真夏の熱帯夜にまぎれて夜逃げ同然に引っ越し…
幽霊が出ようが出まいが、とにかく安く、債権者に見つかりにくい部屋を探してもらったんだ…
実際に家賃はタダ同然、トイレは今時ボットンだし、階下の住人のテレビの音まで聞こえる部屋。
場所が特定されると困るので詳しくは書かないけど、都内23区内で家賃は1万5千円。この辺の駐車場相場が3万円くらいらしい。
これからはここに親子3人、息をひそめて暮らすんだ…。
そのアパートでの最初の晩…
この熱帯夜にも関わらず、当然クーラーはなし。ぼろい扇風機がカラン、カランと力なくまわっている。
気にしないように努めていても便所から漂ってくる悪臭。
いったいどんなヤツが暮らしてたんだ、こんな部屋?
人として最下層に墜ちてしまったんだなぁ。
暑くて寝付けないので、夜中までそんな事を考えていた……
そのうち、呻くような声が聞こえてきたんだ。
「タスケテ! タスケテヨ!」
耳を澄まさないと聞こえない程度の声だが、女の声で…
「タスケテ! タスケテヨ!」
確かに聞こえる。
隣人の寝言かなんかかと思ったが、あきらかに部屋の中っぽい…
家内の様子を見ると、明らかに寝ている。
息子も寝苦しそうにしてはいるものの間違いなく寝ているようだ。
部屋の隅に黒っぽい影のようなものが蠢いているのが見える…
ところが、どうやらその晩はそのまま寝てしまったらしい。
引っ越したばかりで気がたかぶっているんだ…と思うことにした。
身体がやけにだるかったが、きっと扇風機が直撃していたからなんだろう…
ところがその晩…
「助けろよ!!」
今度は、ドスの聞いた男の声だ…
「助けろよ!! 助けろよ!!」
昨日よりハッキリ聞こえる。
もちろんこの部屋の中だ。
その晩は家内もガバッと飛び起きた。
目を丸くしてオレを見ている…
「アナタ、どうかしたのっ!?」
なにが…?
「助けろよ~っ!!」
自分自身、信じがたいことだが、その声はオレの口から発せられていた。
ちなみにオレの普段の声は男にしては高音、ドスなんかきいてない。
後で家内に聞いた話しでは、汗まみれで涙をダラダラ流していたらしい。
俺自身、意識はあるのに口が勝手に動いているみたいな感じなんだ。
しかも昨晩なんか女の声だぜ?
でも今思い返してみると、自分の意志と関係なく口だけは動いていたような…
昨日見えた部屋の隅の黒っぽい影は、今ではハッキリ人に見える。
男と女が目を剥きだして、オレ達家族をを覗きこんでいる……
あきらかにヤバい部屋だが、
引っ越すことも出来ずに毎晩怯えているだけだ………
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話