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中編6
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コロ

高校にあがるくらいまで犬を飼っていた。

どこにでもいるような柴犬で、名前はコロ。

名付け親は俺だった。小学生に上がってすぐの頃に、親父が突然、飼うといって連れて帰ってきたのだった。

名前の通り愛らしい犬で、ありきたりだが、兄弟の様に育った。

実家は田舎だったが、地元では少し名の知れた家だった。

幼いころは割と裕福に育てられた記憶がある。

ただ小学校高学年あたりから、商売が上手くいかなくなってきたらしく、家の雰囲気は荒んでいった。

そんな状況を言い訳にするわけではないが、中学くらいからよくない仲間とハメを外すようになってしまっていた。

そんな生活の中で、コロの相手をする事も随分へっていったが、たまに散歩に連れていった時の楽しさは今でも覚えている。

忘れもしない、あれは酷暑のひどい夏だった。

昨日までは晴天が続き夏らしい日々だったが、その日はどしゃ降りだった。

俺は、久しぶりに、仲間と会わずに、1日家で過ごしていた。

特に何をするでもなく、気付けばもう夕飯の時間だった。

家族で食卓を囲むのも久しぶりで、まあたまには悪くないかもしれないと思っていた。

だが、自分の部屋を出て居間にいったがだれもいなかった。

代わりにテーブルの上にはホットプレートと切り分けられ、皿に盛られた肉があった。

添えるようにして、今日は帰れないから、一人でこれを食べなさいというような母からの置き手紙があった。

(結局こんなかよ…)と思いつつも準備してあるので食べる事にしたが、肉しかない。

は?と思いながら、台所をさぐってみたが何もなく、その日は仕方なく、肉だけを焼き、食べて寝た。

翌朝まだ寝ていた俺をおこしにきたのは親父だった。

起きるなり、親父は、大事な話があるから、親父の部屋に来るように言った。

寝起きの俺は

「今話せばいいが」

とぶっきらぼうにいったが、親父は、

「大事な話だから部屋にこい」

と言ったきり、俺の部屋から出ていった。

仕方なく、俺は水だけ飲んで親父の部屋に行くことにした。

台所へ行き、蛇口をひねり、コップ一杯の水を飲み干して、はぁ、だりぃと思いながら行こうとしたが、やたら喉が渇くのを覚えた。

二杯、三杯と飲んでも渇くような感覚が抜けず、飲むことを繰り返していると、

「どんだけ飲んでも、かわらんから早くこい」

と、いつのまにか台所に来ていた親父に言われ部屋へついていった。

親父に急かされて、部屋についていくなり、親父は突然笑いだした。

は?何?と思いながら

「わけわからん、説明しろよ!」

と俺がイライラしながら言っても、親父は狂ったように笑うだけだった。

おかしくなったか?そう俺が思い始めた頃、急に真顔になって、いきなり話始めた。

「いや、やっぱり、さからえんかったな。悪かった。」

何の事か飲み込めないでいる俺に、親父は説明してくれた。

「お前も知ってる通り、うちはここらで長く暮らしてきた。どのくらいからここに、先祖がすみはじめたのかもしらんくらい長い歴史がある。」

「それなりに先祖の代から繁栄もしてるし、ありがたい事に大きな厄もない。でもな、なぜか跡継ぎが一代変わる事に必ず、衰退する。正確に言えば衰退しはじめる時が来る。」

「それが今でしょ。で?」と俺が相槌をうつと、

「まあ黙って聞け。今お前が言った通り、その通りだ。俺の親父も、爺さんも、多分その前の代にも同じような事があったはずだ。」

「ただ、今まで没落することなく、しっかり盛り返して続いている。なんでか分かるか?」

「いや、まずそんな歴史知らんし。」俺が言うと親父は、

「教えておくからよく覚えておけよ。うちの習慣、いや、しきたりの様な物だが、うちは没落が始まりだしたら、その時に、ある犠牲を払って凌ぐ。それは心血を注いで育てた物を贄として殺し、次代の跡継ぎの血肉とする事で、再び隆盛を得るという方法だ。」

そこまで聞いて、いやいやありえんだろ、と思い

「いや俺そんな覚悟ないし」

と言ったところで、また親父は話しだした。

「いや、お前はもう責任を果たしたんだよ。」

「お前には悪かったと思うが、昨日、晩に食べただろ。あれがお前の贄だ」

「は?」

「あれは、コロだ。一昨日、殺した。コロには悪い事をしたが、仕方がなかった。まあこれでうちは安泰だ」

聞いた瞬間は意味が分からなかった。

ただ冗談で言ってる様な雰囲気でもなく、何より冗談を言うような親父でも無いことは、息子の俺がよく知っていた。

俺は、弾かれる様に部屋を飛び出し、きっと嘘だと思いながら、外へ出て裏庭の犬小屋へ走っていた。

コロはいなかった。

首輪だけがただ犬小屋の奥に落ちていた。

首輪は鮮やかな革色だったはずなのに、どす黒く染まっていた。

理解した。殺されたんだと。

同時に俺は泣きながら吐いていた。ただひたすら吐いた。

収まりもつかず、吐いているうちに、親父に対して憤り、いや多分殺意だったと思う。そんな訳の分からない感情がわいていた。

何も考えず、ただ憎悪だけを抱いて、口も拭わず、親父の部屋へ向かっていた。

親父は先程とかわらず、真面目な顔でただ座っていた。

俺は気付いたら親父を殴っていた。

正直、あまり覚えていない。

ただ殴って、どれくらいそんなだったのか、気付けば自分の拳や足が痛くて俺は座りこんでいた。

「…気は…すんだか?なら、見てもらう物がある。」

親父は絞りだす様に言うと、テレビとビデオの電源を入れた。

俺は見た物を一生忘れないだろう。忘れる訳にはいかない。

コロが映っていた。犬小屋の中から出てきて尻尾を振っていた。

撮っているのは母親だろう。親父が映っていた。

親父は泣いていた。ただ立ち尽くし泣いていた。

コロは親父を心配してだろう、クゥーンとなんども鳴いていた。

いきなり場面が変わって何か黒い物が画面一杯に映っていた。

少しずつ遠ざかり、やっとそれがコロの鼻だと分かった。

コロは繋がれていた。

首輪をしたまま、足は結束バンドの様な物で拘束され、台の上に体ごと縛り付けられていた。

鳴けないようにだろう。口にはよく分からないカバーを付けられ、ひたすら唸っていた。

場所が自分の家の納屋であることに気付くのは時間がかかった。

カメラの手ぶれがひどかったからだ。

画面に親父が映っていた。

手にはノコギリを持っていた。

不意に何の前触れもなくノコギリがコロの首筋にあてがわれた。

いやな音がした。

ジチュっ、ジャリっ、形容は出来ない。

ただ、それまで唸っていたコロは人の奇声によくにた甲高い鳴き声で鳴いていた。

泣いていたんだと思う。

痛い!なんで!?痛い!って。

親父も泣きながらノコギリをひいていた。

切断されるのには随分と時間がかかっていた。

始め泣いていた画面の中の親父は、途中から

笑っていた。

ただ声もあげず、顔だけは笑っているように見えた。

俺は、もう訳がわからず、放心状態だった。

親父が言った。

「血肉となったコロはお前の中でいきる。コロの最後に感じた絶望、悲しみ、痛み、負の感情もお前の中でいきる。ただお前に対してはコロの憎しみは向かない。むしろお前を守り導く。向くのは一番近い血縁者であり、お前と同じ血を持つ者。」

「お前と血をわけた親である、俺であり、母さんだ。」

「ただ俺には憎しみは届かない。俺にもお前と同じように贄がいるからな。だが母さんは分からない。多分ダメだろう。俺の母さん、お前の婆さんもそうだったから。」

それから暫くして俺の母さんは死んだ。

車の事故だった。死に様は書かなくてもわかるだろうから書かない。

親父は今も上手くやっている。再婚はできなかったらしい。しなかったのだと思う。

俺は高校をでてからすぐに家をでて、今にいたる。

あれからもてるようになった。外見も人並みで学歴もないのに。

ただ遊ぶ気にはなれなかった。

自分が家庭を持つ、もし子供ができれば、同じ事を繰り返すかもしれないと思ったからだ。

ただ、今俺は結婚して妻がいる。

俺と付き合う前に、子供を流産し、子供の出来ない体だった。

それが結婚した理由ではない。お互いがお互いを必要としたんだと思う。

それでも避妊はしていた。

恐かったんだと思う。

でも子供ができたんだ。

俺はどうしたらいいんだろう。

怖い話投稿:ホラーテラー 豊さん  

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犬好きな俺にとってはきつい話だなぁ~
主人公の行く末も切ないし…

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