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中編5
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盗まれた本

叔父の古本屋を継いで、片田舎で細々と営業している。

過去いくつかの体験談を書き込ませて貰ったが、皆さんの記憶のなかに自分はまだ存在するだろうか。

「いわくつきの本」と「魂になる方法」、「付録つきの本」の後、長く平和にやってきた。しかしここへ来て、問題が起きたので再度投稿する。

うちのバイトだったZが店を辞めた。その後、実家から忽然といなくなったらしい。

こっちへ戻ってないかとの連絡を受けてその事実を知ったのだが、勿論辞めてからは一度も会ってはいない。何しろ、Zは自分が強制的にクビにしたのだ。最後に会った時はほぼ、喧嘩別れのようになったから、今更のこのこと現れるはずもない。

電話をかけてきたZの母親にその旨を伝えると、暗い声で「そうですか…」と返ってきた。直後に流れたなんとも気まずい沈黙に、なんだか自分がとても悪いことをしたような気分。子供を心配する母親の声は悲痛に思えて、思わず「近所の人にも聞いてみるし、Zのアパートも見てくる。あまり思い詰めない方がいいですよ」とか何とか励ました。

Zは母子家庭で父親も兄弟もおらず、2人だけの家族で、大学入学でこっちに来てからも連絡は欠かさずしていたらしい。「きっと何かあったと思うんです」を繰り返すZ母を無碍にすることも出来なくなって、自分に出来ることなら協力するから、と伝えてその日は電話を切った。

とは言え、自分が知っているZのことと言ったら履歴書に書かれている情報程度。学生証のコピーはある。とりあえず、自分の携帯からZに掛けてみることにした。

プップップ…という、接続音が延々と続いた。うちの店は近くに電波塔もあるし、周りには鉄筋の建物も無い。電波環境は悪くないはずなのに、何度掛けても留守電にすら繋がらない。

あいつ、電波の悪いところにでもいるのか?と思いながら、でも出られても困るなぁ、気まずいし…と悶々とする。

Zを辞めさせたのは、平たく言うと泥棒だったからだ。しかも常習犯。売り上げには手をつけず、入荷した本ばかりを勝手に持ち帰っては自分のものにしていた。

何度も注意したし、警告もした。「これ以上やると警察に突き出すぞ」とか「お前の部屋、家捜しするぞ」とか。けど、奴は一向に認めようとしない。ヘラヘラ笑って「俺じゃないっすよー」と言うばかり。自分はいい加減ムカついて、一方的にZをクビにした。

「だからぁ、俺じゃないですって」とニヤニヤを続けるZに「解ったからもう来んな」と言い放つ。次第に言い合いのようになって、「俺じゃないのにぃ」という捨て台詞を残し、Zは辞めていった。終始ニヤニヤヘラヘラしていたのが不気味だった。口調は確かに怒ったようだったのに。

そういうことが有ったんで、Zと関わりたくない気持ちも強かった。でもZ母の錯乱した口調に同情してしまい、無視することも出来ない。元々おせっかいだし。

何度かけても出ないので電話は諦めた。店を中断して張り紙をし、近くにあるZのアパートに向かってみた。

部屋の番号を確かめて前まで行くと、換気扇のファンが回り続けているのが見える。

なんだ、いるじゃんと思い呼び鈴を押してみるも、応答は無い。

もしかして、換気扇回したまま外出してるのか?と在宅を怪しんでいたら、階段を上ってくるおじさんと遭遇した。

「もしかして、Zくんの友達?」

急に声をかけられて面食らったが、どうやらこのおじさんは管理人らしかった。「バイト先の者で、Z母から頼まれてきた」と説明すると、管理人は「あー、私もさっき電話を貰ったよ。今から部屋の中に入るけど、君どうする?」と尋ねられた。

お願いした。個人的に気になることもあったから。それは勿論、あの盗まれた本たちのこと。もしZが犯人なら、この部屋にあるのはほぼ間違いない。

「お互いさまだけど、こういうの困るんだよねぇ。ほら、今自殺とか多いでしょ?死なれちゃうと処理も大変だし、値も下がっちゃうしねぇ…」

不吉なことを呟きながら、管理人はマスターキーで部屋の鍵を開けてくれた。今では珍しい青い鉄のドアで、鍵を開けた瞬間ゴトン!と音がする。不気味に思った。

管理人は何のためらいも無く部屋に上がりこんでゆき、自分も慌ててその後に続く。部屋は意外に広くて、以前Zが「2DKで5万っすよ、いいでしょ」と自慢していたことを思い出した。

入口は部屋の半分くらいあるダイニングキッチンに繋がっていて、その奥に磨り硝子で仕切られた部屋が2つ横に並んでいる。古そうだが台所の床はフローリングだし、下手するとウチより良いかも…とか考えていると、管理人がおもむろに磨り硝子のふすまに手をかけた。

自分はもうひとつの部屋を見てみようと、一歩進んだ時だ。

管理人がふすまを開けた瞬間「うわっ」と飛び退いた。

「え、何!?」とつられて驚いてしまい、上擦った声を出したら、おじさんは凄い顔で固まってた。

と同時に「きょっ、きょっ、きょっ」という人の声が聞こえてきて、心臓が止まるかと思った。

恐る恐る、そっちの方を見た。Zだった。

茶色の毛布にくるまり、横に揺れながら「きょっ、きょっ、きょっ」と小さく呟いている。満面の笑みで。

見た瞬間、喉からヒィィ、と声にならない声が出た。

Zはケタケタと笑ったかと思うと、また「きょっ、きょっ、きょっ」と揺れはじめ、しばらくしてまたケタケタ笑いをするという奇行に走っていた。

壁にもたれ掛かり、周りにゴミと紙を散らしたまま「ケタケタ、きょっきょっ」を延々と続ける。

自分も管理人もあまりのことに動くことも出来ず、ただそれを眺めていた。

ふっと我に返ったとき、自分はまず「あ、本を探さなきゃ」と思った。

多分半分くらい我に返りきれてなかったと思う。本とか実際どうでもいいのに。Zにあてられて、正常な判断が出来なくなってたのかも知れん。

隣の部屋は何故かとても薄暗く、窓を板で打ち付けてるかのような光の少なさが、磨り硝子ごしに伝わっていた。

自分はその部屋を開けた。

本がぎっちりと積み重なり、部屋中に置かれていた。古い本ばかり。そういえばZは古書集めが好きだったと思い出す。おそらくここは、Zのコレクション部屋なのだろう。平積みされているのに、窓を覆うほどの蔵書量だった。

「きゅ、救急車!」と、管理人が慌てて部屋を出て行った。気が狂っても救急車なんだろうか、と心の中で疑問に思う。

Zは自分のことも管理人のことも解っていない様子で、「ケタケタ……きょっ、きょっ」と笑っていた。

その後、一度だけZ母から連絡があった。荷物を引き上げて地元の病院に入れることにしたので、本を引き取って欲しいという話だった。

「Zは本が好きだったので古本屋の仕事に憧れており、雇ってもらえてラッキーだったと、いつも言っていた。バイト仲間のNくんとも仲良くなれて、毎日楽しそうだった」

Z母は悲しそうにそう言って、電話を切った。部屋から引き上げた本のなかには、もちろんウチの本も含まれていた。Z母には盗難のことは伝えていない。

今、店は通常通り営業しているのだが、どうしても腑に落ちないことがあり、怖い。

Nって誰だ。

怖い話投稿:ホラーテラー 桐屋書房さん  

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