「なあ、“イガ”なんて言葉あるか?」
警察官をやっている彼が唐突に言いました。
私が栗の外側のトゲトゲの事か聞き返すと彼は笑って、
「違う違う、ごめん、説明不足だったわ。遺画、遺書の絵バージョンって事を言いたかったの。今日、現場の仏さんがさ、遺書の代わりに気味悪い絵を壁に貼り付けて亡くなってたの見てさ、色々考えちゃってね」
私がどんな絵だったのか尋ねると、渋りながらも教えてくれました。
「あんまりべらべら喋る様な事じゃないんだけど…って俺から話始めたんだもんな。簡単に言うと、首吊りしてる人の後ろ姿が沢山描いてあって、それが全部繋がってる」
繋がってるとはどういう意味かと聞き返すと、
「首吊ってる縄あるでしょ?それを上の首吊ってる人の左手が持ってんの。その人の首の縄は更に上の人の左手が持ってて…って感じで延々繋がってる。遠近法みたいな感じで下に来る程大きくなってて、」
そこで彼は一息吐いてから、
「その絵の傍で仏さんが死んでた。まるで絵から出て来たみたいに」
私は想像した場景に震えながらも、彼が「色々考える」と言った理由を尋ねました。
「俺も上手く整理出来ないんだけどさ…普通自殺するなら遺書じゃん?文章。何で遺書なんか書くかっていうと、自分が死ぬに際して尚、その後も生きてく人間に言いたい事があるからよ。ごめんなさい、でも、呪ってやる、でも。それが絵じゃ上手く伝わんないよ。あの人は多分芸術家志望で、その矜持もあったんだろうけど。わざわざその絵のタイトルに“遺書に代えて”なんてつけててさ。きっと、『俺は遺書なんてありきたりな死に方はしない』って言いたかったのかなと思う。」
私は彼の話を聴いていて、段々と恐怖が薄らぐのを感じました。彼は赤の他人である自殺者を、一人の人間として見ているのだと感じたからです。
「あの絵もさ、気味悪いけど、上手な絵だった。文章みたいに明確じゃないけど、色々考えさせる力があった。自殺が連鎖するとか、皆が首絞め合ってるんだとか…社会に訴えかける力を持ってると思うんだよ。そういう力を持ってる人が死んでしまう。あの人だけじゃない、みんなそうなんだ。俺は何人も自殺した人見たけど、皆俺の持ってない様な力を何かしら持ってるんだ。なのに死んじゃう。俺は納得がいかない。あの絵は死ぬ為に描くべきじゃなかった。生きる為に描くべきだった」
それを聴いて、私は何故だか涙が出てきました。
怖い話投稿:ホラーテラー へびへびさん
作者怖話