おれには家族がいた。
高校生の息子1人と妻とおれの3人家族だ。
この息子ってのが、不良のまね事してるような奴で。
いつも悪さしては妻に心配かけ、気に入らない事があると妻に当たり散らしたりもして。
不器用なだけで、根はいい奴なんだ。
まぁこの頃のあいつは反抗期というか、そういう時期だったんだろうな。
おれは親父の代から続いてる工務店を経営してて、あまり息子にかまってやる事ができなかった。
寂しさからあんな風にスレちまったのかもしれない。
息子を見てると、まるで昔のおれを見てる様でさ。
血は争えないというか。
あのバカが何かやらかす度、おれはあいつをひっぱたいてさ。
でもおれだって殴りたくて殴ってた訳じゃない。
目に入れても痛くないくらいかわいい息子だ。
殴るおれの拳が痛い。
あいつを殴る度ズキンズキンするんだよ。
でも悪い事は悪い、筋通して真っ直ぐになれ、ってしっかり叱ってやんのが親‥というか大人の役目だろ?
どんなに嫌われてもな。
嫌われ役で上等だ。
それであいつが曲がりなりにも真っ直ぐなれるんなら、いくらでも嫌われてやる。
それが親父ってもんだ。
今の大人は叱る意義と愛情の意義をはき違えてる気がする。
でもそんなある日。
些細な言い争いで、あいつ出ていっちまってさ。
あのバカ、卒業後の進路を何も考えてなくてよ。
「やる事ないなら、うちの店やれ、何もしねぇでブラブラするのは許さねぇぞ」
「冗談じゃねぇ、こんな店誰が継ぐかよ。おれはおれの好きな様にやるんだ、親の指図は受けねぇ。放っといてくれ」
って。
放っとける訳ないだろうが、バカ野郎。
でも店を継げ、って言うより、心配だったんだよ。
そう、ただただ心配だったんだ。
あいつ、1日に経っても帰ってこなくてな。
妻は不安そうで、ずっとバカ息子の心配してた。
妻には、放っとけ、そのうち帰ってくる、って言ったんだが、おれがいてもたってもいられなくなっちまって。
町中探しに行ったんだ。
おれも少し言い過ぎた節があるしな。
汗だくになって探し回った。
ったくあのバカどこほっつき歩いてんだ。メシとかどうしてんだ?
何か事件に絡まれてないだろうな?
どこで何してる?
心配ばかりかけやがって‥。
だが、交差点に差し掛かった時、信号無視した大型トラックがおれに突っ込んできやがった。
ドンッ
グシャッ‥
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気づいた時、おれは変な場所にいた。
真っ暗な所だ。
遠く先に光が見える。
妻が泣いている。そして息子も。
その姿が見えている訳じゃないが、あいつらが悲しんでいる、という事が心に直接伝わる。
不思議な感じだ。
ここはあの世とこの世の境目だとなんとなくわかった。
‥―おれは死んだ。
あいつには親としてまだまだ教えなきゃ行けないことがたくさんある。
あいつの成長やこれからを、もう少しでいいから側で見続けたい。
学校を卒業して、仕事をして、結婚もいずれするだろう。
子供は何人できる?
お前はどんな父親に、どんな大人になってる?
もう少しでいいんだ。
少しだけでも傍らで見つめていたいんだ。
でもおれは死者。
そんなことは許されないだれだろう。
だから、おれは息子を向こう側で見守っていく事しかできないんだ。
息子が向こう側から歩いてきた。
なぜあいつがここへ?
ここは生と死の境界だぞ。
前途ある息子を、これ以上先へは行かせない。
親父として、それが最期の役目だとおれは悟った。
あいつは必死におれに泣きながら話しかけているが、何を言っているか聞こえなかった。
構わず、おれは色々な事を息子に話したよ。
「母さんを頼んだぞ」
「筋は通せ」
「自由に、お前の思うがままに生きろ」
でも、おれの言いたい事はこんな格好良い事なんかじゃないんだ。
“親父”として、“家族”として、お前に言いたい事があるんだ。
最期の最期まで自分の不器用さを恨んだよ。
妻の声があっち側から聞こえる。
息子の名を必死に呼ぶ声だ。
こんな場所へいつまでもいさせる訳には行かない。
「母さんが呼んでるぞ。早く戻ってやれ」
息子は何度も振り返りながら、トボトボ歩いていったよ。
―それからしばらくして、あいつはおれの店を継ぎ、結婚もして子供もできた。
いい嫁さんにかわいい子供に囲まれて幸せそうだ。
妻も今や祖母になり、孫に囲まれて嬉しそうだよ。
できれば‥おれも傍でその幸福を感じたかった。
それができないなら、せめてお前達をずっと見守っていくよ。
―あの時、お前に伝えられなかった事なんだが、許されるなら、今なら言える。
「お前は、おれみたいなクソジジイが親父で幸せだったか?
こんなクソジジイの息子で幸せだったか?
おれはお前の親父になれて幸せだった。
―ありがとう、バカ息子。」
怖い話投稿:ホラーテラー へいぽーさん
作者怖話
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