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中編3
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富士登山

「何かのトレーニングって感じだった」

彼は、年に2回は単身山梨まで富士登山に向かうと言う。

罰ゲームでも無しにドM野郎と思うかもしれないが、登山にはドラマがあっていいんだとか。

怖い話し知らない?みたいな話の流れで…

富士の話になった。

年2回っても一般人なので春から秋にかけてのシーズンしか彼も知らない。

「最近多いのはザックもしょってないスニーカーの外人。」

中にはどっかのギャルどもが、ぞろぞろサンダルみたいな靴で岩肌をよじ登ってたりするんだとか。

富士登山は、かなりのつわものを除けば一般的に5合目から登頂する。

そして頂上から折り返し帰ってくるのも当然5合目。

5合目広場には登山を終えた客がヘトヘトになって地べたにへたばり、至る所で寝転がっている。

「遊び半分でもせいぜい8合目までだね」

雲の中に入ればたちまち気がめいって、軽装では不安で山登りどころではなくなる。

逆に天気がよくふざけて走ったりペースが早過ぎると今度は過呼吸で頭痛がして、しまいには高山病になる。

女性なんか特に男性にペースを合わせてしまうので、高山病になりやすいんだとか。

「8合目以降はみんな真剣だよ」

そもそも大抵、誰でも登山をする動機は『何かを成し遂げたい』という強い意思が働いている。

彼的には、8合目からがようやく・・という感じなのだとか。

彼はその日、朝の内に出発し昼頃にようやく9合目に辿り着いた。

雲の遥か上、頂上付近だ。

ジグザグの砂利道からそのうち段のきつい岩場になる。

岩を一段一段登る度に全身を使い、足への負荷を逃しながら登って行く。

そこから登山客はペースをさげゆっくり登りはじめる。

富士の渋滞だ。

するとある若い親子が目についたという。

その親子は下の方からやって来てホイホイ人々を追い抜いて行くというのだ。

まず父親がファイト一発のCMに出て来そうな雰囲気の、絵に描いたような二枚目ムキムキマッチョ。

浜辺のライフセーバーのように肌が黒く、黄色のタンクトップに短パン姿。

手ぶら&スニーカー一丁だった。

30代といった感じ。

雰囲気は凄いが、登山の格好ではなかった。

父親がピョンピョン軽快に岩を飛びはね先で母親と子供を待つ。

母親もマッチョなのか、妙に筋張った感じで、露出度の高いぴっちりした運動着を着ている。

小麦色の肌でやはり手ぶら&スニーカー一丁。

若作りしているが40代後半といった感じ。

何となく場違いな夫婦だ。

母親が手を引いているのは小学1、2年生くらいの少女だ。

夫婦のどちらにも似ていない。

色が白く眼鏡をかけ、いかにもどんくさそうなタイプの少女だった。

地味なジャージに水色のリュック、色落ちした帽子をかぶせられ、強引に引っ張られている。

何となく語り手の彼から見て少女が『荷物』のように見えたと言う。

母親は前しか見ておらず、岩の段差から少女の手を強く引っ張り過ぎて、少女が浮いてしまう場面もある。

少女のしょっているリュックの中から水筒と思わしき金属の筒が重みをおびて左右に揺れながらはみだしていた。

見ると先では旦那が今にも『遅いぞ』と言いたそうに、足をゆすっている。

少女は泣く余裕すらなく、死ぬか生きるかの顔をして必死に母親の手にくらい付いている。

とうとう旦那に追い付くと、母親が片腕一本で少女を近くの岩の上に乗せた。

旦那が最高につまらなそうな顔で、数を数え始めた。

1

2

3…

少女を見ると汗一つ出ていない真っ青な顔で、目を見開き、浅い呼吸を繰り返えしている。

ヒッヒッヒッヒッヒッヒッ

8

9

10

旦那は10数えるとまた遥か彼方へ軽快に岩をかけのぼって行った。

実際には5秒くらいしかない10秒だった。

今のはインターバルのつもりなのだろうか。

少女は母親に引きずられ、その内すぐに消えてしまった。

さっきの少女は確実に高山病にかかっていた。

さすがにヘトヘトの彼も頂上に着くと一時間程休憩をしながら時間を潰していた。

登山客群を見て回ったが、その家族はさっさと下山したようだった。

現実から離れたくて頂上を目指したつもりが、こんな遥か上空でも嫌な事には遭遇してしまう。

「何処へ行っても、もう嫌な事ばかりだな」

彼はそう言って笑った。

怖い話投稿:ホラーテラー ハミーポッポーさん  

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