長編9
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本恐 (1)

月の光が差し込んでいた。  

頭の上のほうの壁が照らされている。 

石を積み上げた塀のようだった。

なんでこんなとこに寝とるんやろ?  

頭を持ち上げようとした途端、痛みが走った。

後頭部に手をやると髪の毛が固まっていて、鋭い痛みがあった。 

どうやら頭を打って倒れていたらしい。  

血が出たようだが、今は止まって固まっているようだ。  

体を起こそうとした瞬間、脚に激痛が走った。 

痛みに耐えながら両手でなんとか体を起こし、恐る恐る右の足首をさわると  

今まで感じたことのないような激しい痛みとともに、ぐにゃっとした感覚があった。

「折れとる」   そう直感した。 

座ったままの体勢で、なんとか塀のそばまで体を引きずりよせて 

あたりを見回した。

地面にはいくつか砂利のような石が転がっていた。  

背中をつけた石塀の、頭のすぐ上までは月明かりが差し込んでいる。

石塀の高さは7~8mほどありそうだ。   

月明かりに照らされた石塀を見つめていたせいか、周りは闇に包まれて見えない。  

自分の姿がぼんやりと見えるくらいで、膝から先も闇の中だった。  

上を見上げると丸く切り取られた夜空があった。   

何かの穴に落ちたらしい。 

地上には草が生い茂っているのか、細長い草の影のようなものが見える。   

背中をつけた石塀の曲がり方から判断して、穴の直径は5~6mくらいだろうか。   

しばらく目をつぶって闇に目を慣らしたあと、もう一度あたりを見回した。  

正面に何かが倒れている。   

木切れか何かわからないが、布がかけられているようだ。  

いくつかの大きな石も転がっているが他には何もない。  

俺は、尻ポケットから携帯を取り出した。  

液晶が割れて電源が入らない。 落ちた衝撃だろう、壊れていた。  

今、何時くらいやろ?    

なんでここにおるんやろ?   

だいたい、ここどこなん?   

 

あの布の下に、何か役に立つものはないだろうか。  

木切れだったら、足首を固定する添え木にしよう。   

引きずる度に走る脚の痛みをなんとか我慢しながら、かなりの時間をかけて 

やっと布のそばにたどり着いた。   

木切れじゃなかった。  

人だ!   

布に見えたのは、その人が着ていたシャツだった。

あ!   

Tだ! Tが着ていたシャツだ!

そうだ! 俺はTと一緒に来たんだ。 Sも一緒だった。

俺はやっと思い出した。   

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退屈だった。   

SとTが遊びに来たはいいが、 

二人とも漫画ばっかり読んでやがる。  

「なあ、これ近くじゃね?」  

PCでオカ板のサイト巡りをしていた俺は、

SとTに声をかけた。   

それは「本当に恐ろしい場所があった」という題で 

投稿された体験記だった。   

それには

「地元ではわりと知られた心霊スポットの、少し離れた場所に 

 ほとんど誰も気づかない獣道のようなものがあって、その先に何件かの廃屋がある」

と書かれていた。   

投稿者は「グループで行ったが、その内の一人が行方不明だ」と結んでいた。   

「あ~? ちがうやろ?」

SもTも興味なさそうだったが 

「ほら、この心霊スポットってつぶれたラブホやろ?」 

「あそこは旧道のファミレスから上って、国道の上の陸橋渡った先にあるやん」 

「あのラブホの先は山越えて隣町まで続いとるけど、途中に鉄塔もあるやん」 

俺はこの退屈から逃れたくて「ほら、ほら」と、まくしたてた。   

「お~っ。  そうかもしれん」  

「確かにあそこっぽいな」

「今から探しに行ってみん?」   

二人とも俺と同じように退屈だったのだろう。  

「もし、発見したら『俺たちも見つけた』って投稿するか?  

 ちがっとっても見つけたふりすりゃいいやん」   

「それか、『もっと怖い所を発見した』にするか」    

「お前が行方不明の役をやれ。  てか、死ね」     

とノリノリになっていた。  

俺たちは家にあった懐中電灯を2個と後で投稿するためのメモ紙をもって

それぞれ原チャリを走らせた。   

投稿された道順はメモっておいたので、そのとおりに進んだ。  

ファミレスから上って、陸橋を渡って、物置小屋っぽいのを通り過ぎて・・。  

鉄橋も道の右側に建っていた。ここまで、全く投稿通りだった。  

俺たちは興奮しまくって、ポイントになる所を携帯の写真に収めた。    

「このあたりだろう」と目星をつけた場所を懐中電灯で照らしながら  

手分けして探していると、投稿通りに獣道らしきものがあった。  

ここに道があったことを知らなければ絶対見落とすだろう、その獣道は 

今は上から草が覆いかぶさっていた。  

「今、何時?」   

後で投稿するときの臨場感を出すために、いろいろメモっとこうと  

携帯を見ると9時を少しまわったところだった。  

草をかき分けて進むと、門扉を発見した。   

両側は植え込みが伸びたのか、俺たちの身長よりはるかに高い木が生い茂っていた。  

やっぱり間違いない!

俺たちは興奮を抑えきれず、それでも小声で話しながら   

鎖でぐるぐるに施錠された門扉を乗り越えた。     

門扉の内側は草が膝上まで生えており、外灯もなく月もまだ山かげに隠れて不気味だった。  

Sと俺が懐中電灯を持ち、それぞれ足元を照らしながら廃屋らしき建物へ近づいていった。  

Tは俺の後ろから付いて来ていた。  

「急に走り出したりすんなよ?」   

俺たちは興奮とも恐怖ともわからないような気持ちで、恐る恐る歩いていった。 

先を歩いていたSが廃屋の一軒に差し掛かったとき、突然叫びながら走って戻ってきた。  

ビクッとなって動けなかった俺とTを置いて、Sは入ってきた門扉に向かって叫びながら走り続けた。  

Sが何を見たのかわからなかったが、ふざけている感じではなかった。   

「ヤバい!」

走り出した瞬間、Tにぶつかって二人とも倒れてしまった。  

慌てた俺とTは、すぐに立ち上がって走り出したが  

Sの懐中電灯の光は、ずっと左のほうにあった。   

俺が持っていた懐中電灯はどこかへ飛んでいってしまった。    

俺は方向を転換し、Sの懐中電灯のほうに向かって走り出して・・・、   

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落ちた瞬間は覚えてない。   

おそらく方向転換した先に穴があったのだろう。  

俺とTはその穴に落ちたのだ。  

Sはどうなったろう?   

あいつも違う穴に落ちたんだろうか?  

それとも俺たちを置き去りにして逃げたんだろうか?  

Sは逃げるとき何を見たんだろう?   

持ち主か? まさか幽霊とかはないだろう。  

脚にはあいかわらず激痛が残っているし、  

声を出して 助けを呼ぼうかとも考えた。  

持ち主だったら怒られるくらいですむだろう。  

でも万が一幽霊の類だったら、と声を出すのはためらわれた。 

とりあえずTを起こそう。 気絶してるみたいだし。 

起こしたら壁をよじ登らせて助けを呼びに行かせよう。   

俺はTの体を揺すった。が、Tは気がつかない。  

小声で呼びかけながらしばらく揺すったが、それでもTは起きなかった。  

脚の痛みをこらえ、Tの体を仰向けにして気がついた。  

息をしていない!   

Tの体は俺より冷たかった。   

Tの周りには直径20センチくらいの石がいくつか転がっている。  

落ちる時、この石に頭を打ち付けたのかもしれない。    

心臓が止まりそうだった。  

脚の痛みすら忘れ、穴の反対側へ飛び退いた。  

声をあげた。  

「誰か~っ。 おらんのか~っ。  S~っ。」  

何の返事もなかった。  

喉が痛くなるまで叫び続けたが、誰の声も聞こえなかったし  

穴を覗き込む者もいなかった。   

Sはどこに行っとるんだ?

誰か呼びに行っとんのか?  

一人で逃げやがったんか?  

明るくなるまでこのまんまか?  

死んだTと二人っきりで、朝まで待つんか?  

朝になったら誰か来てくれるんか?  

入り口はわかりにくいし、S以外の奴は俺たちがここにいることも知らない。  

Sも別の穴に落ちてるのなら、誰も気づいてくれない。  

ああ、そういえば。

あの投稿したグループの一人も行方不明だったじゃないか。

そいつもどこかの穴に落ちたんじゃないのか?  

俺はその時、本当に、心の底から、恐怖を感じた。  

「そうだ! バイク!」  

俺たちはそれぞれ原チャリで来ていた。

あの獣道の入り口に止めたままだ。  

誰かがあの道を通れば、絶対に気づくはずだ。  

あの道は隣町に抜ける人が結構使っている。   

朝まで我慢すればなんとかなりそうだとほっとした俺は   

少し安心して、ウトウトしてしまった。  

いつの間にか、月が真上に来ていた。  

Tはこちらに背中を向けて横たわっている。  

月の光が、Tの横を向いた身体を照らしている。  

『!』

なんでTは横向いとるんだ?  

さっき仰向けにしたはず。   

生きてんのか?   

いや! 絶対息はしてなかった!  身体も冷たかった!

絶っ対に、Tは、死んでた!  

Tから目が離せなかった。  

だが、Tが動くことはなかった。  

やっぱり、俺の勘違いだ。   

飛び退くとき、蹴飛ばしたかどうかしたんだろう。  

月が動いて、Tの顔を半分照らすくらいになっていた。  

『 顔!? 』  

   

なんで顔が見えるんだ?  

なんで仰向けなんだ?   

さっきは横向きだったじゃないか。  

    

Tの、  

右目が、  

開いとるじゃないか。  

俺は、意味の無い声をあげた。  

俺は脚が痛いのもわからないほど動転していた。 

石塀に置いた指に引っ掛かりがある。  

石垣は、かなりきっちり組まれていたが   

指はなんとか掛かりそうだ。   

Tに背中を向けるのは恐ろしかったが、  

意を決して両手を石垣の隙間に突っ込み   

足をかけようとしたその瞬間、

耐え難い脚の激痛で倒れこんでしまった。   

しばらく動くこともできず、うずくまっていた。   

Tが今どうなっているのか、見るのが怖かった。  

目をぎゅっと瞑ったままぴくりとも動かず、じっとしていた。  

Tが動いた気配は無い。   

恐る恐る目を開けた。   

Tがうつ伏せになって、俺のほうに頭を向けていた。   

やっぱり動いてる!   

俺のほうに近づいてる!

なんだ コイツは? 

本当に T か?   

Tの顔がゆっくり上がってきて、目が合った。  

俺は気が遠くなっていった。  

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「だからあの門のとこ乗り越えて、そしてこの辺まで一緒に歩いてきたんですよ」  

「で、あの建物んとこに誰かが立っとって。急でびっくりしたんで 

 こっちに走って逃げたんですよ」   

「あいつ等も後から走って付いてきてましたよ」   

「でも、原チャリんとこで待ってたんすけど出てこんから」   

「なんも隠してないですよ。隠してもなんもならんじゃないですか」 

「だって怖いじゃないっすか。 もう一回って、一人じゃ無理っすよ」  

「あいつ等もこっちに走ってきてましたって。さっきから言ってるじゃないっすか」

「後から帰ってくると思ったんですよ。でも今朝も帰ってないって言うから」  

「だって、二人の原チャも置きっぱじゃないですか」  

しばらくして直径5.5メートル、深さ8メートルの大きな垂直の穴の中に   

AとTが転落しているのが発見された。    

Aは正気を失っており、よだれを垂らしながらヘラヘラと笑うだけで何も応えられなかった。  

Tは死亡しており、さらに石で何度も殴られたようで  

その顔は原型をとどめていなかった。   

ただ、何度も殴られたにもかかわらず、ほとんど血が飛び散っておらず

殴られたときには既に死亡していたものと思われた。   

Tのそばには血がべっとりとついた石が転がっていたが、Aの指紋は検出されなかった。  

後日解剖の結果、転落したときに頭を打ち付けたことが直接の死因であると判断された。 

近くに転がっている石にAの指紋が付着しており、  

Tの顔を殴ったのはAだと判明した。    

だが、すでに死亡していたTの顔をつぶれるまで殴り続けた理由は、

とうとう判らないままだった。  

怖い話投稿:ホラーテラー 蘇る銀狼さん  

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