」の説明文を読み進めた。

それで最後の一文を読んで、

自分の体温がすぅっと下がっていくのを感じた。

 

「閉人と目が合った者は、閉人に隙間の向こうへ連れて行かれて二度と戻って来られないと言われている。」

 

自分は特別な能力を持っているのかもしれない、なんて高揚感は一瞬でかき消された。

連れて行かれて?

隙間の向こう?なにそれ?

戻ってこられないってどういうこと?

何度も説明文を読み返したけど、たった数行の短い文章からはそれ以上何も読み取れない。

ただ不安と恐怖がずっしりと心に残って、まるで重い石が胸につっかえてるみたいだった。

それからしばらくは、妖怪について書かれた本を図書館で探しては読み漁った。

でも「閉人」のことは書いてなかった。

当時すでにインターネットは普及してたけど、スマホはまだ無かったし、まだ小学生の俺は日常的にパソコンを使う習慣がなかったから、もっぱら本で探してたな。

でも「閉人」を見た場合の対処法は見つからなかった。

誰かに相談とかもしなかったと思う。

なんか人に言えなかったんだよね。

いつもどこかの隙間から、「閉人」がこっちを見張ってるんじゃないかって、

そんな妄想までするくらい、しばらくは怯えながら過ごしてたんだけど、

目の前の生活にはとくに何も変化はなくて、徐々に恐怖心も薄らいでいき、

少しずつ俺は楽観的に考えるようになっていった。

実際のところ自分はまだ隙間の向こうに連れて行かれそうになったことはないし、

「閉人」と目が合うどころか、あれに目があるのかも分かってなかったくらいなので、現状まだセーフだと思うようにした。

当面出来ることと言えば、ドアやフタを閉める瞬間を見ないこと。

これが意識してやると案外出来るもんで、俺は「閉人」をほぼ見なくなった。

経験上「閉人」は俺自身が空間を閉じる行動をした時にしか現れないと分かってた。

他の誰かがドアを閉める瞬間が目に入ったとしても、そこに影が見えたことはなかった。

自分自身がドアやフタを閉じるときにだけ、目を逸らすなり瞑るなりすればいいんだからそれ程難しいことじゃなかった。

それに「閉人」はある程度大きな空間を閉じるときにしか現れないみたいだった。

カバンとか、弁当箱のフタを閉じるときに見えたことはない。

多分「閉人」が入れるくらいの大きさは無いと出現出来ないんだと思う。

でも中学に入って間もないころ、サッカー部の用具入れの鉄扉を閉めるときにうっかり閉じる瞬間を見てしまって、久しぶりに影が見えたときは動揺したな。

自分の家以外で影が見えたのも初めてだったから尚更。

動揺した勢いで部活辞めちゃった。雑用ばっかりやらされて嫌になってたし。

 

その後はかなり長い期間、「閉人」を見なかった。

俺はちょっと特殊な職業を目指してたことがあって、希望する学科のある高校が地元になかったから、高校入学と同時に地元を離れて遠い都会で下宿生活を始めたんだ。

高校、大学と地元から離れて暮らしていたからなのか、空間を閉じる瞬間を見ないっていう癖が染み付いていたおかげなのか、10年以上はあの影を見ることはなかった。

ところが半年くらい前に、久しぶりに見てしまった。

 

大学卒業して夢だった業界に入ったんだけど、紆余曲折あって結局俺は地元に戻って来た。

今は地元の物販系の会社で営業をやってる。

普段、商品の梱包作業はやらないんだけど、納期がギリギリの案件があって箱詰め作業を手伝ってたんだ。

デカい段ボールに商品を納めて、ガムテープ片手に段ボールを閉じようとした瞬間だった。

箱の中で黒い塊みたいなのが動いたのが見えた。

うわ、って思ったんだけど、

いやいやいや、気のせいでしょ。って自分に言い聞かせて次の段ボールに手を移した。

でもその黒い塊が見えた箱を、他のスタッフが運ぼうとしたときに、

「えっ?何これ、めっちゃ重いんですけど?」

って言い出して、

他のスタッフも運ぼうとしたんだけど、一人じゃ持ち上がらないくらい重くなってたみたいで

「本当だ、くそ重い。〇〇さん(俺)!なに入れたんすか!?」

とか言われちゃったもんだから、

俺はしょうがなく、

「いやぁ、べつに変なものは入れてないけどなぁ、、」

と、白々しく独り言を言いながらその箱のガムテープを剥がして中を確認しようとした。

箱に手をかけた時点で中身が少し動いた感触がして、もう間違いないなと思いながら箱を開けた。

案の定、箱には商品以外入っておらず、開けたら箱は普通の重さに戻った。

俺からしたらやっぱりねって感じで、

「ほら、軽くなったよ」

って淡々とガムテープを貼り直したんだけど、

周りのスタッフは訳が分からないし、俺が淡々としてるところも含めて気味悪がられてしまった。

ていうかキモいって言われた。

 

平静を装っていたけど、正直動揺はした。

久しぶりにじんわり恐怖心が蘇った。

でも俺ももう大人なんで、

冷静に客観的に考えたわけ。

箱の重さが変わったりするところを見ると、単なる目の錯覚ではなさそう。

それが「閉人」なのか、他の何かなのか分からないけど、何かが俺に付きまとっているんだと思う。

でも今のところ、大きな実害は無い。

ちょっとキモいって言われたぐらいだ。

俺が恐怖を感じているのは、

「閉人と目が合った者は、閉人に隙間の向こうへ連れて行かれて二度と戻って来られないと言われている」

という、本に書かれていたあの一文に対してだけだ。

しかしあの情報にどれだけの信憑性があるというのか。

「閉人」の情報自体も、あのとき読んだあの本以外で目にしたことが無い。

本当に過去に目撃された妖怪なんだろうか。

仮に「閉人」が過去にも現れていた妖怪だったとして、「隙間の向こうへ連れていく」なんてかなり嘘っぽい。

昔の中国人が話を面白くしようとして勝手に付け加えたんじゃないのか。

いい大人がこんなエビデンスの無さ過ぎる情報に振り回されてちゃいかんだろと。

そもそも「連れていかれて二度と戻って来られない」みたいなオチって怪談話の古典的手法じゃないか。

しかもさ、連れていかれた奴は二度と戻ってこないのに、じゃあなんで「閉人」に連れていかれたって分かるんですか?って話だよ。

誰か見てたんですか?「閉人」に連れてかれるところを誰かが見てたんですか?

見てたとしてもさ、隙間の向こうの世界に連れていかれたとか、そんなの見てて分かるの?

連れていったのは「閉人」ていう妖怪だって、何をもって断定したの?

それってあなたの感想ですよね?って話じゃん?

とまぁ、こんな感じで自分に言い聞かせて、あまり深刻に考えないようにしてた。

 

 

それで、つい先日なんだけど。

俺は得意先の会社に商品を納品しに行ったんだ。

いつも小口の注文が多いんだけど、そのときは珍しく注文がかなり多くて、軽バンの荷台が一杯になるくらいの量があった。

納品先の事務所は5階にあって、エレベーターで5階まで運ぶんだけど、何往復もするの嫌だからさ、

一回で運んでやろうと思って商品を一気に全部エレベーターに積み込んだんだ。

積み込んでる途中でエレベーターのドアが閉まらないように「開放」ボタンを押して。

わかる?「開放」ボタン。業務用のエレベーターとか荷物を運ぶことの多いエレベーターには大体ついてるんだけど。

要は「開放」ボタンを一回押せばエレベーターのドアが開きっぱなしになるのね。

それで商品を5階まで上げて、5階についたらまた「開放」ボタンを押して、ドアが閉まらないようにして急いで商品を全部エレベーターから下ろしたんだ。

下ろし終わったら「▶︎◀︎」ボタンを押さないと、いつまでもドアが開きっぱなしで他の人に迷惑かかっちゃうから、

エレベーターの中にある「▶︎◀︎」ボタンを押して、スッとエレベーターから降りて、

閉まるドアを横目に、床に置いた段ボール箱を運ぼうとしゃがみ込んだんだ。

 

完全に油断したよね。

エレベーターって自分でドアを閉めなくても勝手に閉まるから、

俺自身が空間を閉じたと判定されにくいところなんだ。

仮に急いでて「▶︎◀︎」ボタンを押すときも、普通は自分もエレベーターの中にいるわけでしょ?

俺自身が閉鎖空間の中にいるときは、アレは見えないから。

だからエレベーターっていう場所に全く警戒心を持ってなかった。

しゃがんで、床に置いた段ボール箱を抱え込みながら、

ふとエレベーターの方を見ちゃったんだ。

 

エレベーターのドアが閉まりきる寸前に、

見えたんだよね。

いやらしいことに、あっちもしゃがみ込んで俺と目線を合わせてんの。

 

真っ黒い人。

 

黒いんだけど、顔があんの。

 

でそれがさ、

俺の顔なんだよね。

 

真っ黒くて、顔だけ俺なやつが、

俺の顔、じぃっと見ててさ、

少し笑ってた。

 

ドアが閉じる寸前の一瞬なんだけど、

まじでスローモーションみたいにはっきり見えたわ。

 

そのとき俺思ったんだ。

あぁそうか、俺を隙間の向こうに連れて行った後で、

俺と同じ顔の奴が外に出て来て、俺と入れ替わるって事なんだなって。

俺と入れ替わった「閉人」は、俺が隙間の向こうに連れて行かれたことも知ってるし、

俺が二度と戻って来られないことも知ってるよな。

 

 

「閉人」は、俺に成り代わることで目的を果たすんだ。

そのためにずっと、隙間から俺のことを見てた。

俺と入れ替わったら、何事もなかったように俺として生きていく。

でも本当にそれで満足だと思う?

だって、ずっとチャンスを伺ってやっと入れ替われたんだぜ。

遂にやった!って、誰かに言いたくもなるだろ。

ずっと一人で、話し相手もいなかったんだから尚のことね。

 

俺がかくれんぼして遊んでた子供の頃から、

俺が気づいて無いときも、隙間からずっと見てた。

あの暗くて狭い場所から、自由に遊んで友達や家族と楽しく過ごす俺のことをいつも見てた。

羨ましかったけど、別に恨んではなかったよ。

しょうがないことだと思ってた。

たまたま俺はこっち側で、あいつはあっち側なんだって。

だから、それが入れ替わっただけなんだ。

順番が回ってきただけ。

想像出来る?もう何年間かも分からないくらいずっと一人だったんだ。

でもずっと一人で話し相手もいなくても、誰からも気づかれなくても、ずっと俺はそこにいたんだよ。

俺と入れ替わっても俺がいなくなったわけじゃないんだ。

こんな話、誰も信じないだろうけど。

 

だからさ、

みんなも気をつけろよ。 

ドアを閉めるときとか、気をつけろよな。

俺達はたまたま、こっち側にいるだけなんだから。

順番を待ってる奴が見てるかもしれないだろ。

 

 

まぁ、気をつけても無駄だけどね。

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