鬼を神として祀る由緒ある山が生まれて×年が過ぎた。
或る 鬼の話しを 致しませう。
壱 或る子供の会話
「ねぇ、きぃちゃん」
「なぁにゆぅちゃん?」
「この前いっしょに遊んだ小島さん、いないね」
「ああ、おばあちゃんが言ってたよ。『鬼隠し』にあったんだって」
「おに、かくし?」
「うん、鬼さんにさらわれて食べられたって言ってた」
「そっかぁ・・・なら、仕方ないね」
弐 鬼守山の言い伝え
子供の囁き 早く 早く お逃げなさい
鬼はそこまで来ている 子供を喰らい啜り骨までしゃぶるおぞましい鬼神が
子供の叫び 嗚呼 嗚呼 喰らわれた
鬼が来てしまった 甘い血の香りと叫びが鬼ごっこの終わりを告げる
子供の咆哮 億人に一人 憎悪の子供は鬼になる
鬼に化けてしまった 喰らわれ喰らって終わらぬ輪廻の檻の中
追う鬼に 食われる子供に 鬼となる子供に 終わりはないのだ
いつぞやに 老婆が呟いた 『鬼隠し』 の 言い伝え
* * * *
小島さんがいなくなってからしばらくが経ちました。
一か月と二週間だそうです。
未だに 彼女は見つかってません。
「こんな田舎に人さらいなんて物騒ねぇ」と、お母さんは言ってました。
「いや、あれは鬼神様の祟りじゃ、誰かが祠を…」と、おばあちゃんは言ってました。
「鬼神様なんている訳ないじゃない、迷信ですよそんなのは」
「いいや、おる!若者がそんなのだから鬼隠しが起こるんじゃ・・・」
その後は喧嘩になってしまったのでよく聞いてません。
夏は 暑いです。
ですが、こんな田舎の村に『クーラー』は無いので仕方ないです。
太陽が照りつけて 蝉がないて 周りが畑と山に囲まれた村。
頭が焼けてしまうので鍔の大きな麦わら帽子を被ります。
白いワンピースを着て黄色いサンダルを履いて 草っぱらへ向かいました。
草っぱらに向かうまでの道で 鬼守山という森の隣を通らなければいけません。
そこはいつも薄暗くて私は苦手なのですが他に道もないので仕方ないです。
思いっきり走って通り過ぎようとしました、が。
鬼守山と隣接している歩道の距離は三百メートルくらいはあります。
なので 途中からは足がもつれて歩いてしまいます。
仕方なく息を整えて歩いていると 『クスクス』と聞こえました。
誰かが私を見ていたのでしょうか 声のした方向を見て 私は 戦慄しました。
林が幾つも生えていて 木々が交差した 薄暗い森の中の祠の下にいる女の子。
女の子の後ろに 佇む 無骨で 大きな 影。
生暖かい風が 私を舐めるように吹いて 帽子が飛ばされて落ちました。
「・・・小島、さん?」
『クスクス』
その子は 鬼隠しにあった 小島さんでした。
緑のワンピース、青いサンダル、鬼隠しにあった格好と変わってませんでした。
『クスクスクスクス…ウフフ…フフフフフフフ…クスクスクスクス』
でも いつもの小島さんではなく。
大きな影を背中に背負って 剣呑とした瞳を携えて
まるで幽霊のような皮膚の色をした その体には 生気を感じられませんでした。
「・・・・・・・・・キャアアアアアアアア!!」
怖くなって その場から私は逃げました。
走って走って こめかみから頬へ汗が伝って やっと着きました。
青いTシャツを着て赤いサンダルを履いた女の子が石を蹴ってます。
あの子は 私の友達のゆぅちゃんです。
「あ!遅いよきいちゃん」
「…ハッ…ハァッ…ゆぅちゃ…っ」
「どうしたの?」
「いっ…今、山にっ…小島さんが…いたの!」
「小島さんなら随分前から行方不明でしょ?いる訳ないじゃん」
「い…いたのよ!本当に!」
「だってこの前きいちゃんのおばあちゃんが言ってたんでしょ?鬼隠しなんだって」
「そう、だけど…」
鬼隠しと言うのはここの土地に伝わる「神隠し」みたいなものです。
田舎の山には鬼がいて 小さい子供を攫っていく。
勿論 攫われた 子供は―――食 べ ら れ る
実際に鬼を見た人はいません。
居なくなった子供もきっと鬼に攫われた訳ではないと思います。
ですが その事を 「鬼がいない」という事も 証明はされてません。
だから村の人々は「鬼隠し」を信じているんです。
だけどもし鬼隠しが本当の事だとしたら。
あそこに小島さんが居る筈はないのです。
「もぅ、小島さんがいるなんて嘘ついて・・・遅れた理由をちゃんと言えばいいじゃん」
「う、嘘なんかじゃないよ!本当にいたんだもん!」
「じゃあ小島さんがいたって事でいいよもう」
信じて貰えず不機嫌になってる私の背後から
「おーい、アイス持ってきたぞぅ!」という声が聞こえてきました。
あの人は村の酒屋で働いてるトシ兄さんです。
いつもバイクに乗っていて村中の酒の配達に回っています。
時折私たちにアイスをくれるいい人です。
「あ!トシ兄だぁ!今日は何味―?」
ゆぅちゃんは何事も無かったかのように駆け寄って行きます。
「今日はアイスの王道バニラだ!お、きぃちゃんは来ないけどいらないのか?」
「……いる」
炎天下の下、三人で棒アイスにむしゃぶりついて他愛のない事を話します。
「そういや小島さん・・・居なくなったんだってなあ?」
「うん、でね、きぃちゃんがおかしな事言うんだよ?小島さんいないのに居るとかって嘘ついてんの!」
「嘘じゃないよぉ!本当に居たのに・・・」
「・・・きぃちゃん、それ本当か?」
「うん、私ちゃんとみたもん」
「何処で見たんだ?」
なぜか急にトシ兄が低い声で問い詰めてきました。
私は怖くなって小さな声で恐る恐る言いました。
「・・・鬼神様の・・・祠の所で」
黒い影の事は 何故か口には出せませんでした。
「それは本当なんだな?」
「ひっ」
いきなり強く肩を掴まれて私は優しいはずのトシ兄さんに怯えてしまいました。
「・・・っあ、悪い悪い、つい勢い余って掴んじまった」
すぐに離してくれましたが鈍い痛みがまだ残っています。
「トシ兄、そんなの信じるの~?」
ゆぅちゃんが疑り深く聞いてきます。
「あ、ああ、一応捜索隊にその事言っとけば見つかるかもしれないだろ?」
「・・・ふぅん」
「お、まだアイス残ってっけど食うか?」
「あ、食べる食べるぅ!きぃちゃんは?」
「わ・・・私もう帰るよ」
二人の返事を聞かずに私は帰路を走って行きました。
肩の鈍痛はまだ止みません。
無我夢中で走りなるべく祠の方は見ないようにしました。
ですがいつも日の射しにくいアスファルトの路地に何かが落ちてました。
見覚えのある帽子と―片方のサンダル。
先程私が落とした帽子と、小島さんの青いサンダルでした。
恐怖心もありましたが、私は足早にそれらを拾い、また走って行きました。
決して振り向かないように、耳を研ぎ澄ませないように。
クスクスという笑い声が聞こえないように、追われてるはずの無い大きな影に追いつかれないように。
私は見えない恐怖におびえながら 帰りつきました。
その翌日、私は信じられない情報を聞きました。
「ゆぅちゃんが鬼隠しにあったんだって」
昨日まで 元気だった 喧嘩別れのようにさよならをしてしまった ゆぅちゃん。
鬼隠しにあった子供が帰ってきた例はありません。
お母さんはゆぅちゃんがトシ兄と別れてから家に帰ってきてないこと
夜になってゆぅちゃんのお母さんが半狂乱で山狩りをしていたこと
本格的に村での対策が行われていること
そこまでは朦朧とした意識の中で聞いていましたが あとは聞いてません。
悲しいのか怖いのかよく分からない意識の中で 私はあるひとつの可能性を考えました
『ゆぅちゃんは小島さんに連れていかれたんだ』
小島さんが消えて ゆぅちゃんが消えて 次は わたし?
お母さんがまだ話していたのにも関わらず 私は逃げるように部屋に駆け込みました。
本当はここにあるはずが無い青いサンダルを握りしめて私は震えてました。
あの 大きな影は 鬼なのだろうか?二人は食べられたのだろうか?
小島さんはどこ?ゆぅちゃんはどこ?どこにいるの?ねぇ どこ?
思考と決断の末に 私はあの忌まわしい山へ二人を探しに行く事にしました。
もう夕闇が辺りを仄かに包んでいます。
いつでも薄暗い山には関係はあまりないのですが。
鬱陶しい位に蒸し暑い空気、伝う汗、鳴く蝉に落ちる夕陽。
ふと視界の向ける先、アスファルトの道の処にポツンと また何かが落ちていました。
それは ゆぅちゃんが昨日まではいていた 赤い 片方の サンダル
それを網膜に映した瞬間 草の中で何かが動く音がして
ふいに視界が揺らぎました。
後ろから誰かに腕を掴まれ引き寄せられ
口に手を押しやられて 無理やり山の草むらに引きずり込まれました。
静かに低い声で「騒ぐな」と言った声には 聞き覚えがありました。
祠の下まで引き摺るように連れてこられ 木の根の下に叩きつけられました。
私を見下げるその人は トシ兄さんでした。
「トシにぃ…?」
「喋るなよ」ガッ「ぐぇっ」
大人の力で容赦なく腹を蹴り飛ばされ 胃袋の中身を出しそうになりました。
「あぁ…きぃちゃんも見ちゃったなぁ…俺のやったことを」
何の事だか分からなくて理解が不能で ただ いつもの優しいトシ兄さんに戻ってほしくて。
でもトシ兄さんは私を蹴って殴って踏んで 凌辱を繰り返しました。
殴打された数だけトシ兄さんの手は血で汚れて
私が声を漏らした分だけ身体の痣は増えていって
痛い 苦しい 熱い なんで こんな 「…なん、で?」
苦痛に耐えきれず 問いかけが零れてしまいました。
抵抗の意を見せない私に満足したのか トシ兄さんはもう殴ろうとはしませんでした。
「俺はな、昔から子供が好きだったんだ」
無表情で 冷淡な いつものトシ兄さんとは考えられない顔で。
「無邪気な笑顔、お菓子をやればすぐになつく単純さ、小柄な身体に幼い思考」
淡々と 語る様は 何よりも恐怖をそそられました。
「だけど、なぁ?」
突如私の首を両手で思いっきり締め上げました。
苦し い 息が い きが 目が チカチカす る「ぅぐぇあ……ぁ…あぁ…」
「子供を絞め殺す感覚とぉ、苦しそうな顔がぁ、一番好きなんだよなぁ!!」
「……ぁ…ヴ…ぁが……」
「あっはっはっはっはっは!!もっと苦しめよぉ!
小島ってガキははすぐに死んじまったがゆぅちゃんは最後までいい反応してたぜぇ!?
『お母さんに言いつけてやる』だとさぁ!笑えるよなぁ!なぁ?
今なら声出してもいいぜ!どうせ、助けはこねぇんだからよぉ!」
今までの現象は 鬼隠しではなく どうやらこの男のせいでした。
手が土を握りしめて 爪に土が食い込んで 足が痙攣して 目がかすんで。
私に馬乗りになったトシ兄さんは もう狂っていました。
アァ 憎イ コノ男ノ嘲笑ガ 顔ガ 全テガ 憎イ
赤黒いぼやけた視界の中 憎い男の後ろに 大きな影が見えました。
その横には 小島さんと ゆぅちゃん?
何でそこにいるの?死んで無かったの?私だけ 置いていかないでよ?
小島さんのサンダルなら 私が持ってるから安心して。
ゆぅちゃんのサンダルは そこの下に落ちてたよ?
もう、失くしたりしちゃダメだからね。
せっかくお揃いを買ったんだから。
突如大きな影が私の中に入り込んできました。
トシ兄さんはそれには気づいていませんでした。
一変に 視界が黒く暗幕になってしまい それからは感覚でしか分かりませんでした。
爪が研ぎ澄まされ 腕の肉が洩り上がり 鋭い牙が生えて
全身の痛みが消えて その代わり 私の身体は作りかえられました。
おそらく 恐怖で叫ぶトシ兄さんの声
肉を斬り裂く爪の感覚
この 生温かい液体は 血?
骨を砕いて臓腑を切り刻んで肉を踏み潰して血を飲みほして。
私は本能で 破壊を繰り返していました。
気付いたらもう夜でした。
月明かりに照らされた肉片にはもう用はありません。
私は 二人を待たせているのですから。
『ごめんね、小島さん、ゆぅちゃん、待たせちゃって』
『ううん、大丈夫、久しぶりだね』
『いつもきぃちゃんは来るのが遅いもんねぇ』
『もぅ、意地悪言わないでよぉ』
『あはは、ごめんごめん』
『じゃあ、やっと三人集まれたんだし、遊ぼうか』
『じゃあ 鬼ごっこが いいなぁ』
二人は醜い鬼の姿になった私を全然怖がりません。
いつも笑っていて私の事を安心させてくれます。
もうこんな大きな足では お揃いのサンダルは履けませんが。
それでも サンダルなんてなくても 私たち三人が離れることは一生無いのです。
『じゃあ 私が鬼だね』
オニゴッコ
そして 本当の鬼隠しが 始まるのです。
* * * *
数年後
「ねぇ、知ってる?」
「あ?なんだよ?」
「あの山って鬼が出るんだってさぁ」
「お前…そういう話無駄に好きだよなぁ」
「この前、新しい友達から聞いたんだぁ」
「…ここらに他に友達なんていたか?」
「うん、きぃちゃんって子!」
「聞いた事ねぇや、で、その鬼ってなんだよ」
「なんかね、夕暮れの時に山に入ると鬼に追われるんだって☆」
「…そいつは楽しそうな追いかけっこだな」
「でね、逃げきれたら大丈夫なんだけど捕まると頭から食べられるんだって」
「…へぇぇ」
「でね、明日きぃちゃんに誘われたから行く事にしたんだぁ」
「…んな、お前食われてーのかよ?」
「どうせ本当じゃないと思うしさ、大丈夫っしょ、チミも行くかぃ?」
「いや、俺は…やめとく」
「なんで?」
「あそこの山で…うちの兄貴死んだから」
「あ…ごめん、トシ兄だったっけ」
「なんか思い出して嫌んなるから、やめとく」
「そっかー」
「あ、もう俺帰んなきゃ」
「あ、うんバイバーイ」
「じゃなー」
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名ARGENTINOさん
作者怖話