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中編7
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生霊が招いたバイク事故

これは数年前、バイクで亡くなった方の葬儀を執りに行ったときの話です。

その男性、Aさんは、突然襲ったバイク事故で不幸にも帰らぬ人となってしまったのでした。

Aさんはバイクに乗るのが長年の趣味だったそうで、事故当日も一人でツーリングにでかけたそうです。休日に軽くバイクを走らせ、風を切って流れていく景色を眺めるのが彼のストレス解消法だったのだそうです。彼には、いつも走りにいくコースがあったらしく、その日も、いつものコースでバイクを走らせていたのです。

しかし、そこで悲劇が起きました。広い国道を走る最中、対向車線からやってきたゴミ収集車と正面衝突し、そのままお亡くなりになってしまったそうです。

私も引取りの際にご遺体を確認したのですが、顔の右半分は生前の見る影もないほどの損傷を受け、首の骨も折れていました。警察の調べでは、即死とのことでした。

Aさんはまだ30代前半、奥様との間には2歳になるお子さんがいて、まさに働き盛りの男性だったようです。写真で見る限り、かなりの男前で、健康的に日焼けしているのが印象的でした。仕事先でも人望があったようで、Aさんが働く会社の方たちも葬儀には大勢駆けつけ、彼の突然の死を悼んでいました。

仕事も順調でこれからが期待され、しかも幼いお子さんや愛する奥様を残してこの世を去るのは、きっとさぞ無念だったことでしょう。

葬儀の日、ご挨拶した奥さんはとてもおきれいな方でしたが、憔悴しきっている様子でした。無理もありません、突然に幼い子どもと二人で残されてしまったのです。そのショックはとてつもないものだったはずです。私も仕事柄、このような場面にはしょっちゅう出くわしますが、やはり見ていて胸が痛みました。

しかし、今回の事件に関し、私には少し違和感のようなものがあったのです。

それは、事故状況から考えてみて、Aさんの顔の損傷具合が奇妙だったということです。

Aさんは、事故現場で発見されたとき、体の左側を下にして、ゴミ収集車の下敷きになっていました。当然、道路に押し付けられた左側に傷が多いはず。ところがAさんの顔にひどい外傷が見られるのは顔の右側だったのです。左側には、不思議なことに傷ひとつありません。 首の骨も左側に折れているのが、自然なはずですが、右側にグキッと折れているのです。

事故状況から考えてみて、これはとても不自然なことです。おまけに事故現場は非常に見張らしのよい道で、Aさんはいつもその近辺をバイクで走っていたのです。バイク歴10年以上のAさんが、そんな単純な事故になぜ遭ったのかも、私には不思議に思えました。

しかし、死因は間違いなく事故死。そこには疑いの余地はありません。

警察も「おそらくわき見運転でもしていたのだろう」という見解でした。事故死であることは間違いようがないですから、顔の傷についても、いろいろな要素があっての偶然ということで片付けられました。ですから、私もただ、「変わったこともあるものだなあ」と思っていたのです。

ところが、葬儀の最中、住職が私を脇に呼び出しに、少し、妙なことをおっしゃったのです。

「この仏は誰かに引っ張られて、事故に遭ったようです」

住職は神妙な顔でおっしゃいました。

私はそれを聞いて驚いてしまい、住職にたずねました。

「引っ張られて? でも、ご住職、その場には別に誰もいなかったはずですよ。Aさんが事故に遭ったとき、誰かがいたなんて話は、警察もしていませんでしたから 」

「ええ、もちろん表向きはそうでしょう。ですが、何か黒い怨念のようなものが、この仏さんの周りについているのです。読経している間も、それがずっと気になっていました……」

「怨念……」

私はゾッとしてつぶやきました。

「それは、事故現場にいた地縛霊のようなものが、引き起こしたということですか?」

「いいえ、違います。事故現場とは関係がないようです。この仏さんは、どうやらひどく恨まれるか何かしていたようです。そう、おそらく女性にね。」

「そんな……。じゃあ、Aさんの事故は、誰かの怨念が引き起こしたものだと?」

「どうやらそのようですな」

私の背筋に冷たいものが伝いました。誰かが呪い殺したとでもいうだろうか……?

しかし、もちろんそんな話をご遺族の方にするわけにはいきません。ただでさえ悲しみに打ちひしがれている家族に、そんな気味の悪い話ができるはずがありませんから。

職業柄、いろんな事故現場を目の当たりにすることがある私たちにとって、不可解な事故死、おかしな外傷のある仏様に出会うことがときどきあります。そういうとき、何かの強い力が働いているとしか説明しようのないことが多々あります。事故であるのが間違いなくても、何かしら私たちに違和感を残すようなものです。今回もそういうことかもしれないと、私は思いました。

しかし、もちろんそれは人に話す類のことではありません。このような話は、いつも自分の胸にそっとしまっておくしかないのです。

今回も葬儀が無事終わると、住職に聞いた話などすべてを、私は自分の胸の内にだけしまっておくことにしました。そして、仕事に忙しく追われているうちに、すぐに私もほとんど忘れてしまいました。

しかし、この話はそれで終わりではありませんでした。

Aさんの葬儀から数日たったある日、私は仕事を終え、遅い時間に駅へと向かう繁華街を歩いていました。その近辺はラブホテルが乱立している場所で、よくホテルからカップルが手をつないで出てくるところに出くわすことがあります。

一軒のラブホテルの前を通りかかった、その時です。

中から通りへ出てきた一組のカップルを見て、私はびっくりしてしまいました。若い男性と一緒に腕を組んで出てきた女性は、なんとあの、Aさんの奥さんだったのです。とてもきれいな人でしたから、彼女のことは私の印象にもよく残っていました。葬儀中はずいぶん憔悴しきっている様子だったので、気の毒に思っていたのですが……。

それが、数日後には男と仲良く腕を組んで、うれしそうににこにこ笑ってホテルから出てきた……。私は最初、自分の目を疑ってしまいました。しかし見間違いようはありません。確にAさんの奥さんです。

どうしてよいかわからず、ただおろおろするばかりで、私はその場に固まってしまいました。気づかれたらまずい、そう思うものの、どこにも隠れる場所なんてありません。そしてAさんの奥さんは、その場で動くことのできない私に、チラッと目をとめました。

(気づかれた……!)

彼女も私のことがわかったようです。視線が一瞬合い、彼女の顔にも驚きの表情が浮かびました。すぐに浮かんでいた笑顔はみるみる消え、驚くほど冷たい表情にさっと豹変しました。そして、恐ろしい怨念のこもった目で、私をじっと見つめてきました。

私も葬儀屋として、いろんな恐ろしい場面や、目をそらしたくなるような現場に出くわしたりもします。ちょっとやそっとのことでは、動じない自信もあります。

しかし、彼女のその目は、私をしんから凍りつかせました。鳥肌が全身に立ち、金縛りにあったようにその場から動けないのです。

なんてことだ、彼女がAさんを事故へと引っ張り込んだ張本人だったのだ!

私はようやくそのことに、気がつきました。

Aさんの奥さんは、すぐに表情を戻し、何事もなかったように男と腕を組んで、私の横を通りすぎていきました。

彼女がその場からいなくなると、私はやっとまた動くことができるようになりました。でも、背中は汗でびっしょりと濡れ、ひざはガクガクと震えてしまっています。あの、刺すように冷たい目がいつまでも、私に張り付いているようで頭から消えてくれません。

どうやら私は、彼女が持っている怨念をかいまみてしまったようでした。

私にとって何よりも恐ろしかったこと、それは、あんなふうに恨みの心を胸の中に隠している人間がいるという事実でした。それが私を震え上がらせました……。

その後、私が伝え聞いたところによると、Aさんと奥さんは、夫婦仲が悪く、始終争いごとが絶えない関係だったらしいのです。

奥さんの離婚をずっと要求していて、Aさんはそれを承諾しなかった。奥さんには、不倫相手が前々からいて、Aさんもそれに薄々、勘付いていたのだか、幼い子どものためにも離婚をしたがらなかった。それで、さらに夫婦仲は悪くなり、口論が繰り返されていた。そんなことを少し後で、事故の調査にあたった警察の方から聞かされました。

それらの話を住職に、次にお会いした機会に、私は話してみました。

住職は、「その女性の怨念が生んだ生霊の仕業でしょう。葬儀中にそんなことを言うわけにはいかないので黙っていましたが、彼女から強い恨みの念がでていましたからね」とおっしゃいました。

「生霊ですか……。人を呪い殺してしまうほどの生霊なんて、よほど強い怨念なんでしょうね」

「生霊とは、誰にでも飛ばすことのできるものなのです。しかし、そういつもいつも相手に直接、飛ばせるとは限らない。仮に飛ばせたとしても、相手が足の指をタンスの角でぶつける、とかその程度で済んでしまうことが多いのです。今回は、彼女の中に長年にわたって積もった強力な怨念が、彼を引っ張り込んでしまい、事故へと導いたのでしょう」

「おそろしいですね……」

「ええ、彼女自身もそのことに気づいていないかもしれませんがね。いずれにせよ、人間の暗い感情というのは、このように恐ろしい実態を招くこともあるのです」

私はそれを聞いて、深く考え込んでしまいました。

人間が持つ、負の感情。その感情に、あらためて恐怖を覚えました。彼女が見せた、あのゾッと背筋が凍るような冷たい目を、私はいままでに見たことがありませんでした。霊などよりも、人間の方がずっと怖い存在かもしれない、そんなふうにさえ思ってしまう今回の事件でした。

そして何よりも気がかりなことは、そのような事故で亡くなったAさんが、無事成仏できたのかということです。

Aさんが無事に成仏できたことを、私は心から祈っています。

怖い話投稿:ホラーテラー TARZANさん  

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