田舎町の話。
プー太郎してた時の事なんだけど、昔はやんちゃ坊主で、そりゃあもう悪さばっかしてた。
田舎だからでかい警察署もなけりゃ駐在所のお巡りしかいなかったし、毎回怒られるだけで済んだしそれはそれで楽しかった。
町中の奴らは俺らをを軽蔑してたし、味方なんかいなかった。
俺らはいつも四人でつるんでて、その日も何か悪さしてやろうって話し合ってた。
Aが言った。
A『そーいや、山奥の湖にだけ四人で行ったことねぇよな』
俺『あー何か入れないようになってるよな』
Aが言う湖は、山道を登って下ってを繰り返してグネグネした道を進むと現れる湖。
大規模ではないがそこそこ広い湖で、本当に山に囲まれてるって感じの湖だった。
でもおかしな事にそこの中心には近づけないように金網がぐるっと湖を囲むように張り巡らせてある。
ガキの頃何度か足を運んだが、その時は『遊泳禁止』の意味の金網だと思っていたから、よほど深さがあるんだろうと誰も近づかなかった。
B『今日蒸し暑いしな〜湖で泳ぐか?』
笑いながらBは言うけど俺は正直乗り気じゃなかった。
C『こんな町ん中でたむろっててもしゃーねえしな!行こうぜ!』
俺達は一度悪乗りが始まると止まらない。
元々泳ぐのも得意じゃなかったし、不気味で嫌だったけど俺も渋々ついて行った。
A『浮輪いるか?』
俺をからかうAにいらねぇよ!と反発して山道を進む。
人が通るのもやっとぐらいの狭くて足場の悪い道。
もう何年も誰も近付いてないのか人の通った形跡はなかった。
俺『道合ってんのか?』
B『道なりに進めば着くよ』
暫く歩く。30分くらいかな。
ようやく道が拓けた。
A『見えた!金網だ!』
先頭を歩いていたAが走り出した。俺達も続く。
そして大分高さのある金網の前に立ち並んだ。
湖は青でもこけ塗れの緑でもなく、ただ黒かった。
風一つないじめっとした嫌な空気が流れる。
俺達はごくりと唾をのんだ。
B『ガキん時はこんな汚ねぇ色してなかった気がする』
A『まあ何年も経ってるしなあ、しかしごみだらけ』
確かに周りを見ると古びたゴミやら何やらが落ちている。
その時何だか俺は背筋がヒヤッとしたのを覚えてる。
C『近くまで行ってみようぜ!』
そう言うとCは金網をよじ登った。
足場が悪く金網のサビ臭い臭いが鼻についた。
Cに続いて金網を越える。
夏なのにひんやりした空気だし、夕方近くなのに虫の声があまり聞こえない。
B『ひゃーっ真っ黒だなあ!』
Bの言う通り、本当に黒かった。
墨でも入れてんじゃねえかってくらい。
俺達は木の棒で深さを確かめたり、石を投げたり調べ回ってみる。
いつの間にか日が暮れていた。
しかしおかしい。
少しの風が吹いても波が揺れない。
どろっとした液体をそのまま湖にしたって感じだ。
俺『なあ、暗くなってきたぞ、帰ろうぜ』
A『ビビってんのか?』
いつもなら冷やかしに反応する俺もその時は黙ってしまった。
C『大丈夫か?』
俺の異変に気付いたのかCが様子を窺ってきた。
俺『何かおかしくね?遊泳禁止とか看板もねえし』
C『金網の柵があるから別になくても良かったんじゃねーの?』
俺『いや、そーかも知れないけど…』
C『まあまあ、大丈夫だって!』
そう言ってCはペットボトルを湖に投げ捨てた。
その時だった。
風はないのに木々がいきなりザワザワと動き始める。
A『なっ何だあ?』
またヒヤッと背筋が冷たくなる。
B『…何か、聞こえる』
Bの言葉に俺達は耳を澄ます。
微かだが何かが聞こえる。
『オ……テ………ケ』
よく聞き取れない。
C『ふざけんな!冗談やめろ!洒落になんねえ!』
Cが怒鳴り散らす。
しかし無論俺達三人は誰一人言葉を発していない。
一層木々の揺れが激しくなる。俺達はパニクっていた。
B『あっ足音が…』
四方から足音が聞こえる。
ザッザッ…ズルッズルッ…
一人じゃない。
何人も何人もの足音が響いてくる。
だんだん近付いているようだ。
A『どっどうすんだよ!』
逃げ道がない。
音はどんどん近付いてくる。
怖くて腰がぬけそうだった。
C『おい…あれ』
Cがポカンと口を開けて湖を指を指す。
その方向を見た瞬間背筋が凍った。
湖の真ん中から半分顔が出ている。青白い顔に髪の毛で隠れていない右半分だけ出ている白い目。
白目の状態でこっちを見てる。
ひっと思わず声が出た。
相変わらず水は微動だせず、明らかにこの世の奴じゃない。
『オ…………テ……ケ』
声がさっきよりも大きくなる。
俺達はガクガク震えた。
ガシャンッ
追い討ちをかけるように突然金網が音を立てた。
ガシャンッ、ガシャンッ、
手で何度も金網を叩く音が四方八方から聞こえてきた。
C『ふっふざけんな!』
Cは木の棒を拾って湖に投げ付ける。
その『何か』は変わらずこっちを見ている。
怖かった。本気でヤバイと思った。
『イノ……オ……テ……ケ』
声が近くなる。
と同時にその『何か』はゆっくりと半分顔を出したままこっちに近付いてくる。
B『うっうわあああ!!!』
耐え切れなくなったBの悲鳴に俺達もびくっとする。
Bは入口付近に向かって走り出した。
俺達も必死で走る。
C『うわっ』
Cが転倒した。
俺は慌てて駆け寄る。
俺『はっ早く!!』
震える声でCを立たせようとした時、頭が真っ白になった。
Cの足元に伸びた白い手はCの足首をガッチリ掴んでいた。
背後には『何か』の顔が徐々に近付いてくる。
A『ぎゃあああ!!』
前方ではAの悲鳴と共に何かが落ちる鈍い音がした。
真っ暗で確認できない。
俺はもうだめだ、そう確信した。
不思議と力が入らなくなっていた。
『イノチ、オイテケ』
意識がなくなる直前に耳元で聞こえた不気味な声。
それは確かに女の声だった。
目が覚めると眩しい光りが見える。
『大丈夫か?』の声と共にその光りが懐中電灯だと解る。
あれ、生きてる?
俺は起き上がって周りを確認する。
そこはまだあの湖だった。
『何してんだお前らは』
近所のおっちゃんだ。
俺は一気にあの恐ろしい出来事を思い出した。
『Cは…?AやBも…』
錯乱する俺の肩に手を置きおっちゃんは静かに話し出した。
『今CとBは病院だ。Bは頭を打ってるし腕を骨折してる。金網よじ登って足滑らせて落ちたんだろ。Cに到ってはこの湖で溺れかけてた。命に別状はないが今治療受けてる最中だろう。Aも一応病院にいる。Aも震えててまともに話せそうにない状態だ。何があった?』
俺はおっちゃんに覚えてる限り全て話した。
『水が黒い?見てみろ、普通の湖だろうが』
おっちゃんがライトを照らすとどんよりした緑色の水が揺れていた。
俺がえ?何で?って顔をしてるとおっちゃんは淡々と話し始めた。
『この湖は悪い事する奴をお見通しなんだよ、そりゃ水神様の一種なんだ。水神様と言っても湖を守る霊みたいなもんだが、お前ら湖に何か投げたんだろ。それで怒っちまったんだよ。身を捧げた町娘がな。ここ一帯、まあ森ん中の幽霊達だって水神様には叶わねえって婆ちゃん達もよく言ってるしな。』
…はるか昔、この湖は水が大変綺麗で濁る様子もなく澄み切っていたし、万病にも効く魔法の水だと言われた事から神の住む湖として崇められていた。
毎年神の下でこの綺麗な湖を守れと言う理由で町娘が一年に一人、身を捧げて湖を守ってきたらしい。
つまり深い湖の底には骨がゴロゴロあるとか。
しかし時代は変わり湖は濁って行く一方。
昔似たような事件があったらしい。
俺達のように悪乗りした馬鹿達もこの湖に引きずり込まれそうになったと。
そこから金網を一面に張り巡らせ中には簡単に入れないようにしていたそうだ。
親がきちんと教えとけとも思うが子供に言うと逆に興味を持ってしまうことからあまり口外しないようにしていたらしい。
おっちゃんは俺達が湖への山道を入るのを見て何かやらかすのではと注意しようと追ってきたみたいだった。
俺は申し訳ない気持ちと安堵感で軽く泣いた。
その後は反省しておっちゃんと湖のゴミを全部拾った。(もちろん昼間)
Aも元に戻り、BとCも順調に回復した。
俺達はその日を境につるむのを辞めて、それぞれまあそれなりに更正してる。
今でも湖は、サビ臭い金網に守られている。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名係長さん
作者怖話