現在、僕が住むマンションの話です。
駅まで歩いて10分程度ですし、近所にショッピングセンターもあります。
3LDKでしかも東南の角部屋です。家賃はこのレベルでみたら通常の3分の2程度です。
僕らは新婚で、嫁さんもぜったいここがいいと言ったので、即決しました。
ここにきたのは、ほんの3ヶ月ほど前のことです。
住み始めて1週間後くらいでしたか、
僕が帰宅したら、嫁さんが何もせずにソファで横になっていました。
びっくりしたので、具合でも悪いのか?と、聞きました。
嫁さんは、
「そうね…ちょっと…ごめんなさい…」
と元気なく答えました。
よくよく理由を聞いてみると、洗濯物を干しているときに、
まったく見知らぬ5、6歳くらいの超ショートカットの女の子に袖を引っ張られたそうです。
少女は、寂しそうな目をして嫁さんをじっと見つめていたらしく、生きた人間ではない…瞬間的にそう思ったそうです。
嫁さんはショックのあまり、その夜ずっと泣いていました。
そのことが発端でした。
それから1ヶ月ほど何もなかったので、そんなこと忘れ去っていたのですが、
次は僕が見てしまいました。
僕は仕事上、夜出かけることが時々あります。
マンションはオートロックですが、出口はガラスの自動ドアになっています。
僕はマンションから出ようと、ホールから出口に向かって行きました。
ガラスの自動ドアに、初老の男性が写っていました。
一瞬しか見ていませんが、鍬みたいなものをかかえていたので、農家の方のようでした。
すぐに後ろを振り返りましたが、誰もいません。
僕はさすがに慌てました。のどがからからに乾いていました。
たまたま、マンションを出た直後にタクシーが来たのですぐ乗り込みました。
そして、このマンションの評判を運転手さんに質問してみました。
運転手さんは駅までの道中、
「さあ…よくは知らないけど、あんまり人は住んでなさそうですよね…この辺はホームだから詳しいけど、あそこのマンションの人乗せたことないですよ。」
と、それだけ言いました。
僕は今さらながら、もっとよく考えて決めればよかったと、後悔しました。
駅について料金を支払っていたときです。
運転手さんは、
「あの…朝5時頃、いつも散歩してるおじいさんいるんですよ。田中さん(仮名)って方ですがね…あのおじいさん、昔からの地の人だから一度聞いてみたらどうですか?あの…いつもね、おばあちゃんの写真首からさげて散歩してるからすぐわかりますよ!必ず5時頃、マンションの前通りますから…」
と、情報をくれました。
僕は、ありがとうございます!とお礼を言うと、早速そうしてみようと思いました。
でも、変わったおじいさんだなとも思いました。
その夜、僕の仕事中に嫁さんからメールがありました。
『今日ごめんなさい。かなりやばいと思います。さっき、家を出てしまいました。独りではとても耐えられないので、とりあえず今日は実家に向かいます。わがまま言って本当にごめんなさい。』
また何かあったな…と思いました。
僕は仕事が終わって帰宅すると、ポーチに2カ所、南にあるベランダに2カ所盛り塩をしました。
そして、テレビとすべての照明をつけて眠りました。
目覚ましは4時半にセットしました。
翌朝、僕は5時になる15分くらい前から、温かいお茶を入れた水痘を持って、マンションの前で田中さんを待ち受けました。
運転手さんの言った通り、田中さんは現れました。
案の定、田中さんは丸いポートレートに入った女性の写真を首から下げていました。
僕は思い切って田中さんに声をかけました。
田中さんは、のけぞってびっくりしていました。
僕が上下白のウェアを着ていたから、僕を幽霊とでも思ったのかも知れません。
田中さんは気のいいおじいさんでした。
僕は田中さんに起こったことのすべてを打ち明けました。
田中さんは僕の入れたお茶を、ありがとうと言って一口飲みました。
「あんまり言いたかねえけど…」
田中さんは苦笑いして、タバコを吸いながら話してくれました。
元々マンションの位置する辺りは、立派な家系の畑だったそうです。
大きな桜の木が数本植わっていて、春になると地域の人たちが花見を楽しんだそうです。
田中さんの家は代々村長の家系で、お父さんも当時村長をしていて、田中さんもお父さんと一緒に、そこの花見によく呼ばれたようです。
ある日、畑の持ち主の孫娘が風邪をこじらせて亡くなってしまいました。
その当時そこの家族は大変落胆してしまい、あまりのショックから、息子さん(孫の父親)が桜の木で首を吊り、自ら命を絶ったそうです。
その後太平洋戦争が起こって、空襲で村は大変な被害に遭い、桜の木は一本も残らず大破してしまいました。
戦後、孫娘や息子さんの霊を鎮めようと祠がたてられましたが、田中さんがまだ若い頃、仕事のため地元を離れ東京で暮らしていた間に、いつの間にか取り払われたそうです。その理由についてはわからないということでした。
それが原因かどうかよくわかりませんが、近所の人たちが自殺した息子さんの霊を見かけるといった話が田中さんの耳にも入ってくるようになりました。
田中さんは魔除けのお守りにと、今は亡き奥さんの写真を持って散歩しているとのことでした。
僕はその話を聞き終わると、田中さんにいんぎんにお礼を言って、田中さんと別れました。
そして、早速上司にその話をして、再度引っ越しを認めてほしいと頼み込みました。
信心深い上司は、本気でその話に耳を傾けてくれ、本社にもかけあってくれました。
しかし、『そのようなことは、住居を決める際にちゃんと調べておくべきこと』
という理由で、認められませんでした。
貯金のない僕は悩みました。
嫁さんはまだ実家から帰ってきませんが、つい先日会ってきました。
嫁さんの話では、
「あなたがあの夜仕事に行ってから、テレビ見てたんだけど、東側の窓がドーン、ドーンって大きな音が聞こえたのね…私、このところ何にもおこってなかったからすっかり忘れてたの。それで…カーテン開けたら…もう固まったわ。痙攣した足が窓を蹴ってた音だったのよぉ!」
嫁さんはまた号泣してしまいました。
嫁さんがいつまでたっても帰宅できない理由が本当にわかった気がしました。
僕は自腹切って引っ越す決意をしました。
年明けにはすぐ引っ越します。
嫁さんは当然実家にこもったままです。
もし転勤になれば、また引っ越さなきゃ…
【終】
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話