「おい、U君。今度の物件、幽霊が出るんだって?」
「あ、はい、出ました」
職場での話し声に、端で聞いていた俺のオカルトアンテナが一瞬で反応した。
俺が勤めているのは新築住宅専門の建築会社だ。
不況の波は容赦なくうちの会社も襲い続けている。
その影響はもはや企業の耐えられる限界を超えていた。
受注は前年比3割、4割減というレベルが続いており、古くからの付き合いの下請け業者も続々と廃業、取引停止が続いている。
生き残った者たちも合理化による支払金額の切り詰めにあい、次は自分が切られるのかという危機感を通り越した絶望感で常にピリピリしている。
ご多分にもれず、会社も人員整理に乗り出し、俺がお世話になった先輩も含め次々と転職者が出てきていた。
そんな中での話だ。
比較的若いU君が、古い家屋を取り壊し、新しく家を建て替えるという契約を取ってきた。
ところが、その解体の下見に行ったU君が、見てはいけないものを見てしまったという。
(おおっ)
俺は無関心を装いながら、内心は久しぶりにわくわくしていた。
「何か出そうな雰囲気がある」でも、「出るという噂がある」でもない。もうすでに「出てしまった」というのだ。
「どう?昌(俺の仮名)君、この物件、担当できる?」
ちなみに俺は現場監督。物件の担当を任されたら、常駐、とはいかなくてもそこにいる時間は当然長くなる。
「幽霊が出るってなんですか?何があったんですか?」
俺は心の中で小躍りしつつも、冷静さを装って聞いた。
「いやあ、こないだ解体の下見に行ったんスけどね。
なんかヤバそうな雰囲気ってのはあったんスけど、誰もいないってのに2階からは足音がするし、寝室の化粧台の鏡に、いるはずのない女が歩いてるのが映ったりしたんスよ。
絶対これヤバイって、俺、下見途中でやめて帰っちゃったっスよ」
上司に代わってU君が答える。
ふむふむ、怪奇現象としてはクラシックだが、免疫のない素人相手のファーストインパクトとしてはなかなかいいぞ。
おまけにここはオカルト同好会でも飲み会の席でもないビジネスの現場。
自分の言動に責任がかかる場所で、「怖くて下見を途中で投げた」というのはなかなか言えることではない。
しかもそれを会社が容認している・・・。
(これはマジだ。掘り出し物だ。これならいける。絶好の実話怪談の素材だ)
俺はそう確信した。
「その物件しかないなら、自分担当してもいいですけど」
「昌さん本気っスか?結構マジやばいっスよ。塩とかお札とかいっぱいもってったほうがいいっスよ。ここ、なんつーかマジで出ますよ。俺、実際見ちゃったっスよ」
「有難う。お札買いこんでいくことにするよ。
一度自分でも見ておきたいけど、いつでも顔出していい現場?なにか注意することある?」
「いつ行っても大丈夫っス。あ、でもひとつ言い忘れてたんスけど」
「なに?」
「隣に893の親分が住んでるっス」
俺はその物件の担当を辞退した。
そして晴れてリストランリストに名前が載る身となったのだった。
怖い話投稿:ホラーテラー 修行者さん
作者怖話