ある日のこと、近所の公園のベンチに腰掛け読書に耽っていた。
すると、小さなビニール製のボールが私の足元に転がってきた。
視線を上げると、小さな女の子が私に向かって走って来るのが見える。
きっと、このボールの持ち主だろう。私はボールを手に取り女の子に手渡す。
『ありがとう』
『いやいや。どう致しまして』
女の子は元気に走って遊びに戻り、私は再び本に目を落とした。
おや?
女の子は行ったと思っていたが、落とした視線の先に女の子のものとおぼしき足元が見える。
再び視線を上げると、あの女の子が、まだ私の目の前に立ってた。
『どうしたの?』
『あの人…なんでまわっているの〜?』
女の子は私の頭上を指差して訊ねた。
『…え!?』
思わず指差す方を向こうと体を起こしたとき、女の子の後方から聞こえた女性の声が、私を止めた。
『どうも、すみません。邪魔しちゃダメでしょ。あっちで遊びましょう』
『いえいえ…大丈夫ですよ。お気になさらずに…』
母親であろう。
その様な簡単なやりとりのあと、女の子の手を引いて行き、私はゆっくりと読書の続きを楽しんだ。
小一時間もした頃、ふと公園を見渡すと誰も居なくなっている。
もう日も傾きかける頃だし、私も帰ろうと立ち上がった。
ゴスッ!!
何かが頭頂部に当たり、直後、擦るように顔面まで落ちてきて視界一杯に広がる。
匂いで、それが何なのかすぐに分かった。
靴下である。
だが、それだけではない。確実に履いているのが分かる…。足裏の肉の感触が顔を撫でていたから…。
おそらく、触れていたのは一瞬だろうが、反射行動で顔を避けながらも、人間の足であることには気が付いた。
ベンチから一、二歩離れ、反転し向き直ると、目の前の空中を、紺色のスラックスの裾から出た、黒い靴下を履いている足がくるくると回っている。
見てはならない。
気持ちでは分かっていても、視線を上げてしまうものか…。
だらんとした手足、虚ろな目、飛び出した舌…。
どう見ても首吊りの自殺体。
私は、その場にヘタりこんだ。
ロープは見えない。
生気の無い中年男性が空中に浮いた状態で回っている。
やがて回転が止まり始め、私に正面を向けて完全に停止した。
そして、上を向いた眼球がグルンと私に向き、舌を出したままの口が口角をゆっくりと上げ、ニヤッと笑った瞬間に私は気を失ってしまった。
犬の散歩のお爺さんに起こされるまで、多分10〜20分くらいだろうが、気が付いたときには、もう男の姿は消えていた。
あの男が何だったのかは、分からない。
だが、今でも一人で居るときに下を向くと、時々、あの匂いを感じることがある。
当然、匂いがしなくなるまで、顔を上げることは、絶対にない。
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話