不摂生のおかげで、腹から下が関取クラスになってしまった。
大関に昇進する前に何とか手を打つため、ウォーキングを始めることにした。
日中は仕事があるし、日差しが熱くて歩く気になれない。
時間帯は自然と夕方以降になっていき、不精な性格のせいか、九時以降にようやく外に出ることが多くなってきた。
コースは、コンビニやスーパーが点々と続く、片道一車線の県道沿い。
墓地の前を通るコースも考えたのだが、さすがに怖い。
安全かつ交通量が多すぎない、最適なコースだった。
県道沿いの店は、コンビニ以外は夜遅くには当然ながら閉まっている。
しかし、比較的新しいアパートや住宅が立ち並ぶため、景色は悪くないし怖くはなかった。
一週間ほど歩いていて、やけに古めかしい家があるのに気がついた。
ベージュの外壁に、扉は昔ながらのの赤茶けた木製。
ドアノブに簡単につけられた鍵。
何の植物かわからないが、蔓が伸びて支柱に絡まり、鬱蒼とした玄関。
玄関灯は黄ばんだ明かりを放ち、カバーの中に虫の黒い陰が見えた。
扉の前にはたくさんの植木鉢が置かれ、扉を開けると確実に倒れてしまいそうだった。
扉の上方に小さな磨り硝子ののぞき窓があったが、部屋の明かりがぼんやりと見えた。
一人暮らしの老人が住んでいるのかな、などと考えたながらその時は通り過ぎた。
その後、なかなか体重が減らないのと、梅雨時期で雨が降り続いていたこともあり、一週間ほどサボってしまった。
梅雨の合間に珍しく晴れて星が綺麗な夜、再び歩きに出た。
いつも通りのコース。
水たまりと、むっと湿った空気以外は、何の変わりもない。
件の家の前を通り過ぎた時、ふと異変を感じた。
赤茶けた扉の郵便受けに、まるで親の敵のように、これでもかと新聞がねじ込まれていた。
数枚、地面に落ちてしまっている
住人は旅行だろうか。
玄関灯も点いていなければ、磨り硝子の向こうも真っ暗だ。
ふと、扉の植木鉢に目が行く。
また、異変。
植木鉢の縁に何かが乗っている。
実?花?
人の手だった。
土の中から半分ほど覗いて、植木鉢の縁に指をかけている。
そんな馬鹿な……
いや確かに手だし指だ。
爪もある。割と綺麗な爪だ。
血の気はないが。
しばらくの間、奇妙な中腰のまま、口を開けて植木鉢を見つめていた。
頭の中で、これはなに?いや手だろう、とやけに冷静な自問自答を繰り返していた矢先、ふと視線というか気配を感じた。
固まった筋肉を何とか動かし、顔を上げる。
相変わらず薄暗い玄関、よくわからない植物の蔓、
磨り硝子の向こうに……
肌色の影。
人が、いる。
こっちを見ている。
微動だにせず。
考えてみれば、私の方が不審者だ。
よそ様の玄関先に突っ立っていれば、私が男性ならば完全にストーカーになる。
しかし、磨り硝子の向こうの人影の方が、何倍も不自然で不気味に思えた。
影は動かない。
私は動けない。
こういう場面に限って、一台の車も通らない。
しばらく睨み合った後、突然向かいの家が吠えた。
その瞬間、磨り硝子いっぱいに肌色が広がった。
ビタン!という衝撃でボロい扉がガタンと揺れる。
磨り硝子にびったりと顔を押し付けていた。
顔立ちは確認できる。
だが女性か男性か、若いのか年老いているのか判別出来ない。
あまりに強く顔を押しつけているため、鼻は押しつぶされ目元は朝青龍みたいになっていた。
ようやく金縛りの解けた私は、ひぇ〜いと間の抜けた悲鳴を上げ、全力ダッシュで自宅に帰った。
あれからコースを変更し、墓地の前を通っている。
怖くないといえば嘘になるが、墓地には扉がない。
のぞき窓から覗かれることはないだろうから。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話