気づくと廃工場らしき所に居た。
いつからなのか解らないが、俺は椅子に縛られていて身動き一つできない。
暗いせいで顔が良く見えないが、俺の目の前には一人の男が居る。
「なぁ、こんな話を知ってるか?」
男は俺に話しかけてきた。
「気の遠くなるように長い川の下流に村があるんだ。
その村では一つの問題があった。
その川の上流には工場があり、そこから工業廃水が川に交じって流れてくる。
川の水を生活用水としてとして使ってる村人たちにとっては死活問題だ。
そこで、村長は上流の工場に電話をし、工場側に掛け合い工業廃水を垂れ流すのを辞めるように頼む。
工場側は『それはすまなかった』と素直に謝り、すぐに廃水を垂れ流すのをやめるのだが
その川は気の遠くなるほど長い。
垂れ流すをの辞めたとしても既に流れてしまっている分があり、すぐに村の水が綺麗になるわけではない。
村長はその間も工場に垂れ流しを辞めろと電話をし続けた。
やがて綺麗な水が村に流れ込んできたのを確認すると、村長は工場に電話するのを辞めるのだが。
工場はやっとうるさい電話が無くなったと、再び工業廃水の垂れ流しを始める…
そして、再び村に工業廃水が流れ着くと村長は工場に電話を……という話だ」
「キリがないな」
俺は怒気をはらみつつ言った。
もちろん、この話に出てくるいい加減な工場に対して怒っているのではない。
「ああ、その通りだ。村には綺麗な水と工業廃水が交互に流れてくるのさ」
「で、それがどうかしたのか?」
「いや、別に。そのうち分るさ……
ところで、俺は今からお前を殺すわけだが、なんか質問はあるか?
答えれることは答えてやるぞ」
「じゃぁ、まずなんで殺されなきゃならないか知りたいね。」
「ああ、そうだよな。まずそれを知りたいよな。
簡単に言うと、お前は俺が愛する女を殺すからだ」
「意味が良く解らないが、俺があんたの好きな人を殺すから。その前に俺を殺すという意味か?」
「ああ、そうだ。ちゃんと解ってるじゃないか」
「一応聞くが、その女の名前は何というんだ?」
「○○だ」
「○○だって!?」
「ああ」
「ちょっとまて、○○は俺の彼女だぞ!!殺すわけないじゃないか!!」
「いや、殺すね。俺には分かるんだ」
「ちょっと待て、あんたの言ってる意味はまったく分からないが、とりあえず話し合いで解決しないか?」
「話し合うつもりはない。お前はただ運が悪かっただけなんだ」
男の言葉には何の躊躇も感じられない、どうやらかなりまずい状況らしい。
「しかし、俺を殺したところで彼女がお前のことを好きなるとは限らないんじゃないか?」
「そんな事はない」
「それはちょっと楽観的すぎやしないか?人の気持ちなんて結構わからないものだろ?」
「そうかしれないが、○○の気持ちは分るんだ。何せ俺たちは付き合っていたからな」
「元彼っていう奴なのか?しかし、もう終わってるってことなんだろ?」
「元彼か……ある意味そうかもしれない」
「なぁ、こんなこと辞めて、やっぱり話し合いで解決しないか?」
「何故だ?」
「いまなら、俺を解放してくれればあんたを訴えることは絶対にしない。
○○が好きならそれも構わない。
○○に選んでもらおうじゃないか。それが一番○○のためになるだろう?」
「無理ないことかもしれないが…お前は勘違いしている。
俺がここにいる時点で、お前には絶対に死んでもらわきゃ困るんだよ」
「……。」
「まだ、気づかないのか?俺はお前なんだよ」
男は俺に近づいてきた。
男の輪郭が次第にハッキリし始め、やがてその顔が見て取れるようになると俺は驚いた。
俺と比べると、少々年を取っているように見えるが姿形が俺と瓜二つだった。
「この異常者め!!俺を殺して、俺になり替わるつもりだな!!整形までしやがって!!」
「だから、それは勘違いだ。俺はお前そのものなんだよ」
「同じ人間がこの世に居るわけないだろう!!それとも何か?
お前はタイムスリップでもして未来から来た俺とでもいうつもりか!!」
「さすが俺だな、察しがいい。その通りだ。」
「馬鹿な…!!」
「別に信じなくてもいいが、事実は事実だ。」
「……」
「思えば俺も馬鹿なことをした。
愛しすぎるあまり、○○を完全に自分のものとして扱いたいと思っていたのだ。」
「……」
「ある日、○○が他の男喋っているのを目撃した、そんなことは通常の生活をしていれば当然起こり得ることだ。
なのに、あの時はそれが浮気の証拠以外のなにものにも見えなかった。」
「……」
「俺は嫉妬に狂い、そして……○○を……
信じられないかもしれないが、お前もきっとそうなる!!
だから俺はお前を殺し、彼女を守る!!そして、再び……○○と……」
この男は完全に狂っている。
恐らくは、○○が好きなことは本当だとして、俺と付き合ってると知って嫉妬に狂い
そして、自分の中で独自な世界観を作り上げているのだろう…。
本格的にまずい状況らしい。
しかし、希望はある。
それはこの男の世界観を壊すことだ。
そうすればこの男も正気に戻り、自分が何をしようとしているか理解する筈だ。
「よし、解った。しかし、聞きたいことがある。」
「……なんとなく想像はつくがいいだろう、言ってみろ」
「あんたが未来の俺だとして、そのあんたが俺を殺してしまっていいのか?
『親殺しのパラドックス』っていうのは知っているか?
あんたが俺を殺すとしよう、そうすれば確かに俺は○○を殺さないかもしれない。
しかし、それは今のあんたを否定することになる。
俺を殺すあんたそのものが存在しなくなる、違うか?」
「違うね、俺とお前は確かに同じ人間ではあるが、しかしそれでいて決定的な違いあるんだ」
「何が違うんだ?」
「さっきも言ったが俺は運が良くて、お前は運が悪いんだ」
「なにを……」
男は俺の言葉をさえぎってしゃべり続ける。
「まぁ、聞け。時の流れは常に一定ではないってことだ。それは、ある一定周期で変化し続けるんだ」
「……」
「お前は今、俺がお前を殺せばパラドックスが起きると言った。
でも、果たして本当にそうだろうか?
いいか、この世にタイムパラドクスなど存在しない。
ちょっと想像力を働かせてみろ。
さっき話した村と工場の話を思い出せ。
村に流れてくる川の水は、綺麗なものと工業廃水が混ざったものが交互に流れてくるだろう?
それと同じだ。
時の流れを川として考えろ。
上流に行けば過去、下流に行けば未来だ。
差し詰め、工場のある地点が今で、そして俺が○○を殺した地点が村だ。
俺がここでお前を殺すことは工場が廃水を止める行為に等しい
そして、綺麗になった水はやがて村に届く、この綺麗な水が流れている間○○は殺されない。
しかし、それと同時に工場への電話…つまり、過去に戻る俺が居なくなるのだから
再び工業廃水が流れ始める。
つまり、俺たちは交互に殺したり殺されたりするわけだな。」
「ちょっと待て!!だとしたら…○○もそうなんじゃないか!?」
「ああ、そうなるな。」
「つまり、○○も殺されたり殺されなかったりを繰り返すってことだろう?
○○を守るだと!?
こんなのお前の自己満足じゃないか!!」
「ああ、そうだな。否定はしない。
だがよく考えてみろ
俺がこうしなかったら、その半分の○○も助けられないんだぞ?」
「……。」
「どうだい、納得したらそろそろ殺されてくれないか?」
怖い話投稿:ホラーテラー 園長さん
作者怖話