刑法39条をご存知の方はいらっしゃるだろうか?
「心神喪失者の行為は、罰しない。」
というやつだ。
要するに、殺人をしても精神病であることさえ認定されれば、無罪になる。
私は法律家ではないので、この法律の善し悪しはここでは言及しない。
ただ…この法が元(…かどうかは正直わからないが…)で起こった悲劇がある。
~ある女性(A氏)は精神病を患っていた。
何でも、何者かに母親を殺されてしまったそうだ。
警察は必死で捜査し、かくして犯人は捕まった。
しかし、上記の「刑法39条」によって犯人は精神科へ入院。
起訴は取り下げられ無罪となった。
母親の死と犯人無罪という二重のショック。
A氏が精神を病むのは誰の目から見ても、仕方のないことだった。
…入院中の彼女はずっと自分の病室(個室)で引きこもっていた。
食事も看護師が部屋まで持って行き、排泄も部屋の中のトイレで済ます。
入浴もしないため、看護師がA氏の体を拭いていた。
とにかく徹底して部屋から出ない。
彼女の担当医は「相当ひどいね。しばらくはこのままで様子を見よう。」と見守る姿勢をとった。
見方によっては「さじを投げた」と思えなくもなかった。
そんなある日、他の入院患者から「Aさんを夜中に見た」という証言がチラホラと看護師に寄せられた。
何でも、夜中にふと目を覚ますと、彼女の顔があって
「違う…」
とぼそっとつぶやくのだという。
A氏は外に出ることはほとんどない。
まして、他の患者の病室に行くことなどあるはずもなかった。
ここは精神科である。
A氏以外の患者も、形は違うにしろ、何かしらの精神病を患っている。
そのため、医師や看護師は「患者たちの幻覚」と半ば強引に片付けた。
そういう噂が患者達の間で囁かれ、日々が過ぎていったある日。
とある患者(B氏)が、他の病棟からこの病棟へ転棟してきた。
精神状態が改善されたため、比較的重病者の少ないこの病棟へ移ってきたのだ。
このまましばらく治療すれば退院する、という話だった。
転棟後もB氏の入院経過はいたって良好。
どの医師も看護師もB氏の退院を確信していた。
もちろんB氏自身も…。
しかし、そんな日々の中、B氏はある妄想言動を口にするようになりはじめた。
「女性が病室に来る!」
と言うのである。
さすがの医師たちもこれには驚いた。
他の患者が噂していることと内容が似通うではないか。
…しかし、他の患者の証言と比べると、ひとつだけ、違う点があった。…
…ある朝、B氏は病室で死んでいた。
部屋にあった鉛筆で目を刺され、昏倒したところを、顔面から首筋にかけてメッタ刺しにされたようである。
B氏は個室のため、他の患者の目撃証言はなかった。
警察が動き、捜査を進めた。
その結果、犯人は引きこもり患者のA氏であることが判明した。
しかし、A氏に罪は問われなかった。
入院し、その中でも医師たちがさじを投げるほどの重症である。
責任能力などあるはずもない。
…結局A氏はこのままの生活が続くこととなった。
ところで…B氏が医師たちに「女性が病室に来る!」と言っていた件。
その内容でひとつだけ他患者と内容がちがう部分は…
他の患者には上にも述べたように
「違う…」
なのだが、B氏には
「やっと…見つけた…」
と女性の言葉の中身が変わっている部分だったという。
~後日談~
B氏には恋人(C氏)がいた。
入院生活の中で見つけた、同じ病気の患者である。
お互い、抱えている悩みが近いためか、二人は意気投合し、恋に落ちたのだという。
C氏もB氏の支えがあってか、状態は大変よくなっていった。
しかし、B氏の死を聞かされ、そのショックで病室内に引きこもるようになってしまった。
ところが…また…患者の間で、不気味な噂がたつようになった。
夜中にC氏が現れて
「違う…」
と呟くのだという…
怖い話投稿:ホラーテラー たけっぴさん
作者怖話