夜22時過ぎ、友人の運転する車の助手席に座り、住宅地にいた。
友人は裏道を使う、
と、この住宅地に入り道に迷っているらしく、
ブツブツと何か言いながら今にも止まりそうな速度で辺りをみまわしている。
私はぼーっと助手席の窓のそとを見ていた。
毎日の激務に疲れ、精神を病み、数週間前から休暇をとっていた。
部屋から一歩も出ず食事もろくにとらずに、毎日寝て過ごしていた。
見兼ねた高校時代の友人が、美味しい焼き鳥屋を見つけたから、たまには出てこいよ、と誘ってくれ、今に至る。
気付くと車は止まっていて、友人は必死に携帯のナビ機能を立ち上げようとしていた。
大学が近いせいか、ワンルームマンションや古いアパートが所狭しと建ち並んでいる住宅地。
窓の外をみていると、夜なのにカーテンが開いている、
車を止めている道路脇にある五階建てマンションの一階角部屋に目がいった。
ワンルームなのか、そのカーテンが開けられているベランダから突き当たりにすぐドアが見える。
明るい室内、部屋のインテリアもわかる。
ちゃぶ台のようなテーブル、小さなブラウン管テレビ、壁側にひかれた布団……殺風景すぎる。
(……ん?)
ドアの前にいつのまにか人がいる。
あれがあの部屋の住人か?
女のようだが、顔は見えない。下を向いている。
身なりにはあまり気をつかっていないらしく、遠目からみても綺麗な身なりとは言えない。
と、不意に女が顔をあげた。
髪が振り乱れるほど勢いよく。
目が合う。女の右目と。
女の左目には、
大きな肌色のコブがあった。
こぶしほどはありそうで、左目を覆い隠している。
にやぁっと、女が口を広げ笑う。
歯が上も下も無い。
鼻は不自然に曲がっている。
心臓がドクンと脈打つ。
息がヒュッと引いたまま、声すらでない。
女はすごい勢いでベランダに駆け寄り、窓をあけている。
こちらをみたまま。
女は窓をあけると、ベランダの柵に足をかけている。
どうやら私のところへ来ようとしているらしい。
顔は嬉しそうに笑っている。
「うわぁ」
情けない掠れた声が出る。
私は未だ携帯をいじっている友人の腕を叩く。
「ヤバい、なんか来る!」
友人は「は?」と止まる。
私は窓の外を指さす。
女はベランダの柵を越え、こちらに猛ダッシュしてきていた。距離はもうさほど遠くない。
「は?!なんなんだ?!」
友人は急いで車を動かす。
間一髪だった。女はあと二、三メートルの距離まで迫っていた。
バックミラーで女を見る。
女はヒステリーを起こしているのか、
車の止まっていた場所で、自分の髪を目茶苦茶に引っ張りながら地面を転がっている。
時折動きをとめ、コンクリートの地面に頭を思いきり打ちつけている。
お菓子を買ってもらえなかった子供のようだった。
「な……なんだあれ……」
友人が声を搾り出す。
「わからん……」
「女の左手首、見たか?縄が巻きついてたぞ……」
「手首だけじゃなかった、首にも縄がついてた」
「自分でやったのかな……」
「わからん……」
それから数日間、友人宅に泊まった。私は新聞やニュースを見続けた。
その後仕事にも復帰した。
それらしき女の話題は、どこにも、何も無かった。
私たちに助けを求めていたのか、頭のおかしくなった女だったのか。
あれがなんだったのか、
もう二度とあの住宅地に行くことのない私たちには、知る術もない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話