昨年の年末のことですが、家内と娘が旅行に出かけていたため、息子と二人留守番をしていました。
どうにかこうにか、息子・ユウタの就職先も決まり、ユウタと私は正直ホッとしていました。そして、夕飯を作るのも面倒だということで、二人で近所の居酒屋に出かけることにしたのです。
出がけに私がドアの鍵を閉めていた時、ちょうどユウタがポストの中をチェックしていました。
一枚のはがきが入っていたのです。
「父さん、喪中はがききてるよ。」
「誰から?」
「ヤマダさんだって…… 」
「……あ、ありがとう。」
差出人は京都に住む友人ヒロトの奥さんからでした。私はユウタからハガキを受け取ると、居酒屋に向かう道すがら、ハガキの裏面に目を通しました。
『主人がいなくなって、もうじき一年が経とうとしております。葬儀の際には、ご夫妻でわざわざ遠方よりお越しいただき、きっと主人も喜んでいたことでしょう。あんなに泣きじゃくっていた娘達も今ではすっかり立ち直り、元気に小学校に通う毎日です。お恥ずかしいことに、私に限って未だ悲しみが癒えることがないのです。でも何とか親子三人力を合わせて暮らして行きたいと思っております。』
そうです……
私は昨年の1月に親友のヒロトを亡くしました。事故死でした…
ヒロトとは住まいが離れていたこともあり、事故当時の詳しい状況はいまだにわかりません。
会社仲間との飲み会帰り、交差点で信号待ちしていたヒロトに、ワンボックスカーが激突したと噂で聞いただけです……
葬儀での奥さんや子供達の嘆きと悲しみを思い出すと……
私は歩きながら思わず目頭が熱くなっていくのを感じました。
ヒロトは優しくて面倒見のいいやつでした。
私とヒロトは同じ高校の同級生でしたが、いつも私がヒロトに面倒を見てもらっていたように思います。
ヒロトは私より大人びていました。若い頃、私は小さなことでもすぐに頭に血が上ったものですが、ヒロトはいつも落ち着いていて、『まあまあ』とニッコリ笑いながら、『そのとおりや、そのとおりや…… 』と言って私をなだめる…… そんな男でした。
お互い社会人になってからも、時間を見つけてはよくつるんだものです。競馬、麻雀、パチンコ、女遊び…
ナンパするのはいつも私の係でしたが、彼女をゲットするのはいつもヒロトでした。
ヒロトはモテたので、恋愛経験は豊富でした。いつも違う彼女を連れていました。いつだったか、ヒロトが悪びれて私に漏らしました。
生まれて初めて女の子を殴った……
別れたいと言ったら、包丁を振り回されたから……
当時のヒロトにはそんなエピソードがありました。少し女の子に飽きっぽいタイプだったのかも知れません。まあ、いずれにせよ、モテる男の宿命ってやつです。
一方の私はモテナイくんでしたから、一人の女の子と長続きするタイプでした。家内と結婚するまで三年間の恋愛期間がありましたし、家内一筋でした。
そんなことを思い出しながら、居酒屋でユウタと生ビールで乾杯しました。
すると、ユウタがぼんやりした私を下から覗き込んで心配そうにたずねました。
「……父さん、どうしたの?」
「……いや、ヒロトのことを思い出しちゃってな…… 成仏してくれてればいいがな…… 」
「あぁ…… ヤマダさんのこと?」
「そう…… 父さんの親友だったからな。」
「事故で亡くなっちゃたんだよね…… 俺だって知ってるよ。ヤマダさんのこと…… いい人だったよね…… 」
私が大阪にいたころ、ヒロトはまだ独身だったこともあり、よく家に遊びに来ました。ユウタも憶えていたのです。しかし、
『いい人だったよね…… 』
ユウタが放った一言に私はかすかな違和感を覚えました。
『こいつは…… 目の前にいる私の息子は、ヒロトをあまり好きじゃなかった……』
ユウタはいつからこんなに飲めるようになったのか、焼酎をロックで飲んでいました。私はそんなユウタを見ながら、たずねました。
「ユウタ…… おまえ、あんまり好きじゃなかったよな?ヒロトのこと…… 」
「…… なんで?そんなことないよ。」
息子・ユウタはネギマをうまそうに食いながら、そう返しました。
たしかに、ヒロトが家に来たときには……
娘とユウタは玄関に飛び出て来ると、ヒロトに抱きつきました。ヒロトも二人を抱き上げて喜びました。
それほど子供達がヒロトに慣れ親しんでいたのを、私ははっきりと憶えています……
それなのに、いつからか…… ユウタだけがヒロトを避けるようになりました。
ヒロトが家に来ると知ると、ユウタはそそくさと一人遊びをし始め、部屋に閉じこもったままヒロトの前に出てこようとしないのです……
当時、何でなんだ!? どうしたんだ!? と、ユウタを問いつめたように記憶しています。ユウタがまだ4、5歳のころだったでしょうか…… なにぶん昔のことなのでよく憶えていませんが、結局その理由はわからずじまいでした。
まあ、何はともあれ、ヒロトと私の家族はそんな間柄でしたから、ユウタがヒロトをいい人だと思うのもあながち嘘ではないのでしょう。
しかし、私が東京に転勤になってからというもの、ヒロトとだんだん疎遠になっていったのです。月日が流れ、子供達は成長していきました。
気がつけば、ユウタがお銚子を持って、私にお酒をすすめていました。私は慌ててお猪口で熱燗を受け止めました。私に似ているのでしょう、ユウタは顔を真っ赤にしていました。
「……父さん…… 俺はヤマダさんが好きだった。大好きだった!だから違う、違う…… 」
「…… 何がどう違うのさ?」
「…… いたんだ。たしかに…… うん、たしかにいた……」
「いたって…… 何が?」
「…… 女の化け物。 」
「…… はぁ? 」
普段余計なことを言わない照れ屋なユウタが、私の目を見据えながら言いました。
「ヤマダさんが家に来た時、長い髪で顔隠した女が、うつむきながらヤマダさんの腕をずっと引っ張ってた…… どっかに連れて行こうとするように見えた…… あれ、幽霊だったよ…… 超怖かった…… 理由はそれだけだよ。」
私は驚きのあまり、言葉が見つかりませんでした。
なんでそんなこと、今の今まで…… 私は逆にユウタの目を見据えました。
ユウタはそんな私の表情を見て取って、
「だってさぁ…… 父さんのような超現実的な人に言っても信じるわけないし、母さんは短気だからすぐ怒るだろ? だから、黙ってるしかないと思ったわけだよ…… 子供心にさぁ…… 」
「……ユウタ、おまえ…… そんな能力あるのかよぉ!?」
「いや、今はない…… でも、子供の頃はさぁ…… 」
ユウタは何かを言いかけましたが、口を噤みました。私はそれ以上問いただすようなことをしませんでした。
たしかに、ヒロトは左肩をグルグル回すのが癖でした。ずっと、女に引っ張られていたからでしょうか……
それから、私とユウタとの会話は途切れました。それでいいのです……
私と息子のコミュニケーションなんて、元々その程度のものですから……
私ら親子は居酒屋を出て、家路をゆっくり歩いていました。
何度も言うようですが、大阪にいた頃ヒロトとは本当によくつるんでいました。
子供達には内緒ですが、家内は昔ヒロトとナンパした内の一人でした。
そんなことつゆ知らず、ユウタは私の前を気分良さそうに鼻歌を歌いながら歩いています。
娘は今頃、家内と温泉にでも浸かりながらゆっくりしていることでしょう。
父親とつるんでいたヒロトという男がいたからこそ、今の自分たちがあるという事実も知らずに……
私は人と人との巡り合わせや運命を不思議に感じていました。
夜が深まって、三日月が鮮明に光り輝いていました。
「そのとおりや、そのとおりや…… 」
「なんか言った……?」
ユウタが振り向き、ぼんやり歩く私にたずねました。
怖い話投稿:ホラーテラー 発さん
作者怖話