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葬儀場の中をさまよう女の子

長編8
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葬儀場の中をさまよう女の子

事故で亡くなるというのは、急に人生が終わってしまうということです。

予期せずして自分の人生が終りを告げる、これはとてまおそろしいことではないでしょうか。

病気や老衰などならば、心の準備もできるでしょう。近しい人たちに別れの言葉を告げて、あの世のへと旅立っていくことだってできる場合も多いはずです。しかし、突然に襲ってきた事故の場合、死に対して身構えることなどできません。そのため、無念に思われる方も決して少なくありません。また、自分が死んでしまったことを理解することができず、自縛霊となってこの世に残り続けてしまうことも多いのです。

もうだいぶ前の話ですが、一人の女の子が交通事故に遭って亡くなり、葬儀を請け負いました。まだ7歳のCちゃんという女の子です。家の前の道路でボール遊びをしていて、転がったボールを拾おうと車道に飛び出し、猛スピードでやってきた車にはねられたのです。

頭蓋骨が陥没し、意識不明のまま病院に運ばれ、2時間後に息を引き取りました。

とても痛ましい事故でしたが、葬儀屋の私にできることといえば精一杯、仕事にあたることだけです。このような仕事をしていれば、幼くして亡くなられた子どもさんの葬儀を行うこともあります。いちいち同情してそれを引きずっていては、こちらの身が持ちません。

しかし、私も当然人の子ですから、つい同情心を起こしてしまうことだってあります。

その時も、遺影の元気いっぱいに微笑むCちゃんの写真を見て、

「かわいそうになあ。あんなに小さくて。まだまだいっぱい友達と遊んだり、親に甘えたりしたかっただろうに……」

と心の中で思い、ひそかに胸を痛めていました。

そうしてCちゃんの葬儀が終わって間もない頃のことです。

私が勤める葬儀場で、少し奇妙な噂が持ち上がりました。

それは、小さな女の子が建物の中をうろうろしている、というものでした。葬儀のためにいらしたご遺族の方が知らない女の子がふらふらしているのを見たり、うちのスタッフが通路を走っている女の子の後ろ姿を目撃したり、とそんな話があちこちで聞かれるようになったのです。

それでよくよくそれらの話を聞いてみると、その女の子の姿がCちゃんに驚くほど似ているのです。その女の子は長い髪をおさげにしているらしいのですが、遺影で見たCちゃんも同じくおさげ髪にしていました。それに、その女の子は赤いセーター、デニムの青いスカートにハイソックスという格好らしく、これはCちゃんが事故に遭ったときと同じ服装だったのです。

特に、赤いセーターはお母さんの手編みで、Cちゃんがとても気に入っていたため、棺にも一緒に入れられていたので、私もよく覚えていました。

私自身はその女の子の姿を仕事場で見たことがなかったので、ただ伝え聞いただけでした。しかし話で聞く限り、あまりにCちゃんの特長と合致するので、やはりCちゃんなんだろうか、と同僚と話したりしていました。

彼女の後ろ姿を見たという同僚は、さして怖がる様子もなく、私に言いました。

「奥の通路をさ、パッと横切る女の子の姿が見えたんだよ。こんなところにそんな女の子がいるなんて妙だと思ったんだよなあ。Cちゃんくらい幼かったから、自分が死んだことを理解できないんじゃないかな。それであっちの世界に行けないで、この建物の中をうろうろしてるのかもね」

それを聞いて私は言いました。

「でも、それは成仏できてないってことにならないかな」

「まあ、なにか悪さをするわけでもないし、そっとしておいてあげればいいんじゃない?そういう霊は、徐々に時間をかけてのぼっていく場合もあるみたいだし」

気にはなったものの、同僚にそう言われ、私も一応それで納得しました。そもそも、私はその姿を見ていないのですから、それをCちゃんと決め付けるわけにもいきませんでした。

しばらくの間、その女の子の話はちょくちょくスタッフたちから耳にしていましたが、やがてほとんどその話も聞かなくなりました。だから私も、仕事に追われたりするうちに、次第にその話自体 忘れてしまっていたのです。

しかし、それからだいぶ月日がたち、私が一人で朝まで葬儀場に残っていた時のことです。

仕事もとりあえず一段落し、宿直室で私はうとうとしていました。すると、部屋の外に、なにか人の気配のようなものを感じました。かなり遠くからでしたが、誰かが廊下を歩くような音が聞こえてくるのです。

変だな、と私は思いました。今日はスタッフもご遺族の方もすべて帰っていて、私一人しか葬儀場にはいないはずなのです。

もちろん、葬儀場ではやはりこの手のことはあります。ふと誰かの気配を感じて振り向いたが誰もいなかったり、遺体安置所から声が聞こえたような気がして部屋まで行ってみても姿はなかったり。そんなことはよくあることなので、私は慣れっこになっていて怖いとも特に思いませんでした。

それでまたうとうとしていたのですが、その音は次第にますますはっきりと聞こえてくるようになりました。

さすがに不審に思った私は、念のため場内の見回りを行うことにしました。懐中電灯を持ち、部屋から部屋へと全部見てまわりました。しかし、予想通り、誰かがいる様子もありません。

「なんだ、いつもの気のせいだったか」

ほっとして、また宿直室に戻り、私は仮眠の続きを取ることにしました。

ところがです。目を閉じ、しばらくすると、またもや人の気配がします。しかも今度はさっきよりもずっとはっきりとそれが聞こえてきます。その時、急に私は体の自由を奪われました。布団の中、誰かに押さえつけられているように、ピクリとも体が動いてくれないのです。そして、音だけが耳に執拗に大きく聞こえてくるのです。

音はどんどん近づいてきます。やがてその音が足音というよりはボールをつくような音であることに、私は気がつきました。

ポーン、ポーン、ポーン。

そんな小気味いい音が、規則正しく廊下から響いてくるのです。

体を動かせないまま、私はパニック状態に陥って しまいました。脂汗が体中からあふれ、のどがカラカラに乾いていくのを感じました。間違いなく、私以外の誰かが建物の中にいる。しかも、そのボールの音は徐々に私がいる宿直室へと確実に近付いてきます。私はどうしてよいかわからず、布団の中で目をぎゅっと瞑っていました。でも、もう音はすぐそこまで来ています。

ポーン、ポーン、ポーン。

もう駄目だ。

そう思った時、日頃お世話になっている住職に教えてもらった、読経を頭の中で必死に唱えました。すると金縛りは突然解け、私はガバリと起き上がり、今度は勢いよく廊下へ飛び出しました。そして恐る恐る辺りを見回してみました。でも、既に音は止んでしまっています。非常灯だけがともる暗がりに目をこらしてみましたが、やはり廊下には誰もいません。もうそのころには私は汗びっしょりでした。なんとか勇気を奮い起こし、そのまま各部屋をくまなくチェックして誰もいないのを確認し、最後に洗面所に行き着きました。

きっと疲れていたのだろう、私は自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着けようと顔をジャブジャブと水で洗いました。

そして、いくらかさっぱりした気分で顔をあげ、壁にかけられた鏡をのぞきこんだのです。

その時、鏡の中に、私以外になにかがサッと横切りました。それは小さな背丈の子供の後ろ姿に見えました。その子は赤いカーディガンを着て、おさげ髪をしていました。そう、それは確かに小さな女の子の姿でした。鏡に一瞬だけその姿が移り、すぐに消えてしまいました。うちからこみ上げてくる悪寒に、背筋が凍りつきました。

慌てて後ろを振り返りましたが、そこには誰もいません。ただ洗面所のクリーム色の壁があるだけです。でも、確かに鏡の中にはハッキリと女の子の姿が見えたのです・・・。

赤いカーディガンに、おさげ髪の女の子・・・。 私はそれでやっと気が付きました。それは場内で少し前まで目撃されていた女の子の姿、そして、生前のCちゃんの姿にそっくりだったのです。確かに背格好からして、それはCちゃんでした。そして私はゾッとすることを思い出しました。Cちゃんはボールで遊んでいた最中に車にはねられて、亡くなったのです。あのボールのはねる音は、Cちゃんが玉突きをしている音だったのか・・・。

もう私は限界でした。とにかくこの場から離れたい。私は顔をふくのを忘れ、大慌てで洗面所から飛び出しました。それからつけられる部屋の明かりを全てつけ、朝が来るまでずっと宿直室で震えていました。

朝になって出勤してきた同僚に、私はすぐ昨夜の事を話して聞かせました。

「じゃあ、やっぱりCちゃんだったのか・・・。それにしても今ごろなんで・・・。最近は全然現れていなかったのに。やっぱり成仏できていないのかな。一度Cちゃんの家にご焼香に行った方がいいかもしれないな」

そう言われて、私もすごく不安になりました。葬儀場の中を自分が死んだこともわからずにさまよう女の子。ひょっとしたら、ただ誰かに遊んでほしくて出てきたのかもしれないな、私はそう思いました。

その後、私は休日を利用してCちゃんのお宅を訪ねました。

あの晩にCちゃんらしき女の子を見てからというもの、ずっとCちゃんの事が気になっていたからです。

Cちゃんのお母さんは私が訪ねると快く迎え入れてくれ、Cちゃんの位牌の前まで案内してくれました。私は線香をあげ、

『どうぞ成仏してください』

と心からお祈りしました。私がお線香をすませると、Cちゃんのお母さんはとても私に感謝してくださいました。そして、こんなことをおっしゃいました。

「葬儀屋さんは毎日いろんな方の葬儀をされていらっしゃって、いちいち亡くなった人のことを覚えていられないでしょうに。それなのに、Cの一周忌を覚えていてくださり、その上わざわざ足を運んでくださるとは……。本当にありがとうございます」

Cちゃんのお母さんにそう言われ、私ははっとしました。あらためて考えてみると、あの日、私が女の子の姿を見た日は、ちょうどCちゃんの一周忌の日だったのです。

やはりCちゃんは、遊んでほしくてあの場に姿を現したのかもしれない、私はそう思いながらCちゃんの家を後にしました。

結局その日以来、Cちゃんの姿を葬儀場で見た人は、今のところ誰もいません。

怖い話投稿:ホラーテラー MARINERSさん  

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