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中編7
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幽霊の日常 交代

ここは廃病院。

俺はこの場所に住み着いている幽霊だ。

以前はここも『心霊スポット』として賑わったものだが、ここ何年かは客も訪れる事もなく寂れてしまった。

なんでも、テレビ番組かなんかの浄霊特集とかで、有名霊能者とやらが来たからだ。

そして何だかわからない道具を並べ立て、何だかわからないお経を唱えていたおばさんが

「キエーッ!!…………これでこの場所の怨念は全て浄化されました!

もう悪さをする事はありません。」

とか何とか言って たくさんのスタッフ達を引き連れ帰って行った。

悪さなんてしてませんが?怨念って何?

それに俺、浄化(?)されてないみたいなんですが。

おばさんが何か唱えている間、目の前であぐらをかいて座ってみたり 寝そべって顔を覗き込んだりしてみたが 気にもされず。

全然ダメじゃん。

これなら気弱君(前回参照)の方がずっと凄いぜ。

もしかしたら俺、丈夫なのかも、霊として。

まぁ、こんな事があってから この場所を訪れる人間はいなくなってしまった。

『心霊スポット』だった場所の霊は「もう いない」と断言されてしまったんだから当たり前だ。

霊がいないと言われた場所に、わざわざ来る物好きな人間なんているわけない。

スリルも何もないこの場所は、ただの薄汚れた建物になってしまったわけだ。

俺もそろそろ 成仏する道を探す時期がきたか……なんて考えていたら、外から物音がする事に気づいた。

窓から顔を出すと、男と女が建物に向かい歩いてきたのが見えた。

うわ、珍しい……。まだここに来る奴らがいたとはね。

俺は浮足立ちながら階下へと、奴らを出迎える為に向かった。

「ねぇ陽一……。なんで急にこんな所に?」

「この街を離れる前に 一度ここへ来てみたかったんだよ。」

「そうなんだ。あたしちょっと怖いな……。」

二人はぼそぼそと呟きながら 建物の中へと足を踏み入れた。

真っ暗な中、男が持つ懐中電灯だけを頼りに 廊下を歩いていく。

「ここはさ、前は結構有名な心霊スポットだったんだぜ。」

それを聞いた女は、男の腕にギュッとしがみつく。

「やだ、怖いよ。」

「ははは。今は綺麗サッパリはらわれちゃって、もう何も出ないんだってさ。」

「ほ、本当に?」

「ああ。ここ診察室だってさ、入ってみようぜ。」

男に引っ張られるようにして 女も部屋の中へ入って行った。

「わぁ、ベッドとか色々そのまま残されてるんだね。」

男にしがみついたまま、女はキョロキョロと辺りを見渡している。

「だな。……ところでさ、今日俺に会う事は」

「うん、誰にも言ってないよ。」

にっこりと 女は男に微笑んだ。

「家族とか友達には心配かけちゃうけど……。

こうでもしないと、この子産んであげられないもんね。遠くへ行って、二人で頑張ろうね……。」

女は幸せそうに お腹に手を当てる。

「あ〜、その事だけどさ……。俺やっぱ、お前とは行けないわ。」

男は自分の腕にまわされた女の手を振り払った。

「やっぱ無理だよ、駆け落ちなんてさ。」

「な、なんで!?どうして急にそんな事言うの!」

「急にじゃねーよ。俺は最初から無理だと思ってたし。」

女の目から 大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。

「じゃあ、どうして産んでいいなんて言ったの?」

「だってそう言わないと俺が悪者みたくなるじゃん。とにかくお前が、子供をおろせばいいんだよ!」

女の顔に絶望の色が浮かぶ。

「酷いよ、今になってこんな……!あたしはもう、学校も辞めてきたんだよ!?」

「は?だから?お前はただの女子高生だけど、俺は医大生だぞ。

簡単に辞められるわけないじゃん。第一こんな事知られたら、俺の母さんが悲しむだろ!」

「母親が何だっていうのよ!あんたは父親になるんだよ?

それにもう、おろせないとこまできてる事 医大生ならわかるでしょ!」

男はいきなり女の腹を蹴り上げた。

ギャア!と女の悲鳴が響き渡る。

「だったら死産って手もあるだろ。」

「あんたって……本当に最低ね!こんな奴だったなんて……」

男を睨みつけながら、女は携帯電話を取り出した。

「馬鹿、やめろ!」

女がボタンを押すより早く、男が携帯電話を取り上げそれを叩き壊した。

そして女の首に両手をかけ 首を締める。

「ぐっ!や、やめ…!」

「やめねーよ馬鹿!大人しく言う事を聞けば助けてやったかも知れないのになぁ。

お前 俺がなんでこんな人が来ない場所に連れてきたのか、本当にわからなかったわけ?

マジで馬鹿だな。」

男は笑いながら、さらに手に力を込めた。

ギリギリと 男の指が女の細い首にくい込んでいく。

「い、いやぁ!!」

女に突き飛ばされ、油断していた男は一瞬よろめき、女の首から手を離した。

しかしすぐに、再度女に襲い掛かる。

「こいつっ!!」

「いやぁぁあ!誰か、誰か助けてーーー!!」

ドタン! バタン!と激しい物音が鳴り響き、埃が舞い上がり部屋の中が白く煙る。

数分後、部屋の中は静まり返っていた。

まだ埃が舞う中、男は足元に転がっているものを見つめ 茫然と立ち尽くしている。

それは女の死体ではなく、頭から血を流した男の体であった。

「えっ!? え、なんだこれ!

なんで俺が倒れてんだよ!」

男は事態が把握できずにパニクっている。

俺は男に後ろから近づき、耳元で

『説明してやろうか?』

と囁いた。

「え?」 男は後ろを振り向き、目を見開いた。

「うわ!だ、誰だよお前!いつからここに!?」

『俺か?俺は幽霊ってやつだよ。

ちなみに最初からここにいました。』

俺はこれみよがしに 宙に浮いてみせた。

「ひぃ……!ゆ、幽霊!?こ、こっちに来るな!いや、来ないで下さい!」

男は怯え、腰が抜けたように座り込んでしまった。

『何をそんなに怖がる必要がある?

お前だって俺と似たようなものじゃないか。』

俺は、男の足元に転がる体を指さした。

「俺……俺、死んだんですか!?一体なんで!」

『正確に言うと まだ死んではいない。

お前は女の首を締めて殺そうとしていた。それは覚えてるな?』

「あ……はい。」

男は少しばつが悪そうに、俺から目を逸らした。

『そして一度手を離してしまい、慌てて女にもう一度襲い掛かった。合ってるな?』

「……はい。」

『その時お前は、これを踏ん付けてひっくり返ったんだよ。』

それは床に落ちた懐中電灯だった。

「これを踏んで?」

『そう。それはもう見事に、一回転するんじゃないかってくらいの勢いで。

んで、この机の角に後頭部をぶつけて、こうしてお前の体は転がっているというわけだ。』

まぁ、懐中電灯を足元へ転がしたのは俺なんだけどね。

俺の指さした方向へ 男が顔を向ける。

そこには血痕がべったりとついた机があった。

「こんなに血が!これで俺は死んだんですか!?」

『いや、だからまだ死んでないって。お前と体を繋いでる紐みたいのがあるのが見えるか?

それが切れたら完全な死だ。』

男は自分の体から出ている臍の緒のような物に気づく。

それは さっきに比べるとだいぶ細くなり、ゆらゆらと揺れていた。

『まぁ、切れるのは時間の問題だな。

ほっとけば確実にお前は死ぬ。』

「い、嫌だ!嫌だ嫌だ!死にたくない!

助けて下さい!俺はまだ死にたくないんです!」

男は取り乱し、頭を抱え泣き出した。

やれやれ……ずいぶん勝手な奴だ。

ついさっき 彼女を殺そうとしていたくせにな。

『助けてやろうにも俺には無理だ。

見ての通り、ただの幽霊だからな。携帯も使えない。助かる道があるとすれば……。』

「な、なんですか?なんでもしますから!」

『さっき逃げて行った彼女のもとへ行って、心から詫びる事だな。』

「……え?」

『だってそうだろ?お前がここにいる事を知っている人間は一人しかいないんだから。』

「確かに……。」

『俺が見えないくらいだから霊感はないかもしれないけど、お前が必死で訴えればもしかしたら……救急車くらいは呼んでもらえるかもしれない。』

「そうですね!俺、やってみます!」

微かに見えた一筋の希望の光に、男の顔が明るくなる。

『心から謝らないと彼女には届かないぞ。

あと お前には時間がないんだ、急いで行け。』

「は、はい、行ってきます!あの ありがとうございました!」

男は自分を助ける為に、彼女のもとへと飛んで行った。

そうだ。必死になって謝りたおしてこい。

彼女にお前の訴えが届くとは思えないがな。

男の後ろ姿を見送りながら、フッと鼻で笑う。

彼女はここに、人が来ない事をもう知っているんだ。

自分を殺そうとした男を助ける程、彼女はお人よしではないだろう。

万が一 訴えが届き救急車が到着したとしても、お前が助かる道はもう、ない。

俺は男の体に近づくと、文字通りのあいつの『命綱』を 両手に持ち引きちぎった。

男の体は一瞬、痙攣を起こすようにビクリと動いたが、すぐに静かになった。

おめでとう 陽一君。

これでお前も、今日から幽霊の仲間入りだ。

この建物はお前に譲ってやるよ。

お前なんかと一緒にいたら、俺の方が腐っちまうからな。

彼女のお腹に宿っていた 小さくて暖かいあの光り。

お前が蹴ったあの瞬間から、それは少しずつ 輝きを失っていったよ。

そして完全に消えてしまう前に、俺に言ったんだ。

『あいつを殺して!』と。

ほっといてもお前は死んだだろう。

あえて命綱を切ったのは……俺がお前の事を嫌いなせいだ、たぶん。

俺はもう、この場所に戻る事はないだろう。

門の所で 最後に建物の方を振り返ると、あの男が戻ってきたのが見えた。

今日からお前が ここの主だな。まぁ、せいぜい頑張れよ。

クスリ、と少し笑ってから 長年住み着いたこの場所を、俺は後にしたのだった。

怖い話投稿:ホラーテラー 桜雪さん  

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