初夏の陽射しが眩しい頃、川のせせらぎと、蝉の声が心地好い。
そんな山間の田舎道を一台の車が走っていた。
『♪……side by side…♪If you gat……』
ピッ…
Fは車のオーディオを消すと、窓を開けた。
開け放たれた車の窓から、車内に涼しく心地好い風が入り込んでくる…
その風に起こされたかの様に、助手席でうたた寝していたSが目を開けた。
「ねぇ、ここどの辺り?」
「目的地まで半分位の所かな…」
「そっか。……この辺、いい景色だね。」
「だね。こういう場所ってなんか落ち着く。」
車の窓の外には晴々した青空と、浅い緑に染まった木々、そして澄んだ水が流れる川が広がっている。
……と、Fの目があるものを捉えた。
「何だ、あれ…」
「……………」
道に面した幅広な橋…
その上に立った真っ赤な大鳥居。鳥居の上には注連縄が巻いてあり、異様な雰囲気だ。
「何があるんだ?
神社かな……」
「ねぇ、私は…あまりあそこには近寄らない方がいいと思うんだけど…」
Sはそう言って、鳥居から目線を逸らす。
だが、Fの方はその異様な雰囲気の鳥居に強く興味を抱いたらしく、車を鳥居の架かる橋に向かわせた。
「ねぇ、F、お願い、引き返そうよ。」
「平気だよ。どうせ神社かなんかがあって終わりだよ。それに、隠れた観光名所かもしれないじゃん。」
橋の幅は5メートル程。
トラック2台がすれ違える位の幅がある。
鳥居の下をくぐる。
橋の向こうには、木々が覆い茂り、橋を過ぎた辺りから道幅は急に狭くなった。
舗装のされていない砂利道をしばらく走る。
2人は終始無言…
…と、辺りを囲んでいた木々が無くなり、視界が開ける。
「……………。」
「な、何だよ、これ?」
そこには、鳥居と同じ赤色の10数軒の家が道沿いに並び、そして奇妙なことに全ての家の玄関戸がF達の方、つまり、鳥居の架かった橋の方を向いていた。
「……気味悪いな。」
「だから言ったじゃん。
まだ間に合うから、引き返そうよ。」
Sはその場所をひどく怖がっている。
「降りてみようぜ。」
Fはそう言って車を降り、助手席側に歩いて助手席のドアを開け、Sに一緒に行こうと促した。
「少し見たらすぐ帰ろうね…」
「わかった。大丈夫。」
はっきり言って、こういうシチュエーションで男が言う大丈夫には何の根拠もない。
2人は一番近くにある一軒の家に…
「すみませ〜ん!こんにちわ〜」
中からは何の返答もない…
Fはドアノブに手をかける。…ドアに鍵は掛かっておらず、簡単に開いた。
家屋の中は閑散としていて、家具や生活用品さえも無い。空き家だから当たり前と言えばそうなのだが、それにしては掃除が行き届いてる様に見える。
まるで、誰かが定期的に掃除をしている様だ。
「………!?」
「えっ………!?」
家の玄関の真上、天井の辺りにあの赤い鳥居のミニチュアが無数にぶら下げられていた…
この異様な光景に2人とも言葉を失い、Fもさすがに何かが普通じゃないと気付きだす。
「S、早く出よう!」
FはSの手を握ると、とって返すように、家を後にしようとした。
その時、家の奥、おそらく居間かなにかがあるであろう場所付近から、何かが這いずる音が聴こえてきた…
「イヤ…………!」
SがFの手を振りほどいて、勢いよく家を飛び出した。
Fも慌て後を追う。
「何だよ!?何か見たのか!?」
「イヤ、もうヤだよ!!」
「わ、わかった。連れ出したりして悪かったよ。さぁ、早く車に………!?」
Fは自分の目を疑った。
F達が乗ってきた車は、たったの数分の内に錆だらけの廃車になっていた。
「何だこれ!?どういう事なんだ!?」
取り乱すSと目の前の錆び付いた自分の車をが、Fに恐怖を与える。
さらにFは、ある事に気付く。
さっきまで閉まっていた筈の家々のドアが全て開いている…
背筋に寒気が走る感覚をFが感じた瞬間、
「百足幻影鬼〜、百足幻影鬼〜」
それは何処からともなく聴こえてきた…
大勢の目に見えない何かが自分達に近付いて来る、とFは感じていた。
Sには何かが見えているらしく、目線をしきりに動かし、辺りを警戒している。
Sの顔が一気に青ざめた…
「…!?キャアアアア!!」
Sの体が何者かに引きずられているかのように、地面を滑っていく。
「S!!」
Fは急いで後を追った。
Sはかなり強い力で引っ張られている様子で、もがいてはいるものの、それは虚しい抵抗にしかなっていなかった。
Sを追って走ること数分…
Fの目の前に大きな屋敷が現れた。
屋敷の門は開け放たれ、まるでFを手招きしている様だ…
屋敷の門をくぐるF、
そのFを待っていたかの様に1人の僧侶が姿を見せる。
「よくぞおいでなさった。それにしてもお若いの、あんた大したモノを連れていたのぅ…」
きっとSの事を言っているのだとFには分かった。
「……大したモノだと!?
お前、Sをどうするつもりだ!?このエロ坊主!」
「エロ…!?。ま、まぁ、落ち着きなされ。大丈夫、彼女は今、脱力の経文を身体中に書いて、縄に縛ってある。」
「大丈夫じゃないだろ!?
ふざけてるのか!!?」
「スマン、スマン。説明が足りなかった様じゃな。
まぁよい、お若いの真実を見る勇気があるのなら、儂についてきなさい。」
「……………。」
そう言って、僧侶は屋敷の中へ歩き出した。
屋敷の中は長い廊下が一直線に続き、その両側に障子で仕切られた大部屋がいくつもある。
その内のひとつの部屋の前で、僧侶の足が止まる。
その部屋の障子には無数の呪縛符が貼られ、部屋の中からはSの声が…
「おのれぇ!!このクソ忌まわしい僧侶が!!出せ、私をここから出せー!!」
声はSのものだったが、何かが違っていた。
Fは何かが記憶の中に戻ってきた感覚に陥る。
僧侶が意味深な顔でFに言った…
「見てみるかね?」
「……はい」
僧侶は経文を唱えながらゆっくりと障子を開けた。
「………っな!?」
硬直したFの視線の先には、Sの顔をした巨大な蛇がもがいていた。
「な、何だ…あれ!」
「奴は百足幻影鬼(ヒャクソクゲンエイキ)。太古、やまたの大蛇が産み残した化け物じゃと言われておる…」
「……………」
今まで自分はこんな化け物と付き合っていた等と、考えたらFは言葉が出なかった。
黒い百足の甲冑を纏った白い大蛇…
それがSの真の姿だった…
「百足幻影鬼は人の心に巣食い、やがて実体になる…。こ奴はその実体になる一歩手前の状態…つまり、こ奴はまだあんたの心におる訳じゃ。」
「は?いや、だって…
俺はSと旅行してたんだ!
これは現実だ、認めたくは無いが。俺の心の中なんかじゃない!!」
「………うーむ、仕方ないのぅ。手荒い方法になってしまうが…これしかあるまい。」
そう言って、僧侶は経文を唱え出し、そのままFの顔に札を貼り、意味が解らず動揺するFの口に手を突っ込んだ。
「いはい(痛い)!いはい(痛い)!」
Fが叫ぶと、僧侶はFの口から手を抜いた。
「ってぇな!!何がしたいんだこの………!?」
「気付いたかの?」
「…!?嘘だろ、何で…」
Fの脳裏に記憶が甦る…
そうだ…俺は…
でも一体何で!?何でこんな事に!?
今、Fの目の前には、ゴミの溢れ返った汚い六畳間と、見たこともない大きさの白いムカデ、そしてそのムカデを杖で押さえつける1人の僧侶の姿がある。
「お若いの、ようこそ、現実の世界へ。」
「…………」
「そりゃあ、ショックが大きくて当然じゃな。何しろこんな場所がいきなり目の前に表れたのだからのぅ。」
Fの脳裏に激しい衝撃が走る。同時に、過去の真実がフラッシュバックする。
Fは、小学生の頃にイジメを受け、何とか中学までは進学したものの、そこでも再びイジメに遭い、人と関わる道から離脱したのだった…
以来、20数年。
Fはずっとここにいた…
そんなFに目をつけたのが、百足幻影鬼だった。
百足幻影鬼は、廃人寸前のFの弱った精神につけこみ、彼の理想の人生を彼に見せつけた。
そして、彼の心に寄生したのだ…
「俺は…、ただの引きこもりだったのか…」
Fの目には涙が溢れた。
その姿を見て、百足幻影鬼がFに言う…
「はっ、泣くのか?人間。貴様はこの私をこんな老いぼれ坊主に差し出しておいて、さらに自己の悲運を嘆こうてか!?」
「黙れ!!この虫けらが、よくも俺を騙したな…」
「騙す?違うな。貴様は私にそれを望んだ。だから、私は貴様の望む世界を貴様に与えたではないか?
貴様の命と引き換えになっ!!」
「だが、俺は死なない!
死ぬのはお前の方だ、百足幻影鬼!!」
「……っふ、面白い。
たかだか人間ごときが…」
百足幻影鬼がそう言った時、僧侶の杖が百足幻影鬼の胴体を真っ二つにした。
「お、おのれ…」
「百足幻影鬼よ、ここは現実。貴様の来るべき場所では無い。」
「ぐ、ぐぇ、ぉぉ!!」
百足幻影鬼は断末魔をあげながら、姿を消した…
「さぁて、お若いの。
儂の仕事はここまでじゃ。後はお主次第。
人間は、ついつい夢を見てしまう…。
それが夢だと認識できている内は良いが、ある時、現実と夢の境目が消えてしまうことがある。
人は、目に見えるものが真実だと思うが、目に見えない現実もあると言うことをしかと頭に入れておくがよかろう…
頑張って本当の世界で自分の理想を手にしてみなされ。」
そう言うと僧侶はFの部屋を後にした。
………しばらくぶりに外の世界へ出たFを待っていたのは、世間の冷たい対応だった。これまで無職で人と関わる事に苦手意識を抱いてしまっているFは、社会のお荷物でしかなかった…
Fの精神面はそんな社会に打ち負かされて、気が付けばFはまた部屋に籠りっきり…
散乱したごみ山の中で、寂しく理想の妄想に老け込むF…
…と、Fの背後で何かが動いた。
白いムカデが二匹。
いや、厳密には胴体が2分割されたムカデ。
そのムカデに瞬く間に黒い影が群がり、それを喰らい尽くす程の巨大な白蛇がどこからともなく姿を現し、影で黒くなったムカデを丸呑みした。
そして、それは次第に人の形を形成して行く…
「………F?」
「え!?S、Sじゃないか!」
「ただいま。ごめんね、心配かけて…」
「よかった、帰ってきてくれて…
けど、君は…」
「忘れて、あれは悪い夢だったの。あなたはあの僧侶に幻覚を見せられていたの。大丈夫、これからは私があなたを守るから…」
2人は熱い口づけを交わした。
さらに強くなる蝉の声が、完全な夏の訪れを知らせる。
山間の涼しい空気は、やはり心地がいい…
『♪…Im sick of living to still alive…♪』
ピッ…
Fは車のオーディオを消すと、窓を開けた。
開け放たれた車の窓から、車内に涼しく心地好い風が入り込んでくる…
その風に起こされたかの様に、助手席でうたた寝していたSが目を開けた。
「いい天気ね。」
「うん、やっぱりこういう場所って落ち着くな。」
「ふふ。旅行っていいよね…」
「いや、そうだけど何で?」
「ううん、何でもない。
けど、もう誰も邪魔できない…」
Sは薄笑みを浮かべて呟いた。
2人を乗せて走る車のトランクには、ムカデが群がった、物言わぬ僧侶の姿があった…
Thanks read my story.
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