一人の少女がいた。
少女は、祝福の中に生まれてきた子供では無かった。
少女は病気だった。
長くは生きられない病気だった。
父は少女を愛してはいなかった。
少女を病院に押し込め、お金だけを払っていた。
母はこの世にいなかった。
母は少女をただの一度も抱きしめることなく逝ってしまった。
少女は愛を知らなかった。
少女が知っているのは病室の中と、窓から見える景色だけだった。
看護師はその病室に入る時、いつも気が重くなった。
嫌な患者ではない。
むしろ、とてもいい子だ。
しかしそのあまりの無垢さ、そして境遇の不憫さで一歩引いてしまうのだ。
それでも看護師は、時間を見付けてはその病室を訪れていた。
それが自分に出来るただ一つの事だと思っていた。
その日は、とても寒かった。
看護師は検温の為に、少女の病室を訪れた。
病室に入ると、少女は窓の外を見ていた。
窓ガラスが曇るたびに、手で拭う。
それだけで少女の息は上がっていた。
窓の外に目をやると、雪が降っていた。
大粒の雪だった。
雪が降るなんて、珍しいことだった。
少女は窓の外を見たまま、看護師に質問した。
看護師は、その質問に答えられなかった。
看護師が帰る時も、雪は降り続けていた。
看護師は、自分の手が冷たくなっていくのを感じた。
年が明け、少女の容態が悪化した。
少女は体を起こすことさえ出来なくなっていた。
その日も、雪が降った。
医師は首を横に振った。
父は姿を見せなかった。
看護師は少女についていた。
その時、少女と目が合った。
少女は一言だけ呟いた。
看護師は黙って頷いた。
小さな瓶に、雪を詰める。
溶けないように小瓶を手で包みこんだ。
その夜、少女は息を引き取った。
その表情は、柔らかなものだった。
その日、看護師は病室を片付けていた。
昨夜亡くなった少女の病室だ。
本当なら彼女がやるべき仕事だった。
看護師は、枕元に何かを見付けた。
手に取ると、それは意外に冷たかった。
雪の入った小瓶が、掌で輝いた。
怖い話投稿:ホラーテラー カルネさん
作者怖話