かなりの長文失礼します。
友人が2ヶ月程前に四国某県に出張に行ったときの話。
以下友人目線で書かせて頂きますが、伝わりにくいところなどご了承ください。
会社からは使い勝手のいい駒くらいにしか思われていないのだろう。
若いって理由だけで四国出張は自分に決まった。
出張と言えば聞こえはいいが、この不景気でロクに旅費も出ないのが現状。
ほとんどサービス出張みたいなもんで、正直半分以上はやりたい放題の旅行気分だった。
早々に現地での仕事が終わり、ほぼノープランで某有名神社をいくつか巡る。
そんなお気楽気分が祟ったのか、神社から(比較的)近いところにある「泊まると福が来る」と謳った宿を予約していたのだが、宿に行ってみると部屋がないと言われてしまった。
どうやら宿の手違いのせいで、駆け込み客で部屋を埋めてしまったらしい。
とは言え、すでに日も暮れている中、手違いで野宿にされたら堪ったもんじゃない。なんとかならないかと相談してみると、
『…仕方がない』
そんな雰囲気を醸し出しながらも、本館から山あいに少し入って行った別館に案内してくれることになった。
このときの女将さんのどこか陰のある作り笑顔(?)には、なぜかゾッとしたのを覚えている。
理由はわからなかったが、直感的に、かつ強烈に感じられた。
別館は山の麓にある本館から、山道を車で5分程登ったところにあった。
最初は不機嫌に車を運転しながら、どんなボロ屋が出てくるかと思っていたが、むしろ本館よりかなり綺麗そうな建物。この時ばかりはラッキー、などと思った。
この別館自体は最近建てられた物のようで、あまり大きくはないものの、2階建てで見晴らしもよさそうだった。
普段使われていないためなのか、玄関こそ陰鬱な印象を受けたが、通された2階の部屋は外から見たよりも広く、小綺麗にされている。
部屋の4隅に真新しい盛り塩があったのだけはひっかかったが、当たりを引いたという思い込みで大して気にもしなかった。
それと、女将さんが出ていくときに
「物騒ですから鍵をかけて、夜中は出歩かないでくださいね」
なんて言っていたが、社交辞令の類いだと思って聞き流していた。きっとこの時も例の作り笑顔をしていたに違いない。
それは夜11時過ぎに起きた。
そろそろ寝ようかと布団に入ってゴロゴロしていると、外から動物の声が聞こえてきた。
声から察するに、どうやら猫同士が喧嘩しているらしい。
よくある、片仮名の「ニ」に濁音がついたような声は、こんな声なんだろうな。
そんなことを何気無く考えながら、時折揉み合いになる音と共に、「ニ゙ャアー」「ニ゙ャアー」という声を聞いていた。
……………1匹増えた?
よくよく聞いてみると、「ニ゙ャアー」という声が2重に聞こえる瞬間、「ウゥ〜ッ」と唸り声が聞こえるようになっている。
猫の喧嘩中に犬でも紛れ込んだのかもしれない。
それに対抗するためなのか、いつの間にか聞こえてくる猫の声が、擬音に形容しがたい声というか………とにかく、どこか切羽詰まったようなものに変わっていた。
なんとなく可哀想には感じたが、どんだけ熱戦を繰り広げてんだよと、興味の方が湧いてしまったので、障子を少し開けて様子を覗いてみた。
暗くてよく見えないが、何かおかしい。
確かに3匹、動物らしきものが、いることにはいる。
ただ、その内の一匹、恐らく犬が異様にデカイ。
地面から頭までの高さだって、体格のいい小学生くらいは優にある。
それに、4本足での立ち方がどこか歪で、犬というより、それこそ人が四つん這いになっている方が印象が近い。
一瞬、不審者(というより変態)かとも思ったが、切羽詰まった状況の雰囲気は、人間には決して出せない、野性そのものに感じられた。
さらに異様だったのが、デカイ犬の口。
そこには2匹の猫の内の1匹がくわえられており、手足をバタつかせて必死に抵抗しているようだった。
もう1匹はそれを助けようとしているのか、必死に犬に威嚇している。
あまりの異様さに思考が止まる。
時間にしたら数秒間だったのだろうが、十数分はただ喧嘩を見つめていたように感じられた。
そのとき
ガタン!!
と、後方から音がして、思わず振り向く。
どうやら部屋の壁に飾られていた絵が落ちた音のようだった。
一体何故落ちたのかもわからないが、心臓が止まるかかのような感覚が身体中を駆け巡る。
そんな中、放心状態のまま動物達の方に何気無く向き直ると、こちらを凝視する犬と途端に目があった。
威嚇していた猫の1匹はどこかに行ってしまったのか、くわえられていた方は顎から解放され、手足を小刻みに震わせながら、犬の足元に転がっている。
ビックリして再び心臓が止まりかけたが、体が反射的に「ヤバい!!」と感じて、障子を閉めてくれた。
しばらくの間、そのままの場所で先程見た異様な光景を頭の中で反芻していたのだが、外から聞こえる足音で我にかえる。
一瞬デカイ犬が立ち去る音かと思い期待したのだが、、どうやら違うらしい。
察するに、建物の周囲をうろつく、そんな足音に聞こえる。
━━あたかも入り口を探しているかのように。
そんな光景を想像して身震いし、窓から離れて布団に潜り込む。
すると
ガシャーン!!!
という凄まじい音が建物に鳴り響いた。
直感した。
奴が入ってきたと。
おそらく、玄関のガラスを破って。
ガラスの割れる音で、口から心臓が出るかと思うほどビックリしたのだが、奴が入ってきたと想像するだけで、それを優に超えるパニック状態に陥ってしまった。
当時何を考えていたのかわからないが、いてもたってもいられなくなり、入ったばかりの布団から這い出して意味もなく部屋中をバカみたいに徘徊する。
よくある漫画のワンシーンそのままだ。
今思えば、部屋の備え付けの電話や携帯電話にくらい気付いてもいいようなものなのだが、そうそう自分の頭はうまくできていなかったらしい。
そうしてちょうど体が部屋の入り口の方に向いたとき、
ドンッ!!!
と、凄まじい音と共に扉が揺れた。
ガラスの音からは1分と経っていないだろう。
ドンッ!ドンッ!!
ガリガリガリガリガリッ…
依然として音は鳴り響いており、音の主は扉をひっかいてもいるようだ。
当然、この部屋に入るために。
恐怖にただ震えながら金縛りにあったように突っ立っていたのだが、追い討ちをかけるように
ボンッ!
と大きな音を立て、部屋の四隅の盛り塩が爆発でもするかのように吹き飛んだ。と同時にビックリして気絶しそうになる。
よく、盛り塩が変色した、なんて話は聞いていたのだが、当然爆発なんて考えてもいないので、
「なんで爆発なんてしてくれるんだ!」
という、混乱しすぎて最早どこにキレてるんだかわからないツッコミを、心の中で叫んだのを覚えている。
さっきの徘徊といい、やはり人間、あまりの恐怖状況下では何をするかわからない。
とはいえ、扉の音で金縛りになっていた体はそのお蔭で動くようになり、大至急布団の中に再び潜り込んだ。
ふと気付けば、盛り塩が爆発したあたりから扉の音は止んでいる。
布団の中は真の闇で何も見えない上、外を覗き見る勇気もなかったため、とにかく耳を澄ましてみる。
と同時に
バタン!!
という何かが倒れる大きな音がして、ビクッとなる。
扉だ。
そして何かが部屋の中に入ってきて、さっき自分がしたように、部屋中を徘徊する気配がある。
全身から汗が吹き出る。まさに滝のように。
とにかくそれにバレないようにと、息を殺し、気配を絶とうとする。
端から見れば、膨らんだ布団の中でそんなことをしても滑稽以外の何物でもないのだが、ただそうするより他なかった。
…おそらく、部屋内を徘徊するのは2足歩行ではない何か。足音は比較的大きい。
間違いないだろう。
奴だ。
心臓の音が奴にも聞こえてしまうんじゃないかというくらいバクバク鳴っていて、段々と奴の足音がわからなくなる。
そんな折り、
ゴスッ
と、背中のあたりを押された。
2度…
3度…
回を重ねる毎に強くなっていく。
つつかれている。
もうダメだ!!と思い、固く閉じていた目を開けようとした瞬間だった。
背中の方に掛け布団がスライドされていく。
「わぁぁぁぁぁっっ!!」
(一応)隠れていたことなど記憶の彼方にすっ飛んでいき、反射的に叫びながら自分の正面側、部屋で言うと出口とは逆の窓の方へ、四つん這いで這い出す。
そこで向き直り、初めて部屋の状況を知る。
部屋内には案の定奴がいた。
喧嘩の最中に見せた時と同じ目でこちらを見ている。
距離は3m程。
部屋内には獣臭さが充満している。
当時頭は真っ白だったが、その割に奴の一挙手一投足は鮮明に焼き付いている。
深く早く息をして動かない私を尻目に、ゆっくりと品定めでもするかのように近づいてくる。
ぎこちない歩き方は犬と言うよりも蜘蛛を連想させた。
近づくにつれ、息づかいがやけに生々しく感じられる。
口からはみ出た舌は、気色悪くのたうちまわっている。
零距離で臭いを嗅がれ、口から溢れた涎がポタポタと体に滴ってくる。
「喰われる」
率直な印象だった。
人を喰って人間に近づこうとしている。
勝手にそんな想像をなんとなくしてしまった。
そして次の瞬間、ニタッと笑ったように見えた。
見覚えがあった。
女将の作り笑顔と同じ、どこか陰のある笑み。
瞬間的にゾッとしていた私などそっちのけに、奴は私の右足首に噛みつき、どこかに連れて行くかのように扉の方に引きずって行こうとする。
血が滲み、痛みだって相当あったが、それよりも本当に喰われるという恐怖で喚きながらジタバタするしかできなかった。
こんな化け物に、一体どこに連れていかれるのか。
思いを巡らせてみても、恐怖しか出てこない。
それを最後に、記憶が途絶えた。
何度も区切ってしまいスミマセンが、これで完結です。
ふと気付くと、見知らぬ林の中で寝ていた。
目の前には祠らしい小さな建造物が佇んでいる。
朝日や鳥の声が心地よく、目覚めた直後はポカンとしていたが、すぐに昨晩(?)の出来事を思い出して身構える。
……どうやら、奴はいないらしい。最低限、この近くには。
右足首には綺麗に歯形が残っており、引きずられたからだろうか、服はボロボロ、身体中擦り傷だらけだった。
とは言え、生きているという事実だけで、涙が出そうなくらい安堵した。
幸い、少し距離はありそうだが、林の合間から宿らしき建物が見えたので、とにかくそれに向かって歩いていった。
裸足だったため山道は難儀したが、なんとか別館まで辿り着くことができた。
人一人がいなくなって大騒ぎだろうと思っていたのだが、思いの外建物の周りには人はいなく、ガラスを片付けている使用人らしき男が1人いるだけだった。
「あの………」
拍子抜けしてアホ面丸出しで話しかけてみると、かなり驚いたリアクションをされた。
そして、そのまま本館の女将のところまで連れてかれた。
「よくぞ御無事で」
なんて他人事のように女将に言われたときは、さすがに頭にきた。
やっぱり、あの陰のある笑顔で言われたからだ。
「一体あれは何なんですか!死ぬとこだったんですよ!?」
鬼気迫る感じで聞いたつもりだったのだが、そんなのどこ吹く風で、「いやね、…」とかって、近所のおばさんが喋るかのような切り出しから、淡々とこんな話をし始めた。
ここの旅館の経営者、元はこの辺りの地主だった。
ただ、何もせずに繁栄したと言うわけではなかった。
汗水垂らして働いて、とかだったら聞こえはいいのだろうが、そんな健全な物とはほど遠く、地主はある呪術を用いていた。
犬神
オカルト好きな私も、聞いたことくらいはあった。
たしか、犬を首だけ出して地面に埋め、その前にエサを置いて放置する。
当然、犬は必死にエサにありつこうとするが、深く埋まった体で動けるハズもなく、いずれ餓死する。
そんな恨みを持って死んでいった犬の首を切り取り、お守りとする。
すると、持ち主に良いことが起こる
みたいな話だったはずだ。
だが、女将の口から語られた犬神の話は少し違った。
そもそも、この辺りでは「犬神」ではなく「狗神」の字を使うらしい。
また、犬は埋めるのではなく、蔵に閉じ込めるのだそうだ。しかも、何匹も。
あとは腹を空かした犬同士がお互いを喰らい合い、最後に残った1匹が餓死するまで放っておく。
図式としては、ちょうど毒蟲を作るときと同じだ。
そして、同様に首を切り取り、見晴らしのいいところに埋める。
すると、その辺り全体に狗神の効果が及び、繁栄をもたらすのだそうだ。(それを狗山と言うらしい)
そこで幾つかピンときた。
私が今朝目覚めた場所。
あれが狗神を埋めたところだったのだ。
そして、この宿が「泊まると福が来る」と謳っていたのも、別に幸せになるわけではなく、狗神の恩恵を受けるだけだったのだ。
呪いの恩恵を。
しかし、狗神の呪いは凶悪で、当時の地主にも予想外のことが起こった。
まず、狗神の念は蔵の中の犬だけでは飽き足らなかったのか、山の生物すべてを貪るようになった。
様々な生物、ときには木や岩などの無生物にまで取り憑き、他の生物を殺そうとする。
山全体を狗神の念が纏い、言うなれば、山のすべて、それ自体が狗神の思うがままになったらしい。
しかし、繁栄に目が眩み、そんな凶悪な呪いを無視して、狗神の支配する山に別館を建ててしまった。
そうして、狗神の念はそこに泊まった人間まで貪るようになり、仕方なく別館は普段使わないようにした。
建物の新しさを考えれば、おそらく、別館を建てたのは目の前でしゃべっているこの女将だろう。
そう思えた途端、再び頭に血が昇る。
「つまり、俺だって狗神に喰われて死ぬとこだったんだろ!?」
殴りかからんとする剣幕で語気をあらげる。
しかし、女将に変わりはなく、飄々とした態度で続けた。
「いえいえ、そんなことは御座いません。人間に限らず、狗神様に殺されるということは、それからずっと狗神様と共に生きるということなんですから」
この言葉の意味するところが直感的にわかってしまった。
昨日襲われたあのデカイ犬。
最初に感じられた印象の通り、あれは元は人間だったのだ。
恐らく、私よりも前に別館に泊まった客。
あまりの人間味のなさと野性にまさかとは思っていたが、そのまさかだった。
つまり、自分だってああなってしまっていたかも知れなかった。
それをこの女将は、そうなることがさも幸せなことのように嬉々として語っている。
正直どうかしてる。
素直にそう思った。
「しかも、お客様は大変運がよろしいようです。どうやら狗神様に気に入られたようですよ。きっとこれから、お客様に良いことがたくさん起こるでしょう。」
今までで一番、陰を蓄えた笑顔でそう言われた。
言いたいことは山のようにあったが、最早文句を言う気も失せてしまった。
それよりも早くここから離れたくて、話も打ちきり、早急に宿を発つことにした。
「狗神様の御加護のあらんことを」
女将の最後の言葉が頭に残った。
この話を友人が体験したのが2ヶ月前。
「リアクションとかマジうけるだろ?それに、刑事訴訟とかどうなってるんだろうな」
なんて皮肉まじりで語られたが、顔は一切笑っていなかった。
当然、こっちだって笑えない。
話にあった体のすり傷なんかはすっかり治ったようだが、歯形だけは残ってしまったらしく、生々しい傷痕を見せてくれた。
たしかに普通の犬の噛み跡ではなさそうな大きさだ。
ちなみに、狗神のお蔭なのかどうかは知らないが、あれから出世したそうだ。
端から見ても、異様に早い出世。
そのせいで同僚からは距離を置かれてしまったそうだが、とは言え、仕事で何でもうまく行くのは楽しいらしく、今では仕事の虫になっているという。
そのせいで、この話をできたのも2ヶ月して初めてなんだとか。
犬神の加護を受ける血筋を犬神憑きといい、その血筋は周りから敬遠されてしまう。
友人よりも更にオカルト好きな私の記憶にあるくだりが思い出されたが、実際のところはわからない。
ただ、1つだけ気になることがあったので聞いてみてしまった。
「お前、なんか笑わなくなったな」
「…やっぱりそう思うか?
実はあれ以来、笑おうとすると女将や犬の笑顔を思い出しちまうんだ。
俺の顔にも、あの陰のある笑みが浮かんでるんじゃないかってな。
……なぁ、正直な話、お前から見てどう思うよ、なぁ、なぁ!?」
そこで今日初めて友人は笑った。
どうしていいかわからず、私から言えることなんて何一つなかった。
この話を聞いてから少しして連絡をとってみたが、電話にも出ないしメールも返ってこない。
今頃あいつは何をしてるのだろう。
怖い話投稿:ホラーテラー ぱねさん
作者怖話