気づくと私は、動物園らしき場所に居た
時間の感覚はない
靄がかっており、はっきりとは見えないが
至るところに檻らしきモノがある
私は、不安になり
誰か自分以外の人が居ないか
辺りを見回した
すると、靄の中から
ひとりの初老の男性が姿を見せた
気が動転していた私は
その男性の元へ駆け寄り、
自己紹介もせずに、
無礼にも突然尋ねた
「ここはどこですか」
「ここは地獄です」
「え?」
「あなたは現世おいて自ら命を経ち、
この地獄へと落ちたのです」
その言葉を聞いて思い出した
私は自殺したのだった
生きていくことに疲れていた私は、
本来「恐怖」であるはずの死後の世界に
「希望」にも似た感情を抱くようになり・・・
そして、ある日
些細な挫折をきっかけに衝動的に首にロープをかけたのだった
「自殺をすれば地獄に行く」
それは本当だったのか
しかし、ここは本当に地獄なのだろうか
確かに不気味な雰囲気を漂わせているが、
広大な土地にどこまでも檻が続いている様子は、さながら「動物園」であった
混乱する私に向かって、
男性が口を開いた
「あなたのお気持ちはわかります
ここが地獄だなんて信じられないのでしょう?」
男性の穏和な語り口調に心が和み、少し緊張感がやわらいだ気がした
男性は語った
「私はここで園長をしております
そして、あなたには
今日からここで
飼育員として働いていただくことになります
まあ、想像されていた地獄とは様子が違うかも知れませんが、
本当の地獄なんて
こんなものです
『本当の地獄』なんてね・・・」
すると男性は踵を返して歩き出した
数歩歩いたところで振り向き
紳士的な笑みを浮かべ
私を手招きした
ついて行くと
ひとつの檻の前に連れてこられた
檻の前にはプレートがあり
『きりん』と書かれていた
しかし、檻の中にいたのは大勢の人間だった
檻は横長の形をしいていて
長さにして50メートルほどある
そして、等間隔に人間が並んでいる
彼らは
両手両足を縛られ、
天井から吊されたロープに首をかけられ、
口には猿ぐつわをされ、
完全に自由を奪われていた
見ていると
彼らは時々ピクリと身体を震わせている
いや、震わせているのではなかった。
速くて目視することが難しいが、
強烈にしなったムチが
彼らの背中に打ち付けられていたのだ
身体の自由を奪われ、
叫ぶことすら出来ない彼らは
ムチが振るわれるたびに
ロープのわずかな遊びの分だけ
ビクンと動いていたのだ
彼らの背後には装置の様なものがあり
そこからムチが
規則正しく
振るわれていたのだった
園長は言った
「彼らは皆、現世において
首を吊って自ら命を絶った者たちです
そう、あなたと同じようにね」
私はゴクリと生唾を飲んだ
「命を与えられた者は
その貴重な命を
最後まで全うする義務があります
その義務を怠った者は
この地獄において
相応の報いを受けてもらわなければならないのです
見ていてください」
園長が指を指した
その先にいた檻の中の男は
叫び声こそあげられないが
ムチによって与えられる苦痛によって
強烈な苦悶の表情を浮かべていた
全身がひどいみみず腫れだ
もだえ苦しむ様子から
すでに発狂寸前に見えた
すると、その男は
右足の足首を外側にひねり
足元にあるボタンを押した
そのとたん、男の足元の床が開いた
ダンッッッッ!!!
絞首刑にかけられた人間のように、
男は首つりの状態になり、
意識を失った
男の首、
頸椎の骨は落下の衝撃によって脱臼し、
首の皮と肉だけで全体重を支えている
もちろん、柔らかい皮と肉は重みのよってダランと伸びている
首の長さだけで30センチはあるだろうか
「ご覧になりましたか
彼はあまりの苦痛に耐えかね、
その苦痛から逃れるため
唯一与えられた『自殺』という『自由』を選択したのです
『キリン』の意味も
おわかりになりましたかな?」
私はあまりの光景に声が出なかった
それを察したのか、園長が言った
「彼はこのあとどうなるのか、知りたいのでしょう?」
私は頷くことしかできなかった
「もちろん、すでに死んでいる彼らは死ぬことが出来ません
あの自殺装置は
耐え難い苦痛から
ほんの一瞬解放されるための逃げ道に過ぎません
首を吊った彼らは
そのまま地上に降ろされ、
首の長さが元に戻るまでの間
朦朧とした意識の中で
しばしの休息を得ることができるのです
しかし、ここは地獄です
それで済むほど
甘い場所ではありません」
そして園長は再び、指を指した
さっきとは違う男だ
しかも、ムチ打ちの拷問も全く違っていた
装置からは3本ものムチが出ていて、
放たれる間隔もかなりハイペースだ
ムチに打たれた身体の傷も惨たらしい
よく見ると、
引っ搔き傷のようになっている・・・
どうやら、あのムチには有刺鉄線が巻き付けられているらしかった
「なぜ彼はこの様になっているのか、ご説明いたしましょう
一度、装置を作動させると、
次からは
さらに強烈なムチ打ちへと
レベルアップするのです
・ムチの数を増やす
・打ち付ける間隔を短くする
・ムチに有刺鉄線を巻き付ける
特殊なムチに付け替えれば、灼熱に熱することだってできます
それらを組み合わせれば
ムチ打のレベルアップは
無限大といっても良いでしょう
彼は
苦痛から逃れるために
何度も装置を作動させ続けました
それがこの結果です
苦痛から逃れようとすればするほど、
さらなる苦痛の深みにはまっていく・・・
彼は今後も
さらなる苦痛を
自ら招いていくことになるでしょう
逃げるために死を選ぶというのは
とても罪深いことなのです
やはり、自殺などするものではないですね」
私はこのとき、
自殺したことを
心の底から後悔した
「しかしあなたは運がよろしい」
「え?」
「最初に言ったでしょう
あなたには
この檻で飼育員として
働いてもらうと
なぁに、働くと言っても簡単なことです
装置を作動させた人間の回復を待つ間に
ムチ打ち装置の
レベルアップをして
いただければいいのです
ただ、装置が作動されてから12時間以内に
レベルアップの操作しないと
あなたも檻の中に
入れられてしまうことに
なるのでご注意を」
(なんだ、それだけか)
不謹慎ながら
若干、私は安堵した
そして園長に尋ねた
「前の飼育員はどうなったのですか?」
「そこにいるよ」
指を指したのは檻の中だった
!!!!!
「飼育員は、装置が作動していないか
定期的に見回りをする
必要がありますが、
檻の中の彼らから
恨みがましい視線が注がれるのは
覚悟しなければなりません
自由を奪われ、
生ける屍となって
延々と続く苦痛に耐え続けなければならない
彼らにとっては
自らに苦痛を課す者である飼育員のあなたに
恨みを込めた視線を突き刺すことだけが
唯一の憂さ晴らしとなるわけですからね
さて、あなたは
そのつき刺さるような視線にどれほど耐えられますかな
飼育員がいてくれないと困るので、
頑張ってください
では」
園長はそう言うと靄の中へと消えていった
檻の前にひとり残された私は
後悔、恐怖、安堵、絶望が入り交じった
複雑な感情を整理しきれずにいた
呆然とする私の目に
入ってきたのは
檻の横に据え付けられた
小さなイスだった
飼育員のためのものだろうか
とりあえず腰掛けると、
足元になにかあるのに
気づいた
あのボタンだった
(私もいつか発狂して、このボタンを押す時が
来るのだろうか・・・)
『本当の地獄』は今始まったばかりだ
※あえて挑戦した偽物さん、それを受け入れたオリジナル作者さんの心意気に感銘を受け、失礼を承知で、私もチャレンジさせていただきました。サイトの光と闇を書いた「初投稿のみなさまへ」、荒らしと罵詈雑言の不毛な応酬に一石を投じようとした即興創作「ネット」(いずれも、すでに削除)などを過去に投稿している私ですが、実は違うHNでまともな投稿もしています(最近はしてませんが)。今後もちょっと変わった角度からサイトを支援していくつもりです。また、そのうち現れるので、また即興創作でもさせてください。
怖い話投稿:ホラーテラー ホラテラなんて大好きだ!さん
作者怖話