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中編7
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おばけの家

以前に“私の知人を紹介します”を投稿した者です。

思ったより長文になりました。

苦手な方はスルーでお願いします。

私が仕事仲間で友達のKに、初めてタイ国に連れて行かれた時の話をします。

この国は古いものと新しいものが入り乱れててなかなか面白い国で、私のお気に入りです。

空港に降り立ち、国内線に乗り継ぐ為の移動中、聞き慣れない言葉を耳にすると、(あぁ…外国に来たんだなぁ。)と、感じた。

急いで国内線まで移動したのにも拘わらず、飛行機の出発に1時間以上遅れて、結局3時間程ロビーで足止めをされた後、飛行機に乗って1時間程で目的地に到着した。

空港を出ると1人の女性が笑顔で近寄ってきて、鼻の前で合掌すると「こんにちは。」と、日本語で出迎えてくれた。

異国の人とはいえK以外から聞く久し振りの日本語は、気が張っていた私の心を和ました。

Kは彼女に私を紹介すると、私に彼女の事を簡単に紹介してくれた。

彼女の名前は“ノン”。26才の笑顔の可愛い女性だ。日本で働いていたが不法滞在で捕まり、1年ちょっと前に帰ってきたと言った。Kは、「あとは追々自分の眼で見てくれ 。」と言い、彼女から鍵を受け取ると、駐車場に向かい運転席に乗り込んだ。

私はノンに助手席に乗るように勧められた。後部座席に座ったノンに、

「随分待ったでしょ?ごめんね。」と、Kは声を掛けた。

「メイペンライ!(大丈夫)」と、笑顔で答えるノンの言葉を聞き、『この国の人達は何事も「メイペンライ(大丈夫)」と言い済ましてくれる、言葉が示す通り大らかな気質の人達です。うんたらかんたら…』と、ドコかで読んだ本の中で紹介していたのを思い出した。

暫く話している2人をよそに、少し疲れた体をシートに預け、初めて見る街の灯りをぼんやり眺めていると、後部座席から前に身体を乗り出したノンがふいに…「ホントに“おばけの家”に行くの?」と、聞いてきた。

「………………は??」と、何の事かサッパリ分からずKの方を見ると、

「僕の家の事だよ。」と、笑ってみせた。

「あの家はホントにヤバいよ…みんな言ってる。私の家を使えばいい。家族もいるし安心だよ。」と、言ってくれたノンに…

「メイペンライ!」と、Kは笑顔で答えた。

イヤイヤ…大丈夫じゃないですよ。あなたタイ人じゃないですから。しかも“大らか”というより“大雑把”な上、“KY”ですから。…そう言いたい言葉を飲み込んだ。

空港から街の中心街を抜け、ノンの住む集落の町までの間、“おばけ”成るものの噂を真剣に話すノン。ノンの話では、夜になると誰もいない筈の家の中を、何かを探すように得体の知れないモノがウロウロとさ迷っているらしいのだ。

「はははっ」と、笑い飛ばすK。不安に追い討ちをかけられ無口になる私。車はいつしか街灯の無い綺麗に舗装された道に差し掛かっていた。

暗闇の中走るとすぐに明かりの灯る家が見えた。ノンが昼間に来て電気を点けていてくれたようだ。その家に続く固い土の道を入っていく。周りには暗闇が広がるだけで、家どころか影になりそうなものさえ無い。昼間に気付いたが、畑と溜池が広がっているだけだった。

車を門の前に停めて外に出る。周りを塀で囲まれた、小さいながらも2階建ての綺麗な白い家があった。

ノンにこの家の事を聞いていなければ、暖かい光の漏れるこの家で快適に過ごせる筈だった。“おばけ”の話を聞いた為、暗闇に白く浮き上がる家は、妖しく……見えなかった。

ノンの話が多少大きく言っていたとしても、ノンの住む集落や、周りにある他の集落では、結構有名な筈であろうこの家。にも拘わらず、この家からは“おばけ”といった類のものが感じられなかった。

それどころか、何も感じられなかった。生活感とかとはまた別のモノ…家というものには、大なり小なり何か感じるものだ。それが善いものか悪いものかは別として…。何も感じられ無さ過ぎるこの家に、私は変な違和感?…というよりも、異世界が目の前にあるような気がした。

門を開けて玄関の両開きのガラス扉を開けてると、

「帰るねー、明日の朝くるよー。」と、言いノンは予め用意していたバイクにまたがり、そそくさと帰っていってしまった。

家に入るとタイル張りの玄関とリビングの一体式の部屋、正面にはかなり広めの階段。階段は2段式で1段上がると折り返しているタイプの階段だ。その1段目の壁には光が入るように、大きめの格子で枠取られたガラス窓が入っている。

「あっちにキッチンとシャワー。」…そう言うと、階段を上るKに私も続いた。

階段を上がると3つの扉。

「正面はシャワーとトイレ、左右は同じ部屋。どっちを使ってもいいよ。」と、Kは説明した。

左の部屋の扉を開け、荷物を置くと、向こうの扉が閉まる音が聞こえた。扉を開けるとKが階段を下りていたので、金魚の糞のように、私はその後を着いていった。

何か言いたげな私を察したのか、

「もう気付いているみたいだけど…この家に“おばけ”なんかいないよ。」と、Kは言った。

「そうだろねぇ。そんなモノ感じないもの…でも何でそんな噂が流れたんだ?」と、不思議に思う私に対して、

「僕が流した噂だからね。」と、ニヤッと笑ってみせた。

ポカンとする私に、昼間はノンとかが来て、掃除など管理してくれている。日が沈む前には警察がパトロールも兼ねて、この家にも来てくれる。当然お金は渡してるけどね。田舎とはいえ、治安はそんなに良い訳じゃないからね。夜はどうしようかな?って考えて、この国の人達の信心深さに期待して、おばけに任せる事にした。…と、説明してくれた。

(なんて罰当たりな事を…)と、思いつつKがやる事だからと変に納得した。しかし、私がこの家に感じた違和感?…みたいなもの。凹凸が形作る暗闇の中に、針を通したかのように空いた小さい穴。小さいながらも“そこに在る。”と、感じる存在感。コレって何だろ?

その事を聞いたKは、「やっぱり君は面白いなぁ。」と、言い…部屋の隅から持ってきたクッションを階段の前に置き床に座った。

私もKに言われるまま、玄関の前に置かれたクッションに座る。

「こういう所だからこそ、何かが生まれるような気がしないか?」

そう聞いた私は、頭の中の時計が「カチッ」という音と共に、一瞬止まる感覚に見舞われた。

「多くの人達が噂するこの家…どういう感情を持って話するんだろうね。“畏怖”なのか?“好奇”なのかも…。」

Kの視線は私の後ろを右に左に動いていた。

「無から有が生まれる、なんて事は有り得ない。…筈なのに、この場所ならそれも有り得るような気がしない?」

「しません。」…はっきり言うつもりが、声にならない。

「君が言うように、形ある暗闇が、針で開けたくらいの小さい穴を覆い隠す。いや…浸食する。その方がシックリくるな。その時に何かが生まれる…ような気がしないか?」

私はすでに、Kの言葉に呑まれていた。

「いろんな人達がこの家の事を話す時…その時の感情を想像してみて。」

私は恐ろしくも、何か惹きつけられるものを感じた。

「多くの人の言葉で何かが生まれるんだ。あとは君がそいつに“形”を与えてやれ。」

その言葉を聞いた私は、目の後ろの方を何かが纏わりつく感じがした。そして目の前にある男の顔をジッと見ていた。

暫くの間のあと、あからさまに嫌な顔をしたKは、

「そういう可能性もあったなぁ。」と、俯き加減で言うと、耳元を触った。

私は傀儡の糸が切れたかのように、緊張がほぐれ、「してやったり。」と心の中で思い、声にならない笑いを堪えていると、

「どんな手を使っても消してやりたい忌々しい姿だけど、せっかく君が創ったモノだからな…」と言い、右手の親指と人差し指で小さく輪を作り、残りの指も軽く握り込むと、作った輪に口元を当て、何かを囁きだした。

得も言われぬ行動に、またもや私の身体は糸で吊り上げられる感覚を覚えた。

聞き取れない囁き声が途切れると、大きく息を吸い、輪の中にゆっくり静かに深く…

「フゥーーーーっ………」と、何かを込めるように、息を吹きかけた。

その様子を凝視していた私の方を見ると、握りこんでいた右手を私の肩口から後ろに飛ばすような仕草でゆっくりと開いてみせた。

その瞬間、呼吸をするのを忘れていたかのような私は、「ハァッ…」と大きく息を吐いた。

Kはゆっくり立ち上がり、キッチンに入ると、水を2本持ってきた。

1本の水を私に渡すと、

「明日も早い。早く寝ろよ。」…そう言うと階段を上っていった。

「ちょっと…」と、言いかけた私に、

「さっきのは…いろんな人達の言葉で生まれたモノに、君が形を創った。それに僕が存在する“意義”を教えたんだ。」と、階段の折り返し部分でこちらを見て、ニヤッと笑ってみせると、そのまま2階までゆっくり上がっていった。

私は階段の窓ガラスに映ったKの後ろ姿が、部屋に消えるまで眺めていた。

その後ろ姿がKなのか?それとも私が形創ったモノなのか?どっちにしても初日から頭をデカい木槌で打ちつけられたようなショック…これから先、何が起こるか分からない不安感…

私は自分に「メイペンライ。」と言い聞かしながら、疲れた体で2階に上がり、自分の部屋のベッドに潜り込んだ。

実際は、これから3週間、仕事だ、用事だとあちこち連れ回され、「大丈夫」じゃない体験をさせられる訳なのだが…それはまたあとの話。

おしまい

怖い話投稿:ホラーテラー 千羽鶴さん  

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