子供の頃の記憶で、やけに印象に残っている場面ってありませんか?でも、意外と、家族に話しても、誰も覚えてない時があります。
これは、私が体験した、記憶にまつわる、実話です。
私が、働き盛りだった頃の夏、お盆休みが取れたので、家族で私の実家に帰りました。
家に着くと、両親が笑顔で迎えてくれました。
孫と手をつなぎ、家の中に入っていく母の姿を見ていると、安心したのか、どっと疲れが襲ってきて、眠くなってきました。
「おふくろ、ちょっと寝ていいか?」
私が声をかけると、
「いいよ」
快活な声が返ってきました。
私は、久しぶりに、生まれ育った家の畳に体を広げ、そのまま深い眠りに落ちました。
気づくと、時計は午後四時を指し、カナカナゼミ(正式名称かどうか分かりませんが。
)が、優しく、柔らかい声で鳴いていました。
風もひんやりとしてきて、ちょうど良い涼しさです。
私は、トランプゲームをやっている娘たちをちらっと見て、そのまま外へ向かいました。
眠気覚ましと、なつかしい風景を見たかったからです。
私は、一本道の農道を進んでいきました。
すると、右手に墓地が見えました。
この墓地は、小さな山を削って作ったものでした。
この墓地を見ながら、私は、ふと、子供の頃の記憶を辿りました。
そうです、この墓地の隣に、小道があったんです。
私は、そっと、墓地の脇を覗きました。
ありました。
小道です。
小道は、ちょっとした上り坂になっています。
私は、何のためらいも無く、進んでいきました。
幼い頃の記憶に残っている・・・・。
この道の先には、小さな原っぱがあって、真ん中に、小さなお社(やしろ)がある・・・・。
ありました。
あったんです。
原っぱがあって、お社が残っていました。
私は嬉しくなり、ここで遊んだ記憶を鮮明に呼び戻しました。
同級生たちと鬼ごっこなんかをやって遊んだなぁ。
弟もいたな。
誰か泣かしたっけ?そんな楽しい記憶の中に、一人のおじいさんの姿がありました。
あぁ、そうだ。
俺たちが遊び終わって、帰る頃になると、あのおじいさんが飴を必ずくれたんだ・・・・。
あのおじいさん、このお社のそばに落ちている石に座って、笑顔で俺たちの遊んでいる姿を見ていたんだ。
私は急に、あのおじいさんに挨拶がしたくなって、昔お世話になった近所の方々に、訪ねて回ったんですが、誰もおじいさんのことを知らなかったんです。
私たちが遊んでいる姿は、皆覚えているのに、肝心のおじいさんのことは誰も思いだせない・・・・。
「まぁ、仕方ないか。
ここも過疎化して、高齢の方ばかりだからな・・・・。
俺の子供の頃なんて、うっすらとしか覚えてなんだろうな・・・・」
私は、肩を落として家へ帰ることにしました。
でも、なぜか、あの原っぱが気になって、もう一度、原っぱへ行きました。
御社があります。
私は、あのおじいさんがしていたように、お社の脇の石に、腰掛けました。
私は、急になんだか温かいものを、胸の内に感じて、涙を流しそうになりました。
よく分かりませんが、私は、あのおじいさんに、父のような大きさを感じていたのかもしれません。
しばらく、私はうつむいてぼーっとしていました。
しばらくして、ふと、自分の左側に目をやると、靴が見えます。
ぼろぼろの革靴です。
「え?」私は、半信半疑で、顔を上げました。
いたんです。
おじいさんが。
だぼだぼのズボンをはいて、汚いジャンパーを羽織り、はげ頭で、丸眼鏡・・・・。
おじいさんは、私と目が合うと、優しく微笑みました。
「おじいさん、久しぶり!」私は、おじいさんに声をかけましたが、おじいさんは何も言わず、颯爽と、小道を下って行きました。
「待って!!挨拶がしたいんです!」私が呼びかけ、おじいさんの姿を捉えようとするも、おじいさんはもう、いませんでした。
夕食が終わって、私は父と母に聞いてみました。
「ねぇ、俺たちさ、よく、お墓の上の原っぱで遊んだよね?」
「うん。
そうだね」
「でさ、その時、おじいさんいなかった?」
「えっ?おじいさん?」
「うん。
(おじいさんの服装、身長などを伝えた)」
「あら・・・・」
母の顔色が変わり、さっきまで酔って寝転んでいた父も、体を起こしました。
「あなた、あのおじいさん」
「ああ。
そうだな。
離れの○○さんだろ」
父が言いました。
「へぇ。
初耳だなぁ。
明日、そこに行って、挨拶してくるよ」
私が言うと、
「何言ってるの。
あのおじいさんは亡くなったのよ」
「は?」
「亡くなったのよ」
私は単純におかしいと思いました。
「おかしいよ」
「何が?」
「だって俺、さっき会ったぞ・・・・」
「そんなこと・・・・無いわよ。
だって、八年前くらいに亡くなってるのよ、あのおじいさん」
父が口をはさみます。
「だいたい何でおまえが離れのじいさんのこと知ってるんだ。
」
「さっきも言っただろ、原っぱにいたって」
「馬鹿。
何言ってるんだよ、この男は」
父に軽く受け流され、私は何も言い返せませんでした。
「とりあえず、明日、花束とお線香持って行きなさい」
「だから、死んでないって!」
「いいから、一応」
「一応とかじゃなくて!!八年前とかほんと勘違いじゃないの?」
父がテレビをつけ、この言い争いは、うやむやのうちに終わりました。
次の日の早朝。
私は、散歩に出かけました。
すると、玄関に花束とお線香が。
「ライター、自分の持ってるよね?」
「はぁ・・・・」
私は、ここまで用意してくれた母に悪い気がして、仕方なく花束とお線香を持っていきました。
お墓に着きました。
迎えが済んだのでしょう。
どのお墓にも、花が手向けられています。
私は、その小さな墓地に入っていき、おじいさんの名前を探しましたが、そのようなお墓は、どこにもありませんでした。
「やっぱり、生きてる」
私は、何を思ったのか、その後、またあの原っぱへ行きました。
小道を進んで行き、原っぱが見えました。
「おじいさん、また来ているかもしれない・・・・」私は、辺りを見回しました。
原っぱが広がり、その真ん中に小さなお社が・・・・。
「ん?」違うんです。
お社じゃないんです。
真ん中に立ってるの、お社じゃないんです。
私は目を凝らしてよーく見ました。
それ、お社じゃなくて、お墓だったんです。
私は、もう、何も考えられなくなって、お墓の前に立ちました。
古い石のお墓。
汚れが染み付き、苔まで張っています。
でも、しっかりと、おじいさんの名前が刻んでありました。
私は「こんなはずじゃない!あの原っぱの真ん中には、御社があって、みんなで遊んだんだ!!」と必死で思いながら、花束とお線香をその場に落とし、家まで駆けていきました。
そして、玄関を開けて、母に向かって大声を上げました。
「どういうこと!?」
「何?」
「原っぱだよ・・・・何で、何でお墓があるの!?」
「花束とお線香あげて・・・・」
「何で!!」
静まり返りました。
「亡くなったからよ」
「八年前に?嘘だ。
勘違いだ。
俺はおじいさんにあったんだ」
また、静まり返りました。
そして、ようやく母が口を開きました。
「あなた・・・・何か勘違いしてない?」
「な・・・何を?」
「おじいさんが亡くなったのはね、あなたが生まれる八年前よ」
私は硬直してしまいました。
おそらく、あのおじいさん、私たちが遊んでいたあの時から、もうこの世の人じゃ無かったんですよね・・・・。
記憶って不思議です。
あの時、私の記憶の中に、あのおじいさんの姿がはっきりと、鮮明に、残っていたんですから。
怖い話投稿:ホラーテラー かたりやさん
作者怖話