最初に。これはイギリスの昔話です。しかもオチなし。
オチがないと嫌な方、新作しか受け付けない方、理屈が通らないと嫌な方、民話の類が嫌いな方はスルーして下さい。
人口に膾炙した話ではないと思いますが、本で知ったのでご存じの方はいるはずです。
あらすじのうろ覚えから書きだしたので文章の拙さと間違いがあったらワタクシめのせいです(現在、載っていた本は絶版の模様)。訳者が怖い話に入れていなかったくらいの話ですが、他の話と比べて異質な雰囲気を持っていたので個人的に印象深かった話でした。
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子供がいた。
子供は母親と小さな家で暮らしていた。
子供の父親は、遠い国に旅に出ている。そう母親は言っていた。
辺鄙な田舎に住んでいて、見渡せる範囲に人家はなく、荒涼とした平原ばかり。
娯楽もなく、人の行き来も容易でなかったから子供は退屈していた。
ある日子供は平原で、見慣れぬひとりの娘がいるのに気づいた。
娘は太鼓を持っている。
物珍しくて、子供は娘に近づいた。
娘はちらと子供を見たが、さほど気に留める様子でもなく、太鼓を叩きはじめた。
するとどのようなからくりなのか、一対の男女が太鼓から飛び出した。
親指ほどの小さな男女が、太鼓のまわりでとんとん踊る。その見事なこと。
子供はこの太鼓が欲しくなって、娘に太鼓を譲ってほしいとねだった。
― 駄目よ。でもどうしても、というなら考えてあげないこともないわ。
娘は言った。
― うんと悪い子になりなさいな。それから、私と太鼓のことは誰にも言わないこと。
太鼓が欲しかった子供は言われたとおりにすると約束した。
家に帰った子供は「悪い子」になった。
母親の言うことを聞かない。物を壊す。服を汚す。
何から何まで母親の望むことに逆らった。
女手ひとつで子供を育ててきた母親は悲しい顔をしていた。
このようにしてしばらく過ぎて、子供は再び娘に会った。
― 言われたとおり悪い子になったよ。太鼓をもらえる?
娘は答えた。
― そうね、あんたは悪い子だった。でもまだまだ足りないわ。
その日から子供はもっと悪い子になった。
飼っていた犬を棒で打ちすえたり、母親を罵ったり。
挙句の果てに母親を殴ったり蹴ったりするようになった。
母親は目に涙を浮かべてこう言った。
― あなたがこんな事を続けるならば、お母さんはお父さんを探して、
遠い遠い国まで行ってしまうよ。お母さんが行ってしまったら、
ガラスの目玉と木のシッポを持ったお母さんが来るよ。
子供は構わず、母親を傷つけるのをやめなかった。
それからさらにしばらく経ったある日の夕方、子供は例の娘に会った。
その日、娘が太鼓を持っていなかったので子供は聞いた。
― 太鼓はどうしたの?
― 太鼓はどこかになくしてしまったよ。
― でも、言われたとおり悪い子になったんだよ。
すると娘はにんまり嗤ってこう言った。
― そう、あんたはとても悪い子だったわね。
それであんたのお母さんは、お父さんを探しに遠い国まで行ってしまったわ。
かわりに来たわよ、ガラスの目玉と木のシッポの母親が。
子供は怖くなって家に駆け戻った。
明日になったらいい子になろう、母親に謝ろう、そう心に決めて。
家に着いた時、既に日は暮れ、家の中から明かりがもれていた。
曇った窓から子供が覗くと
暖炉の前に誰かが立っているのが見えた。
暖炉の明かりにガラスの目玉がきらきら光り、
木のシッポがゆっくり床を叩く音がした。
ぱたん
ぱたん
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話