(魔がさして無謀にも初創作。長めなうえに古典的ベタで拙いですが、時間のある方はどうぞ。)
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200■年8月、■■山に夏季休暇で登山中の大学生3名(以下便宜上ABCと略す)が夜になっても下山しなかったため、翌日に家族より捜索願が提出された。
遭難事故として捜索隊が編成され、捜索開始7日後に通常のハイキングコースから大きく外れた山中にリュックサック(家族によりBのものと確認されている)が放置されているのが確認された。3人の安否はまだ不明である。
リュックサックの下には以下に提示した、遭難後の記録らしきものが挟み込んであり(これは市販の地図裏面に記載され、Aの手によると考えられた)、幾分不可解な点はあるものの今回の遭難事故の原因究明に役立つと考えられている。
■■山は標高は低くハイキングコースとして中高年の登山者も増えているが、装備や準備の不足で途中で動けなくなる例や遭難に至る事例も発生している。
「200■年8月■日
どこから書けばよいのかわからないが、記録しないよりましだろう。最悪の事態に至ってもこの紙が見つかれば何があったか伝えることはできる。
まずB、Cの家族には本当に申し訳ない。自分がこの山への登山など提案しなければ良かったと思う。ただ本当に、家族連れもハイキングに来る程度の山でこんな目に合うとは思っていなかった。
登山を開始したのは一昨日の昼食後だったから12:30あたりと記憶している。
5時間程度のハイキングコースに沿って行くつもりだった。登山口でパンフレットは入手していたが、道なりに行けばいいやと思ってろくに地図や標識も見ず、馬鹿な話をしながらふざけて歩いていた。今から思えばそれが間違いだった。
曇っていて時折霧も発生していたものの、まだこの時点では視界が悪くなるほどではなかったから油断してしまったのだろう。
どうも変だと気付いたのが山に入って3時間ほど過ぎた時だった。
最初のころは似たような登山客に時々出くわしたのに、人の気配を感じない。
後ろに付いてきていたBが
「ハイキングコースにしては道が狭くないか」と言い出した。
山だからそういうものだと自分は思っていたが、言われてみるとそんな気もした。
ただ、前方を見れば細く道はあるし、まあ大丈夫だろう、もう少し進んでみようと言ってしまった。
あの時にすぐ引き返していれば。
30分ほどそのまま歩いてみたが、だんだんと道の状態は悪化していき、明らかに狭く、けもの道じみてきた。
さすがに自分も、楽観的な性格のCまでも不安になってきていた。
ひとまず一度止まって地図を再確認しようと引っ張り出したが、よくわからない。
ただ、パンフレットに目印となるポイントがいくつか載っており、本来ならばこの時間には別の(中高年登山者が利用する一番楽なタイプの)ハイキングコースと交差する点を通過しているはずだった。
慌てて磁石を出してみたら、本来コースは北西方向を目指すはずなのに、目の前の細い道はどう見ても東方向。
完全に迷った、とここで初めて認識した。
しばらく3人とも呆然とした。
霧が少し濃くなってきており、視界が悪くなってきていたことが余計不安を強くした。
そのときCが変な声を上げて腰かけていた石から飛び上がったのでぎょっとした。
「お地蔵様の上に座ってた」とCが言ったのでよく見ると、確かにところどころ苔の生えた石の表面に浮き彫りで二体寄り添う人物のようなものが見える。
後ろからBが覗きこんで「地蔵じゃなくて道祖神だと思う」と修正してきた。
何でも道の分岐点とか峠とかに置かれる守り神のようなものらしく、夫婦の像など描かれることが多いのだという。
Bの田舎にはまだ似たようなものがぽつぽつ残っているとか。
「もしかして、この道は昔使われていた道なんじゃないか」とBが言った。
いわゆる「古道」というやつではないか、と。
どうやらどこかで入り込んで、なまじ道の体裁をしていたから気付かなかったようだ。
とにかく元の道を戻ろうと再び歩き始めたのが16:00ちょうど。
ところが、そう簡単に戻れそうにないことがほどなく判った。
視界が霧でさらに悪くなっていたうえ、来たはずの細い道はわかりにくくなっていたから。もしや、と携帯電話を取り出したが、圏外。電波が通じないならGPSもあてにならないとCに言われてますます気が滅入った。
それから2時間ほど歩いたが、ハイキングコースに合流する気配はなかった。
まわりが暗くなってきており、「遭難」の2文字が浮かんだ。
繊細なたちのBは泣きそうな顔をしていたし、自分もCも疲れていた。
夜の山中を歩きまわれば危険なのは目に見えていたから、日がおちたら動かずに野宿しようと覚悟を決めた。遭難事故とわかれば探してくれるだろうと期待もして。
もともとハイキング程度の気持ちだったからたいした装備はなかったが、懐中電灯とライターくらいなら持参していたし、菓子やミネラルウォーターの持ち合わせもあった。
このころになると当初よりは開き直って、みんな少し落ち着きを取り戻していた。
寝袋もない状態で地べたに寝たが、疲れていたから比較的早く寝入ったように思う。
何時くらいだったかはよく覚えていないが、Bに軽く叩かれて目が覚めた。
まだ真っ暗だったので何でこんな時間に起こすのかと文句を言おうとして、Bがカタカタ震えているのに気がついた。喋ろうとしたら口を手で抑えられ、小声でまわりの音を聴くように言ってきた。先に起こされていたらしく、Cも起き上がっている気配がした。
ここから先のことは正確な事実なのか、どうにも自信がもてない。
深夜の山の中なのに、人の声がした。
いや、正確に言えば唄。女の子のような細く澄んだ声で、節が付いていた。
これはあくまで自分の主観であり、偶然反復するメロディーのように聞こえた、単なる音の羅列に意味を見出したのにすぎないのかもしれない。
だがその時は反射的に唄だ、と思い、その声は繰り返しこう唄っているように聞こえた。
― ひいふのみっつ ななやこと
ひとつくちなし ふたつにめなし
みっつみやまのみみなぐさ。
ひいふのみっつ ななやこにじゅう
くちなしめなしがなぜここござる。
みやまのみさきにかりもした。
まなこかがちに みみさおじかに
こえをかりたるほととぎす。
ひいふのみっつ ななやこさんじゅ
まなこくりぬけ みみたちおとせ
うたうのどならつぶしやれ。
かりたものならかえさにゃすまぬ
いなやともうさばくびをきる。
数え唄に似ていた。
書き出してみると改めて何となく気味が悪い。
Bは歯が鳴るほど震えていたし、Cも「何?お化け?」と呟いていた。
自分が聞いただけなら空耳で済ませただろうが、3人が聞いていたのだからそこに何らかの音は確かにあったのだと思う。
自分はお化けを信じないたちだが、例え本物の人間がいたとしてもこの状況はまともじゃない。そのほうがむしろ怖かったから、動物の声か何かがそう聞こえるだけだと自身に言い聞かせた。
この状況はかなり長く感じたが、唄はいつのまにか聞こえなくなった。
そして自分はまた眠ってしまったらしい。
翌朝は霧雨で、夏とは思えない肌寒さだった。
Bはあのあと結局眠れなかったらしく、顔色は悪いは、目は赤いはで傍目に見ても調子が悪そうだった。無理して移動すべきじゃなかったのかもしれないが、どうにも昨日のことが薄気味悪くて、早くその場を離れたかった。
一番ふらふらしているBが遅れないように、自分が前、Cが後ろで挟んで歩いていたのに、
途中、坂道のぬかるみでBがピンポイントで転倒してしまったのは運が悪かったとしか言いようがない。
自分も後ろで転んだBの片足があたってつられて転倒したが、すりむいた程度。
だがBは、片足をひどくひねった上に、脛も石にぶつけてしまったらしく、その部分に深い傷を負ってしまった(肉がえぐれて一部骨が見えていた)。
傷のほうは止血さえすれば歩けたかもしれない。
だがひねった足首がはれ上がり、一瞬体重がかかっただけでひどく痛がった。
とても自力で下山できる状況ではないと悟って、最悪の事態に自分もCも今度こそ足腰の力がぬけそうになったが、皮肉にもその状況を変えたのは怪我をしたBだった。
Bは痛みで歩けないとわかった途端、大声で泣き出してわけのわからないことを言った。
「ダメだ、この山から出られない・・・きっと僕たちも数えられたんだ、もう山のものになっているんだ・・」
これはまずい、Bは精神的に追い詰められている。
自分とCが落ち着いて何とかしなければいけない。そう思って逆に冷静になった。
とにかく一人が何としても下山、もしくは携帯の電波の届くところまで行って助けを呼ばなければならなかった。
健脚のCが下山の役目を負った。
現在位置がわからなかったから3人の持っていたハンカチやタオルをひも状に切って数mごとに印をつけて下山する約束をした。
ここでさらにひとつ問題が発覚する。
ふた手にわかれるにあたってお互いの手持ちのものを確認したのだが、自分とCのコンパスが全然違う方向を向いていた(Bはコンパスを持っていなかった)。
どちらかのコンパスが何かで狂ったのだろうが、これで方向すらあてに出来なくなってしまった。このことはBを不安にさせないため、Bには黙っていることにした。
Cが出発してから、持っていた水でBの傷を洗い、応急手当をした。
作業の間、泣きじゃくっていたBもだんだん落ち着いてきて、まともに話ができるようになってきた。雨が止み、少し晴れ間も見えたのでほっとしたのかもしれない。
先刻のわけのわからない発言についても説明を聞くことができた。
Bの田舎は昔ながらの習慣を律儀に守っている人がまだ多い、その土地ながらの俗信も色濃く残っているような地域らしい。
その中で特定の日(いつかはBも知らなかったが)には山に入ってはならないという言い伝えがあるのだとBは言った。
山の神様が山にある木々を数える日だから、その場にうっかり人間が入り込むと一緒に数えこまれて木にされてしまうのだとか。
勿論Bは普段そんなことを信じてはいなかったが、昨夜の変な出来事があって、それをとっさに思い出してパニックになってしまったのだそうだ。
そんなことを言ったらこの時代、特定の日に大量の山岳遭難事故が発生するはずだろうとBに説教したが、あんまり納得していない様子だった。
こちらまで迷信じみた気持ちになるから聞かなければ良かったと後で後悔した。
その日、ずっとその位置で待ったが、Cが無事下山できたかは知る術もなかった。
Cが単独でさらに山の奥まで迷いこんでいるのではないかと考えたり、飲料水や菓子の残りが少ないことが今後の不安を掻き立てたが、隣で何も言わずうつむいているBを見ると不安は口に出せなかった。
そしてその数時間後、つまり昨夕だが・・・Bがいなくなった。
これまでのことがあったから、眠らないつもりでずっとBのそばにいた。
Bを不安がらせないためと、自分がBを見張る必要性とを感じていたから。
日が暮れるにしたがって、これまでおちついていたBがそわそわしだしたので尚更だった。
昼間は寝不足でとろんとした目をしていたのに、目がぎらぎらする感じになって、それが夕刻の赤い光と、薄暗くなっていく状況と加わって正直怖かった。
Bは夕方が近くなってから一言も喋らなくなっていたが、突然ぼそっと
「行かなきゃ」とつぶやき立ち上がった。
どこに行くのかと自分が訊くのにも答えずふらふら木立の奥に歩いていこうとする。
唖然とした、昼間は一歩も動けないくらい足を痛がっていたのに・・。
すぐ引きとめるべきだったのだろう、多分Bは極限状態でおかしくなっていたのだ。
だが目の前の異常事態にこちらの足がすくんで動けなかった。
待てと、少しおかしいのではないかと、そう叫ぶので精一杯だった。
そして次の瞬間、ぞっとした。
―ひいふのみっつ ななやこさんじゅ
昨夜聞いた、あのか細い唄声が木立の奥から聞こえていたのだ。
目を凝らしても木立の奥は真っ暗で何も見えなかった。
―まなこくりぬけ みみたちおとせ
それでも声は非常にはっきり聞こえ、頭の中に突き刺さるように感じた。
Bはこちらを振り向いたが、不自然に、にやにや嗤っていた。
目が完全に、正気じゃなかった。
「おかしくなんか、ないよ?」
「かえすものは、かえさなきゃ。」
それがBの言葉を聞いた最後。
自分はそのまま失神してしまったらしい。
気がついたら朝になっていた。
Bの名を呼んであたり一帯を探したが、見つからなかった。
あの足の怪我で長距離を移動できるはずはないのだが。
さっきCのあとを追って木の目印をたどってみたが、途中でふっつり目印が途絶えていた。
最初作ったひもの数をオーバーしてはいないから、Cに何かあったのではないかと心配だ。
これから遭難後3日目の夜を迎えることになる。
菓子はまだ少し残っているが飲料水がほとんどなく、留まり続けることは困難だ。
明日になれば沢を探すか、下山を試みるか、なんらかの行動をおこさなくてはならない。
Cがもし助けを連れて無事に戻ってきてくれたときに備え、このままBの荷物とこの記録はここに残そうと思う。
そして、もしまたあの唄が聞こえてきたら。
あれが何なのかいまだにわからないし、唄と認めるのも納得いかないが、
Bはあの唄の方向に向かっていった。
あるいはわざと唄の方向に行ってみたらBを探せるかもしれない。
だから唄が聞こえたらそっちに行ってみようと思う。
むしろ、行かなくてはいけない気がする。 」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話