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中編4
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曼珠沙華(ひがんばな)

個人宅配業を営む、Tさんが体験した話である。

企業配と違い、宅配の昼間の在宅率は、よくても6、7割であるから、夜間に再配をかける。

その日も、午後8時40分、Tさんは、夜間の配達を一通り終え、残った荷物を保管するために、センターに向かっていた。

秋もすかっり深まり、夜の空気は肌寒い。窓を開けて走って行くと、虫の声が、微かに聞こえてくる。

やがて、郊外に出ると、星空が美しく、ラジオに流れる音楽と溶け合っているようで、心地好い。

前方を見ると、小川が流れ、間もなく、その橋に達しようとする時だった。

ザッザザ〜ザ・・・

ラジオに突如、ノイズが入る。

Tさんは、舌打ちしてラジオを切ると、タバコをくわえ、火を着けた。

ふぅ〜と一息つき、そういえば、この川の土手には、彼岸花が一面に咲く。昼間ならきれいだろうな。Tさんは、そんなことを思いながら、橋を渡ろうとした。

その時である。

「 ・・・しゃん、ごんしゃん、何処へゆく、 赤いお墓の曼珠沙華(ひがんばな)、曼珠沙華、今日も、手折りに来たわいなぁ・・・・」

物悲しく、啜り泣くような、女のアカペラの唄が、何処からか聞こえてくる。

ラジオは切ってある。しかし、外の歌声が、走行中、これ程、明確に聞き取れる分けがない。

いったい何なんだ?

Tさんは、薄気味悪くなり、ラジオのスイッチを入れたが、まったく反応しない。逆に、その歌声は、ますます大きく、はっきりと聞こえてくる。

その時、Tさんは、目を見張った。目の前に、急に人らしきものが、飛び出て来た。

うわ〜あっ!!

急ブレーキをかけたが、間に合うはずもない。

鈍い、生理的に嫌な衝撃とともに、車は急停止した。

ああ!やってしまった・・・何てことだ・・・

Tさんは、絶望感に茫然自失となりながらも、車から降り、辺りを見渡した。

い、いない・・・誰も・・・??どういうことだ?

急停止する直前、確かに、確かに、この目で見たのだ・・・。白っぽい服の女と、そして幼い子供もいっしょだった・・・そして、間に合わず、撥ねて、撥ねてしまったのに・・・

Tさんは、混乱する頭で車に戻ろうとした。いずれにしても、道の真ん中に、停車しておく分けにもいかない。車を脇に寄せて、懐中電灯でもう一度、よく調べなければ。

その時である。

「ごんしゃん、ごんしゃん、何本か、地には七本、血のように、血のように、ちょうど、あの児の年の数・・・」

何処からか、また、あの唄が聞こえる。もっと近くで、もっとはっきりと・・・。

Tさんは、この時、悟ったのだという。

今、自分が、とんでもない世界に迷いこんだことを、とんでもない者達と遭遇してしまったことを・・・・

脈拍数は急増し、寒いというのに、嫌な汗が体からじわじわと湧いてくる。

車に戻り、エンジンをかけようと、ふと下を見た瞬間、Tさんの体は固まった。

足元のプレーキとアクセルの間から、白っぽい女の顔が、暗闇にも関わらず、はっきりと、そこに見える。

目は真っ赤に充血し、恨めしげに、じっとTさんを睨み、赤い紅を施した唇は、真一文字に結ばれていた。

ひっひぃ!うわああ〜!

Tさんは、もはや恐怖の極限に達していた。

車を飛び出し、狂ったように走り始めた。どこをどう走ったのか、全く解らずに、とにかくがむしゃらに走ったそうだ。

この場から一刻も早く、少しでも遠くに離れたい。そんな一心で、しばらく死に物狂いで走った。

いったい、どの位、走ったのだろうか。流石に、もう走れない。限界だった。心臓は破れるほど、脈打ち、呼吸困難な状況で、その場に膝を着いた。

そして・・・・、更なる悪夢が・・・

顔を上げると、小川があり、橋があった。そして、自分の乗り捨てた車が・・・・

その時である・・・・

「ごんしゃん、ごんしゃん、気をつけな、ひとつ摘んでも日は真昼、日は真昼、ひとつあとから、また、ひらく」

橋の上で、白い顔の女が、赤い目で、じっとTさんを見つめている。

血まみれの幼児を抱え、あの唄を歌いながら・・・

啜り泣くような、物悲しい声で・・・・

その時、Tさんは、何故か、それが、二本の赤い彼岸花に見えたそうである。

Tさんは、そこで完全に意識を失った・・・・。

その後、Tさんは、仕事も廃業し、長い闘病生活を続けているらしい。

担当医師の診断によると、PTSD、つまり外的障害後ストレス症候群。

個人の内面的な、苦悩などから発したものでなく、明らかに、生命に関わる、外的な事故やショックによって、精神障害や、それに伴う肉体的、生理的な障害を引き起こす疾患だそうである。

また、因みに・・・Tさんが通った橋の手前で、15年程前、轢き逃げ事件があり、今だに未解決だそうである。

幼い命が犠牲となり、その母親は、気の毒にも頭がおかしくなり、小川の土手を、唄を口ずさみながら、暫く徘徊していたという。

その唄は、

山田耕作 作曲

北原白秋 作詞

曼珠沙華(ひがんばな)

であった。

「 ごんしゃん、ごんしゃん、何故、泣くう、いつまで取っても、曼珠沙華、曼珠沙華、怖や、赤しや、まだ七つ」

今、私は、CDでこの歌曲を聞きながら、Tさんの怪話に思いを馳せる。

そして、まさに、これこそ、

強ち 起こり得ない話とは 言い切れない・・・・

と、密かに思うのである。

怖い話投稿:ホラーテラー 洗島の八さん  

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