私の職場はセルフ式ガソリンスタンドである。
先日来店した給油客の話。
その客が来店したのは午前4時だった。
黒い軽自動車。
そこかしこで見掛ける車種である。
私はモニターに目を向け、運転手が出てくるのを待っていた。
停車して3分くらい経過したであろうか…。だが、まだ出てくる気配はない。
よくあることである。
携帯でもいじっているのだろう…。
さして気にも留めずにモニターから目を離した。
目を離したのはほんの数秒…。再びモニターに目を向ける。
男が既に出てきていた。
なぜか給油機を操作しようとせずに、監視カメラを見上げている。
画面でだが、男と目が合った。
あちらは目が合ったことには気が付き様がないはずであるが、まるで察したかのようなタイミングで手を振りだした。
使い方が分からないのか…。そのときは、その程度にしか考えなかった。
私は、すぐさま駆け付け声をかける。
「いらっしゃ…」
思わず言葉に詰まった。
その男は私に背を向け、まだ監視カメラを見上げて一心不乱に手を振っている。
不気味なその姿から、思わず目を背けた。
視線は無意識に車の後部座席の窓に向いていた。
ウィンドウがゆっくりと降りていく…。
これは見てはいけない…。
本能的にそう思ったが遅かった。
無数の視線が私に向けられていた。
目だけだ。
他の顔のパーツは存在していない。
車内には無数の…様々な人間の目だけが蠢いていた。
声も出ない。
目も背けることができない。
体も動かせない。
そんな私に追い打ちを掛けるように、あの男の気配を横に感じる。
不快で異様な気配だ。
私の耳元に顔が来ている。
生温い息が私の耳に掛かる。
『…オマエの目も……よこせ』
その言葉と同時に私は気を失った。
目覚めたのは病院のベッドの上だった。
左目の眼球が潰れ、視力を失っていた。
私の左目もあの車に乗って彷徨っているのだろうか…。
そして、あの車窓から何を見ているのだろうか…。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話