夏が過ぎたにもかかわらず、外では蝉がうるさく鳴いている。
部屋にも小さな虫が飛び交い、真里の苛立ちは頂点に達していた。
「お母さん! お母さん!? ちょっと、この虫なんとかしてよ! これじゃあ勉強もできないよ!」
相変わらず、母親の玲子は真里に無関心だった。
これが妹の真奈であれば、真剣に聞くのである。
それがいっそう真里を苛立たせた。
「もういいよ」
真里は自分の部屋に駆け込んでいった。
バタン! と、ドアが壊れそうな勢いで閉めたのに、玲子は怒りもしない。
本当に自分のことなどどうでもいいのだ。真里はそう思った。
何もかもが気に入らない。
真奈が自分より優秀なのも、幼馴染の父親が経営する会社で自分の父親が働いていることも、
母親の態度も、部屋に虫がいるのも蝉がうるさいのも気に入らない。
その夜、真里は夢を見た。
夢の中で真里は兎になり、目の前にはお釈迦様が立っていた。
お釈迦様に、「お前は悔い改めなければいけない。さもなくば地獄に落ちる」
と言われ、真里は涙を流してその場にひれ伏した。
お釈迦様が「地獄」と言って指差した先には血の池がごぼごぼと音を立てて湧いており、そこでは色々な種類の動物がもがき苦しんでいた。
そうだ。私が悪いのだ。
全てを家族の所為にしてきた。明日は早く起きて、家族のために何かしよう。
そう、朝食でも作ればきっとみんな驚くだろう。
夢の中でそう思った通り、真里は翌朝起きてすぐに台所へ行った。
「おはよう、みんな。びっくりした? 私がこんなに早く起きるなんて珍しいもんね。
すぐ朝ごはん作るね。卵はどうする? スクランブルエッグ? 目玉焼き?
玉子焼きは苦手だから勘弁してね」
既に食卓を囲んでいる家族の元に、真里は作りたての料理を並べていった。
「おいしい? ねえ、早く食べてよ。なんか言ってくれてもいいのに、ひどいよ」
真里が玲子の肩をゆさぶると、その体はぐにゃりと曲がり
隣に座る真奈の上に倒れ込み、次に父親の上に崩れ落ちた。
その瞬間、小さな虫が煙のように食卓を囲んだので
真里は思わず口を塞いだ。
「やだ~この虫! いいかげんどうにかしてよお母さん!」
怖い話投稿:ホラーテラー ボウモアさん
作者怖話