「もしもし?」
「暇か?」
「あたりまえやろ。」
「じゃぁ、今日しかないな。いつものとこに七時な。」
よし。じゃぁ、そろそろ俺も支度するか。
少し早く家を出た為、俺が一番乗りだった。
「マスター。ボストンクーラーね。」
「あいよっ。みんなも来るんか?」
「今日は後、二人だけや。」
今日集まるのは俺を含む三人。
「おっちゃん。生ビール!」
来たか。七時を回ってようやく一人。
来るはずのもう一人が来たのは七時半を過ぎた頃だった。
七時の待ち合わせは七時に家を出ればいいと思ってる奴だ。
「ジンバックね!」
遅れてもなんて事はないと思っている。
「いやしかし、今日はまじ暑かったなぁ。」
やっと揃ったか。
行くならもう今日しかない。
そう思い、急きょ集合をかけて集まれたのはこいつら二人。
まぁ、冒険物はだいたい三人集まれば充分だろう。
「やっぱりか。今日は何かそんな気がしたわ。」
とりあえず、地図を見ながら作戦会議を始めた。
「おっちゃん。ペン貸して。」
昔はマスターと呼べと言っていたが最近になりやっと諦めた。
目的地を丸で囲む。
そこまでの道程と目印にもチェックをいれた。
「ほんまに行くんかいな。」
「冗談でこんな地図に線を引いてどないすんねん。」
そう。この地図は昔に村があった時の地図。
今はダムになっている。
もともと水が少なく、今は使われていないダムのある場所だ。
新しく近くにでかいダムが出来た為、この村があったダムは使かわれなくなってしまったのだ。
「じゃぁ、旧○○トンネル通って行くのが近道か。」
「あんまり通りたくないけどな。まぁ、しゃーないか。」
日照り続きで新しいダムにはもうほとんど水がないという。
昔使ってた水が少ないダムなら干上がってるだろう。
そこに行くのが今回の目的。
昔、沈んだ村のある民家の倉。
ダムになる少し前に、そこに住んでたじいちゃんがなくなって倉の中身は残されたまま水に浸かった。
「まぁ、お宝があるとは思えやんけどね。」
「おそらく水にやられてるやろ。」
「金なら無事なはずや。」
「村長やからお金持ちやろ。」
そんなこんなで、景気付けの酒も入ったところで店を出る。
町外れまで歩き、山に差し掛かる。
今日はきれいな月が出ている。
太陽の光を反射させた丸い月のおかげて用意した懐中電灯は使わなくても充分歩けた。
さて、そろそろトンネルか。
廃村となった村へ続く交通手段の為、今は使われていない。
山を登ってもよかったのだが、時間がかなりかかるため、トンネルを通ることにした。
トンネルの入り口を塞がれた金網を上り、懐中電灯をつける。
「さぁて、行くか。」
三人は暗やみを照らす懐中電灯を頼りにひらすら前へ、前へと進んだ。
三人ともただ、無言で歩いた。
足音だけがトンネルを響かせ、恐怖心がさらに会話が許されない空間を作った。
特に何もなくトンネルを抜けきって、三人ともホッとしたのか煙草に火を点けた。
「帰りも通ると思うと憂鬱やわ。」
「ほんまやな。」
そっけない返事を返し、トンネルを歩く30分を考えるとダムに来たことを少し後悔した。
Barを出て一時間か。
まぁ、まぁのペースだった。
後はもう一つ山道を登りきれば村が見えるはず。
とりあえず三人は持ち帰ってきたジーマを歯でこじ開け飲みながら山道を歩いた。
山の頂上に目印にしていたお寺らしきものが見えた。
ここまでは水がきていなかったようで、ただの廃屋のような雰囲気だった。
「この寺から右に降りて、郵便局が一つ目の目印か。」
「一応足場は残ってるなぁ。」
不気味な景色を見ながら道を下る。
「あれちゃうか?」
たしかに赤いポストらしきものが見えた。
「ポストをさらに右の道やんな。」
あまり話を聞いてなかったと思っていたが、よく覚えてたので少し感心してしまった。
平坦な道に入ると水はなかったが足場は少しゆるい道となった。
「一、二、三…」
「あれやな。あの家か。」
民家に差し掛かるころには道はなく土砂で埋めつくされたような感じだった。
「ほんまにしゃれにならんな。」
「確かにな。」
村が村でなく何とも不気味な景色だ。
洪水の被害にあった町並みをさらに腐らせて色褪せた感じだ。
はっきり言って後悔している。
トンネルを抜け、月明かりが再び照らすにもかかわらず、不気味な雰囲気が懐中電灯を再び手に持たせた。
正面にはでっかいコンクリートの壁。
その近くに目的の民家がある。
腐敗した自然に、新しく水に適応した自然の合わさった何とも言えない不気味な民家を通り、目的の倉を見つけた。
「郵便局から5件目やからこの家やんな。」
さて俺の出番か。
実は俺、鍵屋の息子。
仕事以外で人様の鍵を勝手に開けるのは今回が最初で最後だ。
「猿○ロックサービスたのんますよ。」
不安な空気を何とかしたいのかしょうもない事をいっている。
俺は無視して作業に取り掛かった。
カチャ、カチャ、カチャ。
なかなか鍵は開かず、10分ほどかかりようやく南京錠を外した。
他の二人はずっと月を見ていた。
あまりに不気味なため、気が付けば月を見ていた。
そんな感じだろう。
「おい!開いたぞ!」
次は三人で倉の前の土砂を端によせ、扉を開いた。
「入るぞ!」
トンネルの時といい、こんな時も懐中電灯を持つ俺はいつも不本意ながら先頭だ。
中は荒れ狂っていた。
水の中で泳ぎ、泥と戯れた結果なのだろう。
しょうがないとは思いながら懐中電灯を照らし物色する。
特にこれといったものは見つからなかった。
水で濡れ、コケでおおわれた、よくわからないものであったり、木箱に入った割れたお皿のようなものであったり。
「じゃぁ、次は上か。」
懐中電灯で照らす滑る足場を一人づつ登っていく。
下とは違い比較的大きな箱が多かった印象がある。
コケでおおわれたガラスの箱の中にはきっと人形があるんだろう。
緑色になってしまったガラスの中身をみようとは誰も思わなかった。
一番奥にある箱の紐をとき、ふたを取るとさらに箱があった。
不気味に思いながら開ける。
他の二人も覗き込んできた。
一番奥なだけにお宝なんじゃないかと期待した様子だ。
黒くなってヌメッとした感触はいいものではないが、期待に胸を膨らませた。
するとそこにはまた箱があった。
釘が何本も打ち付けられ、開かないようになっている。
「ビンゴかも!」
この瞬間にこの場にいながら恐怖心はなかった。
だが、一人がふたに微妙に段差があるのに気付いた。
「コケで分かりにくいけど何かの文字じゃね?」
少し凹んだところを指でなぞる。
何度も、何度も。
代わる代わるやってみる。
「あっ、わかった!」
そこには「禁」の文字が彫られていたのだ。
まさかの文字だけになかなか気付かなかったわけだ。
まさかこんな文字が…。
思いもよらなかった文字だけに三人とも躊躇した。
しばらく沈黙が続いたが二人のうちどっちが言ったかは覚えてないが、開けよう。
その言葉ですぐさま七つ道具のうちの一つを使いフタをこじ開けた。
その瞬間三人は尻餅をつくことになる。
ただただ驚いた。
そして全身を恐怖心が包み込み、震えが止まらなくなった。
誰も動けず、逃げることも出来ない。
そこにある黒くなった小さな人の形のようなもの。
ふやけて腐っているようだが臭いはわからない。
周りも全てが腐ったような臭いなだけにわからなかった。
そして倉の全てがきしみだす。
ギィー、ギィー、ギィー。
もうどうしていいかわからずパニックになった。
そして、箱のなかのそれはカタカタと動きだした。
「逃げるぞ!」
その叫び声が倉に響いた瞬間三人は一目散に逃げた。
滑ってこけて落ちて。
泥まみれになりながら死の世界を走った。
腐った木に挟まれた道はほんとうに死の世界につながっているかのようだった。
追ってくる黒いブヨブヨした腐った人のような小さな何かは酔っ払いのようにフラフラとよろけながら追ってくる。
はっきり言ってもう駄目だと思った。
追ってくる。
それはどこまでもついてくる。
そう確信をせざるをえなかった。
恐怖の中、一心不乱に走る。
ペタ、ペタ、ペタ。
よろけながら、あの大きさにしてはかなりのスピードだ。
通り過ぎる民家もきしみだし、ピキッ、ピキッと音を出しはじめた。
そして、ガラス戸の割れる音、木のきしむ音。
来る前の静かな死の世界は地獄となる。
もう振り向く余裕すらない。
どんどんとスピードを上げて追ってくる。
ペタペタペタペタペタペタ…。
郵便局が見えた。
道らしき道に差し掛かり走りやすいとはいえ、ここまでのぬかるんだ道と坂道で足は限界をむかえようとしていた。
「寺だ!寺に!!」
とりあえず三人は寺まで必死に走った。
トンネルのあの長い暗やみは間違いなく無事に逃げ切ることはできない。
それに懐中電灯も置いてきた。
真っ暗な中を走れるはずがない。
寺しかない!
今のこの状況で可能性とよべるものは寺しかなかった。
寺が見えたところで何かの音がした。
木魚の音だ。
ポック、ポック、ポック。
お経まで聞こえる。
だが、迷ってる暇はなかった。
すぐ後ろをベチャ、ベチャっと音を立てながらはしっている。
迷わず寺に飛び込んだ。
追ってきた何かは寺の中には入ってこなかった。
ただ、そこにいる。
扉の向こうに。
三人は座り込んだが、ふとお経の音がする方をさがしてみた。
だが、そこには誰もいなかった。
どこからともなく木魚の音とお経が聞こえるだけだ。
旅の坊さんが宿をとっている。
そんな都合のいい事はなかった。
だが、間違いなくそのお経が奴を中に入れない力になっているのは確かなようだ。
「ハァ、ハァ、ハァ…。」
いっこうに止まらない息切れ。
三人は肩を震わせながらずっとキョロキョロしていた。
しばらくして落ち着いてきたころ。
「あれは何やったんやろ。」
「わからん。」
「まだ、そこにいるんやろな。」
そんな会話をしていると雨が降りだした。
かなりの雨が。
「さっきまでむっちゃ晴れてたのにな。」
雨漏りがひどく三人はかたまって濡れない場所を探し座り込んだ。
ザァー、と降る雨の中、ペチャ、ペチャと音がする。
「いるな。」
「うん。」
どうしていいかも分からず月が隠れてしまい、真っ暗な中、何かないか探してみることにした。
どこかに移したのであろうもともとそこに仏様がいたであろう場所に糸で縫い付けられた一冊の本を見つけた。
雷が光る。
本のタイトルが読めた。
○○村史。
そう書かれていた。
「それにしてもこのお経は何処から聞こえてくるんやろな。」
「ん。」
話し掛けてもこんなものだ。
言葉は数は少ない。
本を読みすすめてみる。
真っ暗で何も読めない。
がだ、頼れるものはこれしかなかった。
「落ち着け。落ち着け。」
そう言いながら自分に言い聞かせた。
よくよく考えると三人ともタバコを吸う。
ライターを持っている事に気付く。
「あるじゃねぇか!」
そして、ポケットに突っ込んでいたジーマの空瓶。
「うまく割れよ!」
細い口を割り、うまい具合に半分くらいのところで割れた。
まだ濡れていない腐ったところの床板をはがし割って小さくし、ビンに入れた。
ガラスの欠片を使い畳を削って火種にして小さな火を灯した。
倉から逃げてきて以来の安心感を少し感じた。
明かりが灯ったところで読み勧めてみる。
難しい字が多いが、半分くらい読みすすめたところでそれらしきものを見つけた。
お盆に死者を迎える時、
病が広まり、
生け贄を、
災いが始まったときに生まれた
子供を捧げる
ミイラとして大事に
年に一度夏祭りでは
儀式として
そのようなことが読み取れた。
要は病気が広まった時に産まれた子供を生け贄として捧げ、神の怒りを沈める。
その子をミイラとし、毎年夏の祭りとしてお盆にはその子供を慰める儀式がある。
そんな感じだと思う。
そして、その儀式に必要なものは四ヶ所に火を灯した神輿を担ぎ、村を練り歩いた後に寺でお経を読んでもらう。
そう読み取れた。
勘違いかもしれないが俺たちにはこれしかなかった。
木材を集め、キャンプファイアのように木の板を積み重ねた。
Tシャツを破り、紐を作りそれを結ぶ。
かつぐところには長い木の板を使った。
ペチャ、ペチャ、
ひやっとさせられる音がする。
待ってろ!
そして神輿らしきものを完成させた。
そして、部屋の隅にあるロウソクを立てていた棚のようなものを見つけたので、ロウの残りを削り取り集めた。
それを割れたビンの欠片にのせ一度溶かし、少し靴ひもを切って編んでいるのをほどき芯として使った。
ガラスの欠片から外した四隅に不恰好なロウソクを灯した。
この量じゃたいしては持たないだろう。
それに村をねり歩くのは無理だ。
奴がいるかぎりここからは出れない。
仕方なくお堂の中をくるくる回った。
三人で交代しながらかつぐ。
お経が聞こえる中、だだ、かついだ。
上半身裸で裸足。
残りの靴ひもも木の固定に使い、今身近にあるのものは全て使った。
やれるだけのことはやった。
後は祈り、かつぐだけ。
ボロボロの床はウグイス張りかのようにきしむ。
キュッ、キュッ、キュッ。
息切れと、木魚、お経に混じり、不気味な空間を作り出す。
もう限界はこえた。
肉体的にも、精神的にも。
木の板を組んだだけに相当重い。
駆け込んでから何度も聞くうちにお経の始まりと終わりがわかってきた。
神輿をかついでから、お経が四週した頃外で叫び声がした。
「うぎゃー!」
「うぎゃー!!」
「おぎゃー!!!」
「おぎゃー!おぎゃー!」
ただ、生まれたときに病が流行っただけで責任を背負わされ、生け贄となる。
それ以降夏の祭りとして慰められてきたにもかかわらず、ダムの建設により村はなくなってしまい忘れ去られてしまった存在となる。
おぎゃー!おぎゃー!おぎゃー!
だんだん声が小さくなってきた。
水のなかに取り残され、暗く冷たい水の中、寂しい思いをしていたのだろう。
泣き声は止まった。
もう大丈夫だろう。
来年のお盆まで安らかに眠るのであろう。
そしてまた来年には神輿をかつぐんだ。
俺たちが…。
寂しい思いをさせてすまなかった。
三人は少しばかり泣いた。
あれが泣き止んだ頃、俺たちの泣き声が響いた。
お経はいつの間にか聞こえなくなっている。
もしかしたら遠くどこかのお寺であげたお経が届いたのかもしれない。
扉をあけたらそこには木の箱に入った小さなミイラがあった。
雨はやみ、朝日が差していた。
日の光を浴び、そのミイラは少し笑っていたように感じる。
荷物とフタを取りに山を下り、閉めて持ち帰った。
今は俺たちの町のお寺にその箱がある。
町に帰ってから住職に話をしたら引きとってくれたのだ。
そう。来年からは俺たちの町の夏祭りにはなかった、神輿をかつぐという行事が出来たんだ。
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