聞いて欲しい話がある。
いつもと変わらぬ週末の夜、悪友のTからメールが入ってきた。
「心霊スポット凸いかない?Nもいるよ~」
Tはミーハーなところがあり、昨夜久しぶりにあった心霊番組に感化されたことがまるわかりだった。
しかしこちらも何をするでもない夜。おそらくこのまま酒を飲みつつ、ネットで時間を潰して寝てしまうだけだ。
しかも俺自身もそういったことに興味がないと言えば嘘になる。だから、少し考えるフリをして体裁をとりつつ、OKした。
30分後TがNと共に車で迎えに来た。
「どこにいくの?」
「○×病院跡!」
この辺りでは有名過ぎるぐらいに有名な廃病院=心霊スポットである。そしてそこにまつわる噂もまた実にありきたりだ。
屋上から誰かが手招きしただとか、カルテをおみやげに持って帰ったら電話がかかってきて「返せ~」だとか。
実にTらしいチョイスだが、まあ距離的にも近いし、なかなか悪くないと思った。
そしてその30分後、目的の廃病院に到着した。季節は春間近といったところで、夜はまだまだ冷える。
当然先客などいなかった。シーズンオフである。
シン…と張り詰めた空気は期待感と恐怖感をほどよく煽り、3人とも病棟を前にしばし黙った。
「んじゃあ…いこうぜ」
口火を切ったのはNだった。おもむろにそれに続く俺達二人。
「まあ、とりあえず普通に行くかあ」
これもまた心霊スポットにありがちな話であるが、通常のルートの他に逆まわりや裏道を辿るルートがあって、
それを選ぶと何かが起こるという手のヤツだ。
この病院にも裏口があり、通常は正面玄関からそこに向かいゴールとなるが、裏口から正面玄関に向かうと
なにやら恐ろしい事が起こる、らしい(何かはまあ血だらけの看護婦が追ってくるだの何だのだから割愛する)。
まあ、勢いで来たついでに思い出作りで逆回りという選択もあった。しかしながら最初の空気に完全に呑まれた俺達は
いそいそと正規のルートである正面玄関へ向かった。
「うわあ~」
「ほとんど観光名所だなあ」
正面玄関はお菓子の袋やら空き缶といったゴミで溢れ、壁には思う様落書きが為されていた。
例:「××愚連隊検算」「みつことやりたい」「090-××××-○×××」「死ね」「生きていてもしょうがない」 etc…
何やら人のアホさがむき出しになったような落書き群に、俺たち3人は閉口し、同時に最初の恐怖感は幾分薄れた。
「検算て何をする気なんだよw」
「あほすぎるw」
そうしてやや勢いづいた俺たちは、玄関のすぐ右側にある最初の部屋に入ることにした。
「どーん!」
Nが勢いよくドアを開けた瞬間、何か生暖かい風が吹いた気がした。中は暗い。
暗いが、目を凝らすとうっすら全体が見えてきた。この部屋、妙に奥行きがある。というか、何か見覚えが…。
「…電車の中みてえだな」
Tが訝しげに呟いた。そう。電車だ。
細長い部屋の左右の壁に長椅子がピッタリ配置され、そしてその前には等間隔に吊革が数本ぶら下がっている。
まるでこの部屋に1車両丸ごと押し込めたような光景だった。
その瞬間寒気がした。意味がわからなすぎたからだ。廃病院にこんなスペースを作って何の意味があるのか?
「イ、イメクラ用かなあ」
Nのボケもキレがなく、その場の空気をより重くしただけだった。
何かここには長居してはいけない気がして、俺達は部屋に完全に入らずに、すぐ出てきた。
テンションは当初よりも下がり、最早探索続行不可能な域に近づいていた。
「もう1Fだけパパッとみて帰ろうぜ…」
Tのその提案に無言で応じ、俺達は裏口に向けて歩いた。
壁の落書きを見ながら気を紛らわせ、トボトボと歩を進める。
そうこうしている内にあっという間に裏口に着いた。
なんとも味気ない気もしたが、とにかくここにこれ以上いたくなかった。
俺達はすぐさまTの車に乗り込んで、廃病院を後にした。
帰りの車中、Nがおかしなことを言い出した。
「しかしなんかあの吊革さあ、おかしくなかった?」
俺はもうどうでも良かった。Tも黙っていた。
それから数日たった現在、俺はあの廃病院の一部の落書きについて考えることが多くなった。
「解放」「癒し」「自由」「赦し」
あの日トボトボと裏口へ向かう道中に見た、それらの落書き。
考えまいとしてもその言葉は頭に既に焼き付いてしまった。
そして通勤電車に乗る毎に、あの部屋のことも思い出すのだ。
吊革は揺れている。そして僕は今、何をすべきなのか迷っている。
いつかわかる時が来るのだろうか。
まるでわからずに、このまま生きていくのだろうか。だらだらと。
すぐにわからなくてもいいのかもしれないけど…。
ぐうたら生きていかなくてはならないのはつらい。
死ぬまでずっとこのままなのだろうか。
ねえ、俺はどうすればいいと思う?
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話