それは友人の家で飲んでいたときの話。
飲んでいたといっても、私はお酒が飲めなかったから、一人だけジュースを飲んでいた。
飲めなくてもこういう飲み会は嫌いではなかった。
そこに居たのは私を含めて4人。
皆同じ大学に通っている友人で、このメンバーでときどきこうして誰かの家で飲ことがあった。
皆がほどよく酔っ払ってきたころ、友人の一人(A子とする)が心霊スポットに行こうと言い出した。
私はあまり乗り気になれなかったが、他の友人二人はその提案に乗ってしまった。
酔っていたせいもあるだろう。
「じゃあ運転よろしく!」
とA子が私の肩を叩いて言った。
お酒を飲んでいないのは私だけだったから、当然私が運転することになった。
私はしぶしぶ、友達三人を車に乗せてその心霊スポットに向かった。
昼から飲んでいたせいもあってまだその時は明るかったし天気もよかった。
だから、大丈夫だと思ったのだ。
道はA子が知っていた。
二時間くらい車を走らせたと思う。
思ったより時間がかかった。
最初はテンションが高かった他の友人たちも、その頃には少しうとうとし始めていた。
どんどん山の中に車は進んでいった。
「本当にこっちであってる?」
私がA子に聞くと、A子は「そうそう」と軽く応えた。
そしてしばらくして、車はその心霊スポットに着いた。
そこは山の中にある…お寺なのか?
かなり古ぼけた赤い鳥居が見えた。
そこから山の頂上に向けてガタガタの石段がつづいていた。
私はあたりを見回して、絶対に車から出たくないと思った。
まだ太陽は出ているのに、酷く薄暗いのだ。
「本当に行くの?」
「何言っての?ここまで来て帰るわけないじゃん」
A子はやたらテンション高く言った。
「なに?着いたの?」
A子の声で他の友人たちも目を覚ました。
「うわー凄い!めっちゃ雰囲気あるねここ」
「あーなんかドキドキしてきた~」
他の友人二人もまたさっきのノリが戻ってきたみたいだった。
結局私達4人は車を降りて、その鳥居をくぐった。
鳥居の下を通ったとき、凄く嫌な感じがした。
うまくは言えないけど、どこか違う世界に足を踏み入れてしまったような、そんな感じだ。
私は直ぐにでも車に引き返したかったが、A子は私の言うことを聞きそうにもないし、一人で車で待つのも怖いから友人達と先に進んだ。
石段は苔などが生えている上に傾いていて、酷く登りずらかった。
もしもっと暗かったら、登れなかっただろう。
石段の両側は木々に覆われていて、とにかく暗かった。
私はなるべく周りを見ないように歩いた。
見れば何か変なものを見てしまいそうで怖かったのだ。
ただただ転ばないように下ばかり見て歩いた。
友人達の口数も減っていた。
予想以上に登りにくい道に苦戦していたのか、それともこの雰囲気を察知していたのかはわからない。
しばらく登ると、石段が急に無くなって、そこから玉砂利が惹かれた緩やかな道になった。
「あ、あそこがゴールだ!」
A子が指した方向を見ると、少し上のほうに祠のようなものが見えた。
私達はその祠を目指して、その玉砂利の道を進んだ。
ジャッジャッジャ
私達が玉砂利を踏む音が妙に耳に響いた。
やけに静かだなと私は思った。
かなり山奥まで来ているのに、鳥の声すら聞こえなかった。
うねうねと蛇行した道を進み、私達はようやく祠までたどり着いた。
祠は周りをうっそうとした木々に守られるようにして佇んでいた。
「なーんだ。案外大したこと無いわね」
A子がつまらなそうに言って、祠に近づいた。
祠はかなり古く、ほとんど朽ち果てていた。
格子の中は真っ暗で何も見えなかった。
私は十分怖さを味わっていたので、一刻も早く帰りたかった。
しかし、A子は何かを探すように祠の周りを歩きだした。
「なにしてるの?」
他の友人(B子とする)が聞くと、A子は「うん、ちょっとね…」と言い、また何かを探してるようだった。
そんなA子の行動が私は少し気味が悪かった。
「あ、これなにかしら?」
A子が声を上げて、私と友人達はそこに近づいた。
A子が指したのは祠の下。
石のブロックが祠を囲むように敷かれていたのだけど、その一つがずれていて、隙間が空いていた。
隙間の中は真っ暗だが、中は空洞になっているみたいだった。
「これちょっと動かせないかな?」
「やめなよ!」
A子の提案を私はまっさきに否定した。
しかし、A子は既にその石に手を掛けて動かし始めていた。
私は、何か凄く嫌な予感がした。
しかし、私の止める声も聞かずA子はその石を完全に取り除いてしまった。
石段の真ん中にぽっかりと空いた黒い穴。
私は怖くて近づけなかったが、他の友人達は少し近づいて中を覗いていた。
「中は広そうね…祠の下が地下室みたいになってのかな?」
しかし、近づいた友人(C子とする)がうっと言って穴から顔を背けた。
中から、かなり酷い臭いがしているみたいだ。
「即身成仏って知ってる?」
A子が言った。
「お坊さんがこういうところに飲まず食わずで何日も入って、最後は餓死して仏になるの。
だけど昔、飢餓のときなんかお坊さん以外の人を無理矢理こういうところに閉じ込めて即身成仏になってもらったらしいよ」
私は背筋が寒くなった。
ここがそうだとでも言うのか?
ますます気味が悪い。
「もういいでしょ。帰ろう」
B子もC子も私に賛成した。
A子もしぶしぶ承諾して帰ることになった。
私達は祠に背中を向けた。
そこで私ははっとした。
A子が動かした石があのままだ。
戻すべきだと思ったが、また引き返すのも嫌だと思った。
日も沈みかけていて、直ぐに暗くなりそうだった。
私はちらりと祠のほうを振り返った。
しかし、直ぐに振り返ったことを死ぬほど後悔した。
あの、A子が退かした石段の穴から何かが顔を覗かせていたのだ。
人間では無いと直ぐに確信した。
人間のようだけど人間ではない、真っ黒ななにか。
見たのは一瞬だった。
一瞬でも十分だった。
直ぐに視線を外して前を向いた。
悪寒が全身を駆け巡っていた。
叫ばなかったことが不思議なくらいだった。
他の友人たちに知らせるべきか迷ったけど、見間違えであってほしいという願いから言えなかった。
どうやって説明すればいいかもわからなかった。
私の歩くスピードは次第に上がっていた。
(とにかく、早く早く)
そう自分に言い聞かせて歩いた。
しかし、歩いているうちに妙な違和感に気がついた。
それに気が付いた瞬間、恐怖でどうにかなりそうだった。
私達以外の足音が聞こえていたのだ。
私達より離れたところ、同じように玉砂利を踏みつける音が後ろから付いてきてる。
“あれ”が私達を追いかけてきたのだ。
それを理解した途端、私の頭はほとんどパニック状態になっていた。
「来る!来る!あれが来る!!」
そう叫んで友人達の腕を掴み走り出していた。
私の尋常じゃない態度に友人達は混乱しただろう。
「ちょっと!なに?なに言ってんの?」
A子が私の服を掴んで、問質した。
そのせいで私達の足は止まってしまって、私は余計に焦った。
あれに捕まったらと考えると、がたがた震えてその場に蹲ってしまいそうになった。
「なにが来るっていうの?」
問いただすA子に、私は混乱した頭のままさっき見たものを説明した。
私の説明はかなり酷いものだったが、B子とC子の顔色が直ぐに変わった。
A子だけは説明が終わっても、ただ黙って私の顔を見ていた。
私はA子は私の言うことを信じられなかったんだと思った。
しかし、それは違った。
A子はじっと動かず耳を済ませていたのだ。
ジャリジャリジャリ
音が近づいていた。
私達が止まっている間に、だいぶ距離を詰められていた。
私達4人は顔を見合わせた。
そして、誰も何も言わないまま直ぐに走り出した。
ほとんど転げるようにそこから逃げた。
途中からガタガタの石段に変わって、私は何度か足を滑らせた。
しかしその度に友人たちに助け起こされた。
転んでも痛みも感じなかった。
そんな余裕は無かった。
ただ一刻も早くその場から離れたかった。
自分の車が見えたとき、酷く懐かしいものを見た気がした。
私達は急いで車に乗り込んだ。
しかし、A子だけが車に乗らず、鳥居の前で止まってしまった。
「なにしてるの!?」
私が叫んでも、A子はまだ余裕の表情をしていた。
「エンジンは掛けておいて、なにが来るのか見てみたいから」
私はA子が言っている意味が理解出来なかった。
見る?
あれを?
それは勇敢というより頭がどうかしていると思った。
「大丈夫、きっと鳥居の外までは出て来れないだろうし」
A子はそう言ったが、いったいどんな理由でそんなことが言えるのか私には理解出来なかった。
私はとにかく車のエンジンを掛けた。
直ぐにでも走り去りたい気分だったが、A子を見捨てるわけにはいかない。
C子とB子は車から必死にA子の名前を呼んでいた。
二人ともかなり怯えていた。
しかし、一番怯えていたのは間違いなく私だっただろう。
私は一瞬でもあれの顔を見ていたのだから。
私はハンドルを握りしてたままA子が居る鳥居のほうではなく、帰り道のほうをひたすら睨みつけていた。
日はもう沈んで、あたりはかなり暗くなっていた。
そのとき、キーンという変な音が聞こえた。
電線かなにかが切れたような機械音みたいだった。
それはA子が発した声だった。
助手席に座っていたB子が「ひっ」と悲鳴を上げた。
B子が見ていたのは、私がさっきみたあれではなく、A子だった。
B子はA子を見て悲鳴を上げたのだ。
私はちらりとA子のほうを見た。
私からは横顔しか見えなかったが、A子の顔は尋常ではなかった。
目も口も裂けんばかりに開ききっていた。
人間がこんな表情が出来るのかというほど、その顔は異常だった。
しかし、私はやはり、そのA子の顔よりA子が今見ているものの方が怖くて怖くて仕方なかった。
後ろの席に座っていたC子が車から降りて、A子をほとんど引きずるようにして車に乗せた。
C子がそうしていなかったら、私はA子を見捨てていたかもしれない。
私はドアが閉まった瞬間、アクセルを踏んで車を走らせた。
車に乗ってもまだA子はキーキーと変な声を発していた。
B子もC子も泣いていた。
直ぐにA子の実家に向かった。
しかしやはり2時間くらい掛かってしまった。
その間にもA子が普通に戻ることは無かった。
A子の両親は、A子の様子を見て愕然とした。
病院に行くか神社に行くか少し迷って、結局神社に行った。
神社の神主に事情を説明して、直ぐに私達4人はそこでお祓いを受けた。
しかし、A子が正気を戻すことは無かった。
A子の両親はその後もいろんな手を尽くしたけど、結局A子は言葉を話すことも出来ない状態が続いて、最後はどこかの施設に入ったと聞いた。
A子はあれを見たのだ。
あれを見たせいでA子はおかしくなったのだ。
そして私は―――。
怖い話投稿:ホラーテラー snowさん
作者怖話