俺は幼い頃から幽霊が見える。
見たいんじゃない、見えてしまう。
そのせいか驚きは全く無く、もう慣れっこだ。
突然だが、皆さんの中に、「火事」にあわれた方はどれほどいらっしゃるだろうか。
炎は、家やモノだけでなく、時に人や幸せをも奪ってしまう。
何もかもを燃やし尽くす「炎」。
だが、記憶だけは残るだろう。
そこで死んでしまった人の記憶も、悲しみや苦しみなど、様々な想いとしてその場所に残る。
―果たせなかった“約束”も
これはそんなお話。
『次のニュースです。昨日、東京都〇区で午後〇〇時頃、民家で火事が発生しました。幸いにも、迅速な消火活動によって炎は消し止められ、周囲の民家に被害は及びませんでしたが、この民家の住人・田所〇男さんと見られる男性の遺体が発見されました。遺体の損傷が激しい為、警視庁は身元の確認を急いでいます。出火原因は今のところ‥』
夕飯を食べ終えた俺は、プリン片手にソファでなんとなくつけたTVのニュースをぼんやり眺めていた。
母「やだ、これうちの近くじゃない?」
俺「あーそうだね。俺、バイト行く途中この辺通るし。てかわりぃんだけどテーブルのマヨとってくんね?」
妹「なんかさぁ、この死んじゃったって人田代ま〇しに似てない?」
俺「いや似てねーだろ。つかお前田代さんバカにすんなよ。つかマヨ」
妹「あーお兄ちゃんバカ殿好きだったもんね」
母「ほんとだ。田代ま〇しに似てる」
俺「だから似てねぇだろ。どっちかっつーとさ〇ぁ~ずの大竹さんだろ。つかこの人田所さんってニュースのお姉さん言ってんじゃんかよ。ねぇマヨは?」
母「でも危ないわねーあんたもほんと気をつけなさいよ?煙草吸うんだから」
妹「やっぱ田代だ‥お兄ちゃん、やっぱこの人田代に似てるよ」
俺「だから似てねぇよ。てか俺は田代さんよりクワマン派なんだよ。いいからマヨ取れよバカ」
妹「うるさいなー。バカってなに。マヨネーズくらい自分で取りなよ田代バカ」
俺「おい。“田代バカ”ってお前、俺が田代さんに目がなくて夢中でしょうがないみたいな感じに言わないでくれる」
母「マヨネーズ何に使うの?」
俺「プリン」
妹「‥最悪」
二、三日経った頃、バイト帰りにフッと、火事のニュースを思い出した俺は、帰宅ルートから少し遠回りし、好奇心から現場に行ってみた。
TVで観るより悲惨な状況だった。
家はボロボロでほぼ半壊状態。
屋根の半分は真っ黒に焦げており、まだ焦げ臭い匂いが、辺りにたちこめている。
家の周りを「KEEP OUT」の黄色いラインが覆っていた。
俺「‥ひどいな」
この燃え方だ。
人間が死なない訳ない。
しかし、この場所で、つい先日に人が焼かれて死んだと思うと何ともいたたまれない気持ちになった。
ここで、普通に食事をしたり、風呂に入ったり寝たりTV観たり‥
この間まで普通に人が生活していた場所だ。
だが、今ではそんな様子は一切垣間見えない。
炎の恐ろしさがなんとなくわかった気がした瞬間、嫌な寒気がした。
俺「帰るか‥」
その時、誰かの泣き声が聴こえた。
猫や子供の泣き声じゃない。
人間の、それも大人の泣き声だ。
それも嗚咽も漏らしてる。
―生きてる人間じゃない。
直感的にそう思った。
そんな事はどうでも良かった。
気味が悪い、という恐怖よりも「嫌な予感」が的中しない様に、とにかくこの場所から離れようとした。
「ちょっと待ってくれ!」
田代ま〇しに良く似た、あのTVで見た写真の男が、俺の目の前に現れ両手を広げた。
とおせんぼしてるようだ。
顔半分は焼きただれていた。
俺「‥やっぱ田代さんじゃん」
田「田代‥?やっぱり俺の事見えるのか?そんな気がしたんだ」
「嫌な予感」が的中した。
‥いつものパターンだ‥。
俺「すげぇ言いづらいんだけど‥アンタ自分が今何なのか自覚ある?」
田「‥俺が死んでるってことか?そりゃわかってるよ‥。自分の体が‥まぁ‥その‥なんだ‥運ばれてるのを見たから。最初はパニックになって整理つかなかったけど、今は受け入れられてる。それよりなんで君には俺の姿が見えるんだ!?」
俺「そう。それわかってんなら話早いや。つまり早い話が、アンタはもう既に死んでて、この世にいてもしょうがない。だから、早く成仏しろよなっていう事。じゃあ俺は帰る」
田「ちょ‥ちょ!待ってくれよ!」
俺「待つか!もうめんどくせー事はこりごりなんだよ。アンタら亡者の相手してたらキリがねぇ!つか田代さん顔が怖ぇ!ヤケドしてんぞ」
田「すごくわかるけども!でも何かの縁だろ?なぁ頼むよ。少しでいいから俺の話を聞いてくれよ。話聞いてくれたら成仏でもなんでもするから。」
俺「いや、おっさんが成仏しようがしまいがどうでもいいよ!俺に関係ねーだろ。うぜぇな。っていうかそこどけよ」
田「頼む‥一生のお願いだから‥うぜぇなんて言わないでくれよ」
俺「一生って‥アンタの一生もう終わってんじゃん。いや、同情はするよ?気の毒だとは思うけど故人が今更なに言ってんだよ」
田「色々事情があるんだ。聞いてくれたら帰っていい」
俺「何で勝手に決めてんだよ‥」
オッサンの名前は、田所さん。
やっぱりニュースで見た、火事によって亡くなってしまった人だった。
なんでも火事になったその日、別れた奥さんとの間の娘の誕生日だったらしく、奥さんと田所さんと娘の3人で、家でバースデーパーティーをする予定だったのだと。
1年ぶりに娘に会えるという事で、テンションの上がった田所さんは、外国映画のワンシーンを真似てロマンチックなムードを演出する為に、火のついたローソクを玄関からリビングにかけて並べたという。
だが、誤ってローソクを倒してしまった事に気づかずにトイレから出ると、リビングでは手に負えない程次々と炎が燃え移っており、消火も手に余り虚しく、煙にやられてしまったのだと。
倒れたローソクはドミノの様に綺麗に倒れていたらしい。
俺「‥泣いていいのか笑っていいのかわかんないんだけど」
田「なんとでも言え。俺はただ、娘を喜ばせたかったんだ。ただそれだけなのに、こんな事になってしまうなんて‥」
俺「俺はそんな頭いい方じゃねぇけど、ローソクをドミノするくらい敷き詰めりゃ、俺だって危ねぇなって事くらいわかるぞ!なんつー死に方してんだよアンタ」
田「俺だって好きで死にたかったんじゃない!事故だ事故!」
俺「でもハタから見て、それってやっぱ自殺か何かの儀式にしか見えねぇぞ‥それに、アンタ離婚してんだろ?そういう事実関係から見て警察も自殺だと思うだろ」
田「どこに娘の誕生日会前に自殺する親がいるんだよ。大事な一人娘だ‥目に入れても痛くないよ」
俺「そんなに娘さん大事なら、なんで別れたの?」
田「妻が一方的にね。まぁ仕方ないんだ、俺は仕事の虫だったから。ほとんど家族を構ってやれなかった。1年に一回、娘と会う事を許されてる」
俺「何だ、アンタがわりーのか。まぁ男らしく娘さんの幸せを願いなよ」
田「家族を食わす為に‥仕方なかったんだ」
俺「まぁアンタの言い分は分かったよ。じゃ帰る」
田「まてまて!まだ話は終わってないんだよ。頼まれて欲しい事があるんだ。プレゼントを‥誕生日プレゼントを娘に渡して欲しいんだ」
俺「‥は。ありえねぇ。話聞くだけって約束だろ?そこまでする義理はねぇよ」
田「“約束”したんだ。」
俺「約束?」
田「あぁ。俺は父親らしい事が何一つできなかった。だからせめて、“これから毎年とびきりのモノをプレゼントするから、誕生日には家においで”と娘と約束したんだ。娘は大喜びだったよ」
俺「“約束”ね‥。でも家ごと燃えちまってるんじゃねぇの。‥まさか俺に買ってこいとか言うんじゃないんだろな?」
田「大丈夫、多分まだ燃えずにあるハズだ。火事になった時、真っ先にプレゼントを金庫に入れたから」
俺は渋々、ボロボロの家に入り、ススだらけの金庫を開けると、確かに小洒落た包みに入ったプレゼントがあった。
俺「‥アンタさぁ、プレゼント守る暇あったら逃げろよ」
田「これ以上、娘と約束は破れなかったんだ。学校のお遊戯会や家族旅行の約束すら守れない父親だったからね。娘と別れて気づいたよ、家族の大切さが。“約束”が心残りで、あの世に逝けず、ずっと家の前で佇んでた。‥ああ、それよりも頼むよ、この通りだ‥!」
俺「‥分かったよ、めんどくせぇな。でもさぁ、アンタが娘さんと“約束”した時、娘さんはこんなモンが欲しい為に喜んだんじゃねぇと思うぞ?」
田「え?」
俺「‥いやなんでもない。とりあえずめんどくせぇけど渡しといてやるからよ、成仏しろよな」
俺は後日、田所さんから聞いた住所を尋ねると、家から奥さんらしき人が出てきた。
奥「あの‥どなたでしょうか」
俺「あぁ、あの‥田代‥じゃねぇや、田所さんとゆかりのある者なんですが、田所さんの生前からの頼みで、今日はその事で伺ったんですけど」
奥「まぁ‥どうぞおあがり下さい」
奥さんはお茶をすすりながら、深い溜め息をついた。
奥「それで、一体どういう事でしょうか?」
俺「なんでも、“約束”だとかでこれを。田所さんが亡くなった日、娘さん、誕生日だったんですよね?プレゼントみたいで。俺は生前、田所さんにこれを渡すように頼まれたんです」
奥「まぁ‥プレゼント!?生前に頼まれたっていう事は‥やっぱりあの人自殺を‥!?」
俺「いえ‥それは絶対にないです。娘さんの誕生日をすごく楽しみにしてましたし。ただ‥その‥何て言うか、色々ありまして。俺にこれを」
奥さんの問いに俺は一瞬たじろいだが、何とかやり過ごした。
死んだハズの田所さんに頼まれた何て言える訳がない。
奥「そうですか‥あの人、もしかしたら自殺してしまかったのかと‥娘は、あの人が亡くなった事は知らないんです。あの子、父親にとても懐いてましたから、ショックが強すぎると思って‥
ミカ、パパからお誕生日プレゼントよー!」
奥さんの声を聞いた途端、娘が走ってきて、包みを勢い良く破いた。
娘「パパから!?やったーお人形セットだ!お兄ちゃんがパパの代わりに持ってきてくれたの?」
俺「うん、まぁ」
娘「パパはどこにいるの?ミカ、パパに会いたい」
俺「遠くに行っちゃって、しばらく会えねぇなぁ」
娘「‥またお仕事なの?パパ、ミカのお誕生日に会ってくれなかったんだ。パパ、私の事嫌いなの?」
俺「そんな事ないって。君の事大好きだって言ってたしな」
娘「でもパパは‥会ってくれなかったよ」
俺「君との約束を守る為にこれを君にプレゼントして、遠くに行ったんだ。‥君には少し難しいかもしんねーけど‥」
娘「‥でもやっぱりミカ、プレゼントよりパパに会いたいよ‥パパ‥全然ミカの事わかってない。パパに会いたいだけなの。それが“約束”なの」
俺「そっか‥でも君の事を何よりも大切に想ってるよ」
娘「ほんと?‥パパのプレゼント、大切にするね」
俺「きっとお父さんも喜ぶよ」
娘は“プレゼントを貰う”という約束じゃなく、“一年に一度、父親と会う”という約束を何よりも喜び、楽しみにしていたのだろう。
プレゼント等どうでも良かったに違いない。
ただ、傍にいて欲しかっただけなんだ。
ハタから見たら何とも皮肉な話だが、俺はそうは思わなかった。
田所さんは自分の命を懸けて、娘の為に“約束”を守り通し、“約束”を果たそうとした。
火事になった何ともマヌケな理由も、亡霊となってまでこの世に留まった理由も、全ては娘を喜ばす為だったと考えると、不器用なオッサンだなと思う。
でも、俺がガキの時にそんな親父がいてくれたらなぁと、ちょっと羨ましくなるというか、変な気持ちになるんだ。
やっぱり人は愛されて育ってくんだなと。
―帰り道、歩きながらそう思った。
怖い話投稿:ホラーテラー 京太郎さん
作者怖話